第8話

 夫の実家に行くことになりました。

 特別、悪いことがあったわけではありません。伝統行事というやつです。

 夏が始まる前、これからの暑い季節に備えて親族にご馳走を振る舞う。セイクリフト家の伝統行事だとのこと。


 実家は隣町です。今住んでいるのは農村ですが、こちらは流石に街といった様相の場所でした。お屋敷もご立派で、木造の伝統建築。重厚な歴史を感じるものですわ。


 そんなわけで、伝統的な一族の、伝統的な建物の、伝統的な部屋で、伝統的なお料理を頂いているのです。

 まず、土の地面が見える不思議な部屋に案内されました。床の方は一段上がっていますが、不思議な気分です。テーブルは低く、全員、床の上にクッションが敷かれてそこに座ります。

 料理の数々も肉が多めで、火を通したり煮込んだりしたもの。王国のこりに凝った料理よりもこちらの方が好みなので問題なしですわ。


 ラァラのようなメイドが沢山配置され、賑やかな部屋で宴会が行われています。親族だけで五十人以上集まってますわね。それでも広さに余裕があるのは流石ですわ。給仕の方は大変そうですけれど。


「疲れていないか、妻殿」

「ご安心を、王国貴族の社交よりは大分気楽ですわ。でも、床に座るのは少し慣れませんわね」

「それは、慣れて貰うしかないかもな」

「ええ、コツを身につけてみせますわ」


 私の隣でルオン様が心配そうな顔をしています。前には料理の数々。後ろにはラァラ。ここだけは、いつも通りです。

 先程まで、親戚一同への挨拶。それから一族の長である当主、ここで族長と呼ばれる方への挨拶でなかなか忙しい時間を過ごしておりました。ようやく腰を落ち着けて、食事に入れます。


「お爺さまとお会いできて良かったようですわね」

「それは、その通りだな」


 ここに来て、ルオン様の立場が一族内でそれほど強くないことがわかりました。室内で盛り上がっている男性陣、話題は主にヨルムンドの森における狩りのことですわね。ルフォア国の貴族の役目にして、栄誉ある立場である森の戦士。彼らこそが一族にとっての主役のようですわ。


 外国とのやり取りが殆ど無かった国ですし、納得ですわ。農場主であるルオン様は少し、軽んじられているようでした。

 その理由の一つが、私なのですけれどね。


 周囲を見回せば、たまにこちらに視線を送ってくる方がいます。私に向ける猜疑の感情を隠しもしていません。

 この場において、ようやく私は悪徳領主の娘らしい扱いをされているのでした。もちろん、ルオン様がいるので表だって何かは起きていませんが。

 助かったのは、元族長であるお爺さまに気に入られていたことでしょう。事前に話がいっていたのか、「とりあえずは様子見した方がいいらしい」くらいの扱いになっています。


「農場主って、大切な仕事だと思うのですけれど」

「収量の少ない昔はもっと扱いが悪かったよ。最近は見直されたんだ」

「では、頑張らなくてはいけませんわね」

「うん。そうだな」


 農場主の地位を上げるため、できる限りのことをする。なんというか、私のせいでルオン様の評判が落ちるのは気に入りません。なので、頑張るとしましょう。

 そんな決意を心の中で決めつつ、ラァラが見つけてくれた王国産のワインを飲んでいると、目の前に立つ影がありました。


「あら?」

「久しぶりだな、ルオン」

「これは兄上、お久しぶりです。ご壮健なようで。こちらは妻殿……いや」

「ルルシアでございます。以後、お見知りおきを」


 目の前に立った、男性はルオン様の兄弟で一番上、長兄の方でした。遅れるという話でしたので、今到着したのでしょう。

 慌てて立ち上がり挨拶した私達を見て、長兄は気に入らない様子で睨み付けてきたのです。


「ふん。悪徳領主の娘の割には、大人しいものだな。いや、今は演技か?」

「兄上!」

「……いえ、構いませんわ。両親が投獄されているのは、事実ですもの」

「そのような娘を迎え入れるなど、酔狂にも限度があるぞ。森の戦士になれなかったのみならず、他国の罪人だぞ!」

「兄上、ルルシアは罪人ではありません。この国に来てからも、僕をしっかりと支えてくれています」

「どうだか。そのうち親と同じ事をするに違いない。まず、相手の信頼を勝ち取り懐に潜り込むのが詐欺の手法だからな」


 詳しいですわね、この長兄。反論したいところですが、親関係のことは概ね事実なので、なにも言えませんわ。あと、男性の力が強い国ですから、下手に口を出して予想外に立場が悪くなりそうなのも問題ですし。

 とはいえ、ここは信頼を得るため、行動で示しますくらいは言っておいた方が良いでしょう。


「こ……」

「兄上! 言い過ぎです! たしかに妻殿のご両親には問題がありますが、彼女とは別に考えるべきです。我が妻の侮辱するのは僕が許しません!」


 そこには、聞いた事のないくらい大きな声を張り上げるルオン様の姿がありました。怒っています。信じがたいことに、怒っているのです。

 私などのために。むしろ、罵られることが正当とされても仕方ない立場の私のために。


「だが、俺の言ったことは全て事実だ。そうだろう、ルルシアとやら」

「……はい。残念ながら」


 本意では無い、ということは伝わらなかったようでした。むしろ、今の発言で横のルオン様が傷ついたようですわ。でも、こればかりは誤魔化しようがないのです。


「本人も認めているではないか!」

「この国に来てからは別です! それと彼女の名誉を傷つけるのは許せない!」


 私が顔を伏せている横で、なおもルオン様は食い下がっています。とても嬉しいのですが、落とし所が見えないのも事実。どう致しましょうか。


 解決策は、長兄殿がお持ちでした。


「ならば、我が一族伝統のあれで決着を付けよう」

 

 そういうと、長兄殿は部屋の一画にある、土の地面を見ながらいいました。


「古より伝わる、『力の神事』でな』


 言うなり、長兄とルオン様は服をお脱ぎになって、上半身裸で土の方に飛び出しました。

 一体、何が始まるのでしょうか。

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