続編の推し攻略に備えてまずは友情エンドを目指したのですが
かべうち右近
第1話 続編の推し攻略に備えてまずは百合友情エンドを目指したのですが
「あれ? 『果てそら』の無印って、移植されてたんだ。2のレオナルト様が好きすぎて、2はめっちゃやりこんでたけど、無印はやったことないんだよね。ん~……レオナルト様以外はあんまり興味ないけど、2と同じ世界って話だし……ダウンロードしてみよ」
そんな風にして『果てそら』こと、乙女ゲーム『果てなき空の下』シリーズの一作目をゲーム機にダウンロードし、彼女はその夜、寝落ちするまで『果てそら』をプレイしていた。そして、次に目覚めた時にはもう、『果てそら』のヒロインに転生していたのだった。
***
『果てなき空の下』では、世界のひずみが産んだ化け物が存在する。普段は騎士団たちが討伐しているが、並の人間では太刀打ちできない化け物の王が生まれおちる時がある。そんな時には、世界のどこかで神力を授かる神の乙女が目覚め、乙女を守るための神力を授かった聖騎士が数人目覚める。身体に浮かび上がった神力の証を元に集った聖騎士と神の乙女は、力を合わせて化け物の王を倒し、その戦いの中で神の乙女と聖騎士たちは、心の交流を深めていく。
……という感じのよくある乙女ゲームであるが、少し変わっているのが、サポートキャラの少女がいて、進め方次第ではそのサポートキャラと百合友情エンドを迎えることができるのだ。
ついでにもう一つ面倒な点として、攻略対象とサポートキャラを含め、誰の好感度も上げきれなかった場合は、化け物の王とのラストバトルに勝てず、バッドエンドとなってしまうことも挙げられる。
自分の手に、ヒロインである神力の証の痣が浮かんでいることに気付いた彼女は、頭を抱えた。
「どうしよう、誰を攻略すればいいの……?」
既に世界には化け物が生まれ落ちている。神の乙女、というか彼女が倒さねばならないし、誰かと結ばれなければ死亡エンドだ。しかし、この世界は果てそら2と繋がっているので、将来的に彼女の推しであるレオナルトも登場するし、できれば2の世界線でレオナルトと結ばれたい。
そうなれば、選べる選択肢は一つだ。
「シーナ様、本日よりシーナ様にお仕えする、ナールです。よろしくお願いします」
神の乙女として招かれた城の中で挨拶した黒髪の少女ナール。十二歳くらいに見える幼そうな顔立ちだが、りんとした雰囲気を持った少女が、果てそら1のサポートキャラである。
「君に決めた」
「はい?」
怪訝そうな顔をしたナールに対して、彼女――シーナはへらっと笑って誤魔化したのだった。
***
シーナがやることは、かなりたくさんあった。大きく分けて、街の巡回と銘打ったキャラとの散策イベント、各ごとの神力訓練クエスト、パーティーを組んでの戦闘クエストがあったが、どれも各キャラまんべんなく行う必要がある。散策イベントは基本的に好感度上げのイベントだが、好感度が高いと神の乙女がかけられるバフの効率が良くなるから、できればルート突入しない程度にまんべんなくあげておきたい。神力訓練クエストは各キャラの純粋なレベル上げ、戦闘クエストは連携攻撃を鍛えるクエストだ。
乙女ゲームの癖に、キャラの好感度が高くても、戦闘のパラメータ上げが足りないとバッドエンドになってしまうこともある。ゲームの中ではエンドを迎えるキャラだけレベルを上げていればクリアできるが、一人だけレベルを上げてもこの世界の中できちんとした戦闘になるかどうか判らないから、シーナは全員に全力で取り組むしかなかった。
しかも、これらのイベントをこなしながら、サポートキャラであるナールの好感度も上げねばならないからシーナは多忙を極めた。
加えて、シーナには課題もある。
「もう無理、ナール、助けて……」
その日の訓練を終えて、部屋に戻ったシーナは甘えるような声を出した。
「しっかりしてください、シーナ様。シワになりますから、服のままベッドに倒れ込むのはやめてください」
テキパキとシーナの身の回りの世話をしながらも、ナールの声は冷たい。
シーナがぶち当たっている課題とは、ナールの攻略だった。2はやりこんでいたものの、果てそら1は1つのルートを攻略している途中でこの世界に転生してしまったから、ナールの正しい攻略方法をシーナは知らないのだ。幸いにして、ゲームシステムは基本的には2と同じだから、サポートキャラの攻略方法もおそらく同じだろう。だから、各クエストの合間を縫って、シーナはナールの攻略を続けているのだが、どうにもこうにもナールは塩対応なのだ。
「だって疲れたんだもん」
「世界平和のためって言って、よく毎日、聖騎士をとっかえひっかえお出かけできますね」
ナールはやけに棘のある言い方をしたが、シーナは疲労で気付いていない。
「それね! 私もさ、本当は毎日、ナールと一緒に居たいんだよ~」
「……は?」
「でも、神の乙女の神力って、聖騎士と一緒にいる時間が長ければ長いほど、聖騎士に通じやすくなるんだよね。だから仕方ないんだよぉ」
枕に顔を埋めて言うシーナに、ナールが近寄る。
「では、聖騎士様かたがお好きなわけでは……」
「まさか! 今一番仲良くなりたいのは、ナールだよ!」
がばっと起き上がったシーナが、ナールの腕を引っ張って、ベッドに倒れ込む。そのまま彼女を抱きしめてナールの黒髪に顔を埋めた。
「だから、私と仲良くしてよ、ナール~」
「……考えておきます」
むすっとしたような声が、照れくささを隠すように発せられる。そうして、その日以降、ナールのシーナに対する態度は、軟化したのである。
***
好感度や戦闘能力を、パラメータとして見ることはできないが、ナールの好感度は随分と上がったようにシーナは思う。いつも凛とした表情を浮かべていて無表情のことが多いナールが、微笑むことが多くなったからだ。このまま順当に行けば、百合友情エンドを迎えることができるだろう。
しかし、相変わらず冷たいところもあった。
「シーナ様、いい加減抱き着くのはおやめください。はしたないです」
「ええ? いいじゃん。女の子同士なんだし。それとも恥ずかしい?」
抱きしめたナールの頭を、胸元に押し付けてシーナは笑う。
「……シーナ様は、私が化け物の呪いを受けた存在だって知っていますよね?」
身体の間に腕をさしいれて、ぐっとシーナの身体を押すと、やや赤くなった顔で、ナールは抗議する。
「うん? 知ってるけどどうして? 呪いがあるとハグしちゃだめなの?」
もう一度抱き寄せようとしたシーナの腕を、ナールは押しとどめる。ナールはいつも、丈の長い神官見習い服を着ていて、つま先から首元までしっかりと覆って肌を隠している。その上、手袋をしているから、素肌は顔しか晒していない。シーナの身体から一歩離れると、ナールは手袋を取り、長い袖をするするとあげて腕を見せる。
「……呪いを受けた者は皆が避けます。うつるかもしれない、と」
現れたのは、黒色のウロコのような紋様がびっしりと埋め尽くした肌だ。ナールが首元を緩めてみせると、顔まであと数センチ、というところまでその紋様は埋め尽くされている。その姿に、シーナは息を飲んだ。
ナールが化け物に呪われているということは、初対面の自己紹介の後にすぐナールから打ち明けられており、追い出してくれていいと言うナールを、シーナはそのまま側仕えとして受け入れている。
そもそも神の乙女の世話役は、本来このような呪われた者があてがわれる事はない。しかし、シーナは平民の出だ。貴族主義の神官たちが嫌がらせで、ナールを手配しているのである。本来なら潤沢にあるはずの世話の者も、ナール一人しかあてがわれていないのだ。
息を飲んだシーナは、顔をゆがめた。それにナールも顔を歪める。
「醜いでしょう?」
「痛くはないの!?」
ナールが呟くのと、シーナが叫んだのは同時だった。
「……っ!?」
驚きで固まっているナールの腕にそっと触れたシーナは、顔を更に歪める。
呪いのことは、ゲームのシナリオには出てきていなかったが、特に問題のある話ではないからゲームに出てこなかったのだろうとシーナは思っていた。だから、今までナールの呪いというのを特に気にしていなかったのだ。
「ごめんね。今までちゃんと呪いのことを知ろうとしなくて、抱きしめたりなんかして……痛かったなら、嫌なの当たり前だよね……」
「痛くは、ないです」
「そうなの?」
シーナの問いに、ナールは頷く。
「私の身体は呪いで歪められて、こんな紋様が出るようになりました。痛みとかはないですが……呪われているのは確かですから」
「本当にその模様以外は何もないの? 苦しいこともない?」
「……苦しいとかはないです」
触れられた手を払うこともできずに、ナールはそう答える。
「よかったあ……!」
歪めていた顔を解いて、心底ほっとしたようにシーナは脱力する。けれど、ナールの腕には触れたままだ。
「でも、いつも隠してるってことは、それ早く消したいんだよね。きっと化け物の王の討伐が成功したら、その呪いも解けるよね?」
「そう神官長からは聞いています」
「じゃあ、なおさら頑張って化け物の王を倒さなくっちゃね! ナールのために頑張るね!」
シーナは勢い込んで、ナールを再び引き寄せて抱きしめる。その抱擁に、ナールは抵抗しなかった。
「気持ち悪く、ないんですか……?」
「どうして?」
「どうして、って……」
「辛いのはナールで、私じゃないでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「じゃあ大人しくハグされてよ。ナールをギュっとするの大好きなんだから」
髪にすりすりと頬ずりをしたところで、ナールの腕がぐっとシーナの身体を押して、離れる。
「身体が痛くないこととハグとは別の話ですから」
「ええーしようよ、ハグ」
「少しは慎みを持ってください」
追加のハグをしようと腕を伸ばしてきたシーナを、ナールはぺち、と叩く。それは手袋を外したままの素肌だった。その動作をした自分自身にギクリとして、ナールは一瞬固まったが、当のシーナは「けち~」などと拗ねているだけだ。
その様子に、ナールは苦笑する。
「……本当に変わった人ですね」
「え、なーに?」
小声で言ったのをシーナが聞き咎めたが、ナールはふ、と笑って首を振る。
「なんでもありませんよ」
答えたナールは、いつもよりほんの少しだけ優しい声だった。
***
もうすぐ最終決戦が近い頃である。果てそらは、途中からルート分岐してストーリーが変化するタイプのゲームではなく、同一のストーリーをなぞった上で、エンディングで結ばれるキャラクターだけがちがう、という仕様だった。
シーナが歩んできた道のりは、おおむねゲームのストーリー通りだ。レベリングも順調な上、ナールも最近は以前よりも更に態度が軟化しているので、このまま行けば、ナールとの百合友情エンドを迎えることができるだろう。
「もうすぐナールと一緒に暮らせるのも終わりかあ。ちょっと寂しいな」
いつものように、訓練が終わった後に、自室に戻ってきたシーナは、ベッドに倒れ込みながらナールに話しかける。
果てそら1のラストがどうなっているのかは知らないが、果てそら2の冒頭では1で平民として市井に戻っていた主人公を、再び神の乙女として迎えるところから始まる。そして果てそら2のサポートキャラはナールではなかった。つまり、果てそら1のラストを迎えれば、自動的にシーナは元暮らしていた場所に戻り、ナールともお別れするということになるのだ。
化け物の王の討伐が叶えば、呪いも消えるというから、ナールが神官見習いを続ける必要もなくなるのだろう。
「……シーナ様は、討伐が終わったら故郷に帰られるのですか?」
「うん、その予定だよ」
シーナの答えに、部屋の中にはしばしの沈黙が降りる。
「…………歴代の神の乙女は、聖騎士と結ばれることが多いと聞きますが」
「私がアレックスたちのこと、恋愛対象として見てないの知ってて言ってるでしょう、それ」
「それは、故郷に恋仲の方でもいらっしゃるからですか?」
「え?」
「だってそうでしょう。聖騎士の皆さんは私の目から見ても素敵な方ばかりです。人柄だけでなく、家柄も。そんな方々を袖にして故郷に戻られるというのですから、良い人が別にいると考えた方が自然です」
その言い分に、シーナは笑い出した。
「故郷にいい人なんていないよ~。しかも、袖にする、ってアレックスたちだって別に私のこと好きじゃないんだし、そんな誤解は可哀想だよ」
「シーナ様にその気がなくとも、聖騎士様方はシーナ様にプロポーズするおつもりのようですよ」
「なにそれ、初耳……」
がばっとベッドから起き上がって、シーナは血相を変える。
「それはサプライズでするおつもりのようでしたからね。それで、プロポーズされたらどうなさるおつもりなんです? 人柄も、家柄も、容姿も優れてらっしゃる聖騎士様たちからのプロポーズですよ?」
静かな声で言うナールに、シーナは苦笑いした。
「うーん……そんなことになってたとは……。それでも、申し訳ないけど私は故郷に戻るよ」
「想い人もいないのに、なぜです?」
「あー。えっとね、ちゃんと言うと、好きな人は、いるんだ」
「やはり故郷に」
「いや、違うんだけど」
シーナは説明に悩む。この世界がゲームシナリオで構成されていて、続編の攻略対象レオナルトと結ばれたいのなどという荒唐無稽な話をできるはずもない。
「えーと……夢……そう、夢をよく見るんだけどね。えーと多分、神の乙女の神力が見せる未来の夢だと思うんだけど、その中に出てくる人が、好きなの」
「夢?」
ナールが一気に胡乱な目つきになる。神の乙女が、神力で予知夢を見るなどという伝承はない。
「そう、夢。その人は、すごくかっとよくてね。でもって、仲良くなるまでは冷たいんだけど、仲良くなったらとっても優しいんだよ!」
シーナは、記憶の中にある果てそら2のレオナルトの姿を思い浮かべる。銀髪に紫の瞳の美丈夫であるレオナルトは、果てそら2の中でも攻略難易度が高いキャラクターで、好感度をあげるのがかなり難しかった。ツンが強く、どこか神の乙女である主人公を軽蔑してすらいるような素振りを見せるレオナルトは、心を開くまでがかなり長い。けれど、心を開いた後は主人公を溺愛していた。そんなギャップにシーナはやられていたわけだが。
「よくよく考えると、ナールの目は紫色だし、性格もちょっとツンデレだしちょっとその人に似てるかも。あっ髪色も違うし、そもそもナールは女の子だけどね」
ふふ、と楽しそうに笑うシーナ。
「ツンデレ……? いえ、それよりも」
「あっごめん。今のは気にしないで!」
「……しかし、夢の中の男性を好いて、今言いよってくれている好条件の聖騎士様たちを振るんですか?」
「あー、うん、まあ、そうなるかなあ……」
ここが果てそら1の世界と酷似した世界な上、シナリオ通りに進んだからといって、果てそら2のシナリオが始まって本当にレオナルトに会えるとは限らない。となれば、今後、シーナの前に好条件の男は現れないかもしれないのだ。平民に戻るより、プロポーズしてくれている聖騎士を受け入れる方が、よほどいい生活ができるだろう。
「やっぱり好きじゃない人とは結婚できないよ」
「……そう、ですか」
いくばくか沈んだような声で言うナールに気付かないまま、シーナは胸をはる。
「私はレオナルト様が好きだから。そこは譲れないもんね」
「レオナルト?」
驚いたように目をみはったナールに、シーナは破顔する。
「うん、レオナルト様。銀髪に紫の瞳のかっこいい人だよ!」
「……会ったこともない人を好きだなんて、シーナ様は本当に変わっています」
言葉とは裏腹に、ナールの顔は微笑んでいた。
***
無事に化け物の王は討伐された。毎日忙しくクエストをこなしてレベル上げにいそしんだ甲斐があったというものである。そんなわけで、シーナと聖騎士たちは王城に凱旋して、明日は祝勝パーティーだ。
討伐完了後に開かれる祝勝パーティーが、果てそら1の最後のイベントだ。ここでエンディングが確定する。好感度がエンディングを迎えられる程度に好感度が上がっている攻略対象からは、パーティーのパートナーになって欲しいという旨の手紙が届くのだが、聖騎士全員から届いていた。逆ハーレムエンドはなく、この手紙の中から一人を選ぶことになるのだが、サポートキャラとの百合友情エンドが選べる場合のみ、手紙を全て断ることができる。百合友情エンドが選べない場合は、全てを断ろうとすると、サポートキャラが「でも誰かは選ばないといけませんよ」と選択肢がループするのだ。
ゲーム通りであれば、全ての申し出を断れるはずである。
「ただいま戻りました」
部屋に入ってきたナールは、引きずるほどの長さのローブですっぽりと身体を隠していた。いつもならば、見習い神官服を着ているが、呪いが解けたら身体にどんな変化が起きるか判らないので服を調節するためにローブで身体を隠しているのだとナールは言っていた。
呪いは徐々に解け、肌からは黒い紋様はほとんど消えている。手の甲に残った紋様が消え切れば、呪いが解けて歪められた姿が戻るらしい。呪いがかかったのは二年ほど前で、その間ナールの身長は伸びていなかったというから、呪いが解けた瞬間に背が伸びることもあるだろう。
「ごめんね、全員分の断りの手紙を届けてもらって」
「いいえ、私がシーナ様の側仕えとしての、最後のお仕事ですから」
「うん……」
結論を言えば、シーナは全ての手紙を断ることができたから、百合友情エンドが確定した。百合友情エンドでなくとも、現状シーナは誰とも結ばれず、化け物の王も討伐できたのだから、最良の結果である。シーナはほっと胸を撫でおろしながらも、寂しさを覚える。
ナールに絡み始めたのは、果てそら2でレオナルトと結ばれるためだ。とは言え、一緒に暮らしていれば、情は沸くし、ちょっぴりツンデレで優しいナールのことが、シーナは好きになっていた。もちろんそれは親愛の意味だが、これから故郷に戻り、これから果てそら2が始まったとしても、二度とナールに会うことはないのだと思うと、無性に寂しかった。王都とシーナの故郷は、馬車で二週間ほどかかる程度には離れている。普通の平民は馬車で旅行など無理だから、ほとんどの旅程を徒歩でいくことになり、働きもせずにそんな旅行をするのは、平民にはとても無理だ。
「ナールともう会えなくなるの、寂しいな……」
「私もです」
ベッドの端に座っていたシーナに近づきながら、ナールは微笑んだ。
「ですから、私も一緒にシーナ様の故郷に行きたいんですが、いいですか?」
「えっ?」
「私には家族がおりません。呪いが解けても、どうせ帰るところはありませんから……これからは側使えではなく、家族としてずっとシーナ様の傍に居たいのです」
ナールはシーナの前にひざまづくと、彼女の手を取って上目遣いに見つめてくる。
「えっうそ、そんなことできるの?」
「できます。……私と家族になるのは、だめですか?」
「だめじゃない! ナールと一緒に暮らせるの嬉しい! 家族になろうね、ナール!」
シーナは感極まってナールの手をぎゅっと握り返した。その返事に、ナールは今まで見たことのないような綺麗な笑顔を浮かべる。
「プロポーズを受け入れてくれて良かったです」
「うん?」
立ち上がりながら、ナールはシーナに顔を近づける。紫の目が今日も綺麗だな、なんて見惚れているうちにナールの唇がシーナのものに重なって、そのまま押し倒されていた。シーナが状況を理解するよりも前に、さらに理解不能な事態に発展していく。ナールの肩から滑り落ちてシーナの頬に触れていた長い黒髪が、するすると縮んでいって、その色が徐々に変わっていった。
「ああ……愛する人の口づけで最後の呪いが解けるなんて、物語のようですね」
唇を離して、至近距離にある顔は、先ほどまでの少女の顔ではない。顔の輪郭は成人男性のものに変じ、長かった黒髪は銀色の短髪になっているし、押し倒されてのしかかっていた軽かった体重はずっしりと重くなっている。変わっていないことと言えば、紫の瞳だけだ。
この顔に、見覚えがないわけがない。
「レオ、ナルト……様……?」
銀の髪に紫の瞳。それは果てそら2で何度も攻略し、出会うことをずっと願っていたレオナルトそのものだった。名を呼ばれたナールだった者は目元を緩ませる。
「そうです、シーナ様」
至近距離で肯定して、もう一度口づけてこようとするレオナルトを、かろうじて手でおさえて阻止する。
「ま、待って! どういうこと!?」
「どうもこうも、私は呪いで姿を歪められていました。それが解けて元の姿に戻っただけです」
口を覆っている手を、緩やかに、けれど確実に外しながらレオナルトは説明する。
「プロポーズって、なに?」
「……シーナ様の夢の中に出てきていたのは、私なのでしょう?」
「そう、ですね……?」
急に目の前に出てきた推しに、頭の処理能力が追いつかないシーナである。
レオナルトは果てそら2の追加キャラであるが、実は果てそら1のサポートキャラの呪いが解けた姿だった。サポートキャラとして、他の男たちと愛を育む主人公の姿を見てきたナールは、呪いが解けた果てそら2で、主人公を恋愛対象として見るのが難しかったのだ。それゆえ、果てそら2での攻略難易度が高くなっている。
公式から一切発表されていなかったこの設定を、シーナが知っていたはずもない。今はまだ、突如として現れた最推しにただ混乱するばかりだ。
「え、で?」
「貴女が好きなのは私です。そして私も貴女を愛している。なら、結婚をしても問題ないではありませんか?」
「え、待って、あ、愛して……? えっ結婚?」
「この状況でその反応とは、本当に変わっていますね、シーナ様は。……愛していますよ」
混乱で目を回すシーナの手を完全にどかしたレオナルトは、二度目の口づけを落とす。それを拒むことも出来ないほどに頭をいっぱいいっぱいにしたシーナは、そのまま目を回して意識を暗転させてしまった。
翌日目を覚まし、レオナルトが隣で寝ていることに叫び、同性だからと寝室でやった着替えをはじめとしたあれやこれやを思い出して赤面することになる。そして、果てそら2が開始する前からレオナルトの攻略を完了させていたシーナはこれから、知らぬ間に溺愛ルートに突入していることを、まだ知らないのだった。
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