第5話 折れない心

「ダメですよ!今すぐ逃げないと!」


 ルビーは恐怖に満ちた顔でそう言ってきた。そして、少し目に涙を浮かべて服の裾を引っ張る。


 しかし、シュテルの耳にはそんな言葉は届かない。ただ、襲ってきたモンスターに強烈な殺気を浴びせるだけだ。


「殺す!」


 シュテルは遂に走り出した。そして、剣を構える。さすがにどんなに強いモンスターでも一撃くらいは与えられるだろう。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━そんな考えを持っていた愚かな自分を今すぐにでも殺したい。


 シュテルは攻撃をして初めて気がついた。


 自分は弱者だと。


 なぜ気が付かなかったのか、不思議でならない。レベル70の相手が手も足も出なかったのだ。レベル10前後の自分が太刀打ちできる相手では無い。これは、誰でも分かるはずだ。


「っ!?」


 シュテルが攻撃した瞬間、剣は折れた。そして、モンスターはシュテルの存在に気がつく。


 それは、死の合図でもあった。


「グハッ!」


 突如シュテルの体にとてつもない衝撃が走る。そして、体は中に浮き少し離れた場所にあった建物に直撃した。そして、そのまま勢いを殺さず建物を貫く。


 シュテルはそれから3つほど建物にぶつかり止まった。


「ゲホッ……!ゴホッ……!」


 砂埃が舞いあがる。このゲームがかなりリアルだからか、意識が遠のいていく。霞んだ目でシュテルは自分のライフを確認した。


 ライフバーがどんどん減っていく。このゲージがゼロになってしまえばシュテルは死ぬ。


(あぁ……もう死ぬのか……短いたいけんだったなぁ。そう言えば、この世界で死ねば向こうの世界でも死ぬみたいなことが書いてあったな。本当なのだろうか……。嫌だな。死にたくないな。……本当に死にたくない。ゲームでも現実リアルでも。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……)


 シュテルは頭の中でそう唱え続ける。しかし、自分のライフバーは容赦なくゼロへと向かっていく。


「死にたくない……」


 シュテルがそう小さく呟いた時、なんとライフの現象が止まった。それどころか少しづつではあるが増えていっている。


「……っ!?」


「……様!……シュテル様!死なないでください!」


 自分の胸元でルビーの声がする。何とか霞む目で見ると、ルビーが自分に回復魔法をかけていた。


「ル……ビー……?」


「シュテル様ぁ!やだ!死なないでください!」


「っ!?」


 その時、突如として頭は目覚めた。そして、直ぐに今の状況を理解する。


「ルビー!?お前、回復魔法が使えたのか!?」


「っ!?やったぁ!シュテル様が起きたぁ!……はい!私はシュテル様を支える者!サポートすることが出来るのです!」


「そうだったのか……。ごめん。俺がルビーの言う事聞かなかったから……」


「っ!?そんな……謝らないでください!」


「そうは言っても、俺がルビーの言うことを聞いて大人しく逃げておけば、こんなことにならなかったのに。もうこんなのじゃ戦えねぇよな。……もう終わりだよ……」


「っ!?」


 そんなシュテルの情けない言葉を聞いた瞬間、ルビーは少しだけ顔を俯かせた。そして、回復をやめて胸元に近づいてくる。そして、勢いよく殴って目を見て言ってきた。


「シュテル様のバカぁ!なんでちょっと剣が折れただけで心まで折れてるんですか!?そんなのシュテル様じゃないです!」


「っ!?……そういったって、武器がないんじゃどうしようもないだろ!」


「武器ならまだあります!その剣だって、折れてるだけでまだ使えます!それに、シュテル様はこのゲームが初心者かもしれません。ですが、他のゲームで培ったその知識が、その技術があるでしょ!それに……それに!それにそれにそれに!シュテル様にはまだ、勝つという強い意志が残ってるでしょ!その心まで折れてしまったのですか!?さっきまでの意志は、全てあの一撃でへし折られてしまったのですか!?まだ何もやってないのに終わりだなんて決めつけないでください!…………少し取り乱しました。……ヒッグ……。ナビゲートピクシーである私がご主人様を怒る権利なんてありませんよね。……ヒッグ……。分かりました。シュテル様の言う通り逃げ道を探しましょう」


 ルビーは泣きながら怒ってシュテルにそう言った。そして、ルビーは鼻を啜らせ目に涙を浮かべながら出口を探し始めた。


「……待て」


「なんですか?」


「……目が覚めたよ。俺はあのモンスターを絶対に殺す……!ありがとな。俺のために叱ってくれて。やっぱりお前は俺の大切な存在で、立派なナビゲートピクシー……いや、相棒だよ。人目見た時からそう感じてたんだ」


「っ!?そ、そんなに褒められると、は、恥ずかしいでしゅ……♡」


「そうか。悪かったな。それと、泣かないでくれよ。そんな鼻を真っ赤にして泣かれたら俺も悲しいよ。ティッシュやるからそれで鼻をかめ」


 シュテルはそう言ってティッシュをルビーに渡す。ルビーはそれを受け取るとズズーッと鼻をかんでそこら辺にゴミを捨てた。


「おい、ポイ捨てするな。後でお仕置だぞ」


「ふぇ!?ゆ、許してくらしゃい!」


「ポイ捨ては許さん。ま、それは一旦置いといて、あの怪物をどうするか考えないとな。まず、あいつについてわかっていることを確認する。1つ目は、あいつの体は硬いということだ。だから、この剣では切る事は出来ない。そして、アイツは目が悪い。少しだけだが右目を潰されているのが見えた。逆にアイツは聴覚が鋭い。音を立てれば気づかれる。だいたいこんなところだ」


 シュテルはそう言ってモンスターの方に目をやった。やはり、音を立てていないからか気づかれてない。


「あの、あんなことを言っておきながら聞くのもなんですが、どうやって倒すのですか?策はあるのですか?」


「……あるさ。ここがあの街と全くおなじなのであればな。なぁ、ルビーはベンゲルの街の情報は全て持ってるよな?」


「はい。ベンゲルの街は最序盤の街なので持ってます。それがどうしたのですか?」


「よし。作戦は決まった。今から説明する。まず、今からこの街にある音爆弾や閃光弾、手榴弾をかきあつめる。確かこの世界にはモンスターの襲撃というものがあるらしいからな。ここが最序盤ならそのチュートリアルもあるはずだ。だから、この街にはそれに対応するための道具がある。それをかきあつめたらあいつを撹乱しながら左目を潰す。そして、そこからどんどん爆破していき倒す」


 シュテルはそう言って何かしらの丸いものを取りだした。


「回復薬ですか?」


「あぁ。リカバリータブレットだ。さっきライモンの店で拾ってな」


 そう言って口にする。


「っ!?そんな!?何が起こるか分からないんですよ!」


「悪い悪い。だが、今飲んで通常の効果を受けた。要するに、ここの世界の物は通常の世界と同じ効果だということだ。だったら倒せるはずだ」


 そう言って音を立てないようにその場から動き出す。そして、静かに建物に入っていく。


「よし、やるぞ。手伝ってくれ、ルビー」


 シュテルはそう言って作戦を開始した。

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