84. 反論させてください

 翌日。

 穴を掘るよりも先に管を通すことで、水道自体は完成することになった。


 代償として馬車が通れなくなってしまったけれど、それも一週間で解消される予定だから経済の影響も最小限で済むみたい。


「なんとか危機は超えられましたわね」

「ああ、みんなのお陰だ。レイラも協力してくれてありがとう」

「グレン様の指示があってこそですわ。ありがとうございます」


 だから、私達はテラスでお茶をする余裕が出来た。

 王都でも井戸が枯れるようになって、大勢の人が王都を出ているみたいだけど、それは私達には関係の無いお話。


 もしも王都から来た人たちを受け入れるように命令されても、私に敵意を持っている人は入れないようになってしまったから無理なお願いだ。

 ちなみに、黒竜の魔力は本当にすごくて、この結界は二十年以上効果が続くと分かってしまった。


 この結界は私一人への敵意がある人が入れないだけで、グレン様に敵意を持っていても入れてしまうから警備は続けられているけれど、この結界の存在を知らせた時は大喜びされた。


『レイラ様。聖女様ですよね?』

『こんなに領民のことを考えて下さるなんて、聖女様以外にあり得ません!』

『仮に聖女様の力が無くても、私達の心の中では聖女様と同じです!』


 そんな言葉を次々にかけられた時は、嬉しい気持ちよりも恥ずかしい気持ちが勝ってしまって、みんなに顔を見せられなかったのよね……。

 それなのに、使用人さん達も領民に混じって追撃してくるものだから、慌ててお屋敷に逃げ込んだ。


 リラックス効果があるというハーブティーを頂いている今だから平然としているけれど、さっきまでは本当に酷い顔をしていたと思う。


「お互いに、最善を尽くせた結果だ。

 今夜はお祝いにしよう」

「協力してくれた町の人達も招待しましょう!」

「それは流石に……」

「お屋敷の中は無理ですけれど、あの広場で料理を出すのも良いと思いますわ」


 こういう時、平民であっても感謝の気持ちを忘れてはいけないのよね。

 今は結界魔法のお陰で、私に敵対しようとしている人は、文字通り町からはじき出されているから、襲われる心配も無いはずだから難しくない。


「なるほど。アルタイス家はそうしているのだな。

 参考にしよう」

「私の家では、お屋敷の中に領民のみんなを招いていましたわ」

「流石に危険ではないのか?」

「信頼の証として招いているので、大丈夫ですわ。それに、万が一があっても私の家族なら対処できますから」


 仮にグッサリと刺されてしまっても、治癒魔法があるから死にはしない。

 そもそも刺される前に対応できるのだけど。


 アルタイス家が暗殺されるような重要な家ではないという理由も大きいけれど、これは考えない方が良さそうね……。


「そういうことか。全てを真似ることは出来ないが、料理を振る舞うことくらいは出来る。

 今夜は間に合わないが、明日の昼は広場でパーティーにしよう」

「ありがとうございます」

「なぜレイラが礼を言う……」

「嬉しかったら、お礼を言うのは当然ですもの」


 困惑気味のグレン様だけれど、使用人さん達は私の言葉を理解してくれているみたいで深々と頷いていた。

 



 それから、私達はパーティーの計画を練ることになった。


「警備は我々でこなせますが、あまり近付けると咄嗟の時に対応できません。

 特に奥様。領民からは適度に距離を取るようにお願いします」

「分かりましたわ」


 本音を言えば、手を握れるくらいまで近付きたいけれど、近付きすぎると護衛さん達の負担になってしまうから、今回は護衛さんの言葉を聞き入れることに決めた。

 命を狙われるようになってから常に防御魔法のアクセサリーは身に着けているけれど、万全ではないもの。


「護衛はそれくらいでしょうが、料理にの問題もあります。

 まずは食材ですが、集まりそうな人数を考えると間違いなく足りません」

「ああ、そうだろう。魔物の肉を使えば……」

「ジャイアントキャトルなどが居ますが……。

「牛肉よりも高級な食材でしたわよね? 少し探すのが大変ですけど、必要なら今から狩ってきますわ」


 肉を落としてもらえるように魔法で倒せないけれど、あまり強くないから見つかればすぐに用意できる。

 けれども、問題はこれ以外にもあるみたいで、料理長さんが言葉を続けた。


「食材があっても、作る時間がありません。それに平民は遠慮を知りませんから」

「そうだな」


 おかしいわ……。

 アルタイス領のみんなは、こういうパーティーの時に一口ひとくちだけでも満足していたのに、ここ領民はそんなにお腹を空かせているのかしら?


「一口だけで満足させることは出来ませんの?」

「難しいでしょう。こういう時は、お腹を空かせてから来る人が多いですから。貴族では遠慮して食べることがマナーですが、平民にそのようなマナーはありませんから、仕方ありません」

「そうなのね……。

 お昼の時間の後に配るというのはどうかしら?」

「それなら少しはマシになるでしょう」


 このお屋敷で働いている使用人さんは伯爵家以下の家から来ている人と、平民の人が居る。

 だから、貴族の視点でも平民の視点でも見れるから、この意見は大切にしたいのよね。


 でも、そんな時。

 私の隣で静かに控えていたカチーナが口を開いた。


「恐らくですが、領民の皆さんは奥様に感謝しています。ですから、食事を目当てで来る人は少ないでしょう。

 奥様の人望を軽く見ない方が良いと思います」

「レイラの魅力で食欲を消せるとは思えないが……。三大欲求だぞ?」

「よく考えたら、奥様を目当てにする人は多くなりそうです。これなら一口でも満足してもらえるでしょう」

「えっと、私にそんな力は無いと思うの……」


 今回はグレン様が私の味方で、私の評価を下げてくれようとしている。

 もっと私が大したこと無いってみんなに伝えて欲しいのだけど……。


「奥様はご自分の魅力をもっと高く評価してください! みんなに怒られますよ!」

「少なくとも、私達の目には奥様がとても魅力的な方に映っていますから!」

「もっと胸を張ってください!」


 グレン様が反論するよりも先に侍女さん達の攻撃に遭ってしまって、私は何も言えなくなってしまった。

 こんなに持ち上げられているのに、否定するのは間違っている気がするから……。


 反論する余裕くらい残してくれても良いのよ……?

 

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