2 - 4 探偵 ④
引率
不田房栄治(31)
3回生
鹿野素直(21)
2回生
1回生
- - - - -
間宮が差し出したメモ帳の上に、10年前、Q県で行われた『演劇講座』受講生対象の全員自腹合宿に参加したメンバーの名前を書き出す。括弧内の年齢は当時のものだ。
「未成年はいなかったんですね」
間宮の呟きに、
「というか、この年の時点で受講生のほとんどが成人してたんです。2年目で、噂が立ってたんですよね。不田房は簡単に単位をくれるって」
「なるほど」
深い色のリップで彩られたくちびるを指先で撫でた間宮がちらりと鹿野の目を覗き込む。
「鹿野さんは、当時参加したこの──不田房さんを除く10名の学生、中には鹿野さんも含まれていますが、とにかく全員の現在についてはご存じなんですか?」
「全員ではないですが」
鞄の中から青インクのボールペンを取り出しながら鹿野は応じた。
「書いてもいいですか?」
「どうぞ」
間宮の許可を得て、名前の隣に書き込みを開始する。
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3回生
鹿野素直(21) 私
田淵駒乃(21) 劇団『暗闇橋』所属
高居侑宇(21) 同上
近藤武(22) 不明
2回生
真小田崇(21) 劇団『暗闇橋』主宰
小原沙希子(20) 劇団『暗闇橋』所属
林壮平(23) 不明
1回生
斎藤均(20) 不明
佐々木謙也(20) 劇団『暗闇橋』所属
畠山莉子(20) 同上
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近藤、林、そして斎藤という三人の男子生徒とは、大学卒業以降ほとんど連絡を取り合っていなかった。残りは全員、真小田崇が主宰する劇団、『暗闇橋の向こう』に所属している。ここに名前が出ていない──つまり全員自腹合宿に参加していない者や、鹿野が大学を卒業したあとに『演劇講座』を受講した者の中にも、現在は『暗闇橋』に参加している人間が何人もいるということは知っていた。あの劇団は、L大学の卒業生の就職先となっているのだ。
「真小田崇っていうのは、あの?」
「間宮さんが想像されている真小田崇で間違いないと思います」
「テレビにも結構出てるよね。へえ、同じ大学の……」
「同い年の後輩です。友だちとかではないです」
先回りをする鹿野の目を、また間宮が覗き込む。面白がるような表情に、少しだけムキになってしまった。
「なんですか?」
「いえ別に?」
「何か言いたいことがあるなら──」
「こらこら、鹿野さん。私は敵ではないよ。少なくとも今はね。落ち着きなさいな」
眦が吊り上がっている自覚はあった。真小田とその一派。不田房がどう思っているのかは知らないが、鹿野にとっては好ましい集団ではない。
初対面の探偵・間宮は気付いているようだが。
「意地悪な質問かもしれないけど、鹿野さんはこの、」
と爪をマットな黒で塗った間宮の指先がメモ帳をトントンと叩き、
「暗闇橋関係者が変な封筒を送り付けてきた、って考えてる?」
「……はあ」
短く応じる。適切な言葉が浮かばなかった。
動機? 分からない。
理由? 知らない。
ではなぜ暗闇橋関係者を犯人だと予想するのか。
勘だ。
「嫌いなんです」
少し迷って、結局吐き捨てた。すっかり冷めてしまったキリマンジャロをひと口飲み、鹿野は言った。
「真小田も、暗闇橋の連中も、全員」
「それは、鹿野さんが一方的に嫌ってるってことかな」
「かもしれませんね。でも」
そう。でも、が鹿野の中にはある。
10年前からずっと、燻っている炎が。
「こいつら全員、不田房に対して本当に失礼な連中です。不田房の助手である私がこいつらを嫌いになってはいけない理由って、ありますか?」
間宮が大きく瞳を瞬いた。
こんなことまで喋るつもりはなかった。少なくとも不田房には伝えたことのない感情だった。宍戸。宍戸クサリは何かを見越していたのだろうか。この件をきっかけに鹿野素直の中に溜まった澱を吐き出させようと──そのために、この、初対面の探偵をわざわざ──
どいつもこいつも鬱陶しい。
余計なお世話だ。
鹿野素直の感情は、鹿野素直だけのもの。
他者に開陳しなくてはいけない理由があるか?
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