62. 監視するようです

 着替えが終わったから、扉を開けて手紙を受け取る私。

 なんとなく書かれていることは想像出来たから、グレン様やカチーナの目の前で封を切る。


 すると……。


「これは……」

「酷いな」

「マハシム家は馬鹿ですね」


 ……三者三様の反応が返ってきた。

 私も同じことを思っている。


「婚約破棄を無かったことにしたいって、受け入れられると思っているのかしら……?」


 お飾りとはいえ、私は無期限でカストゥラ公爵夫人を務めている。

 既婚者に対して”復縁したい”だなんて、失礼……いえ、非常識だと思う。


 くしゃくしゃに丸めて火魔法で燃やしたい衝動を抑えて、続きを読んでいく。

 ……うん今度は吐き気がしてきたわ。


『一人で寂しい思いをしていたのだろう? 色々溜まっていると思うけど、自分で慰め……』


 これ以上は読まない方が良さそうね。

 よこしまなことを考えている殿方から身を守れるように、こういった言葉の意味も教えられている。


 だからジャスパー様が考えていることもすぐに分かってしまった。

 冤罪を着せてきて、冤罪を晴らすという約束をすぐには守らない王家があるなら、頭の中がお花畑になっている人が居てもおかしくは無い。


 そんな人が婚約者だったなんて……。

 どこかで変わってしまった結果なのかもしれないけれど、どんな理由でも絶対に受け入れられないわ。


「瘴気でもプレゼントしたい気分ですわ……」


 無関係な人を巻き込んでしまうから、口だけにとどめる。

 でも、人に対してこんなにも消えて欲しいと思うのは初めてだった。


「これの差出人のジャスパーとやらは、頭がピンクなのか……」

「よく分かりましたね? ジャスパー様の髪はピンク色ですの。火魔法と光魔法だから厄介ですわ」

「そうじゃなくて、ピンクなのは思考の話だ。

 しかし髪までピンクとは、面白いな」


 ツボに入ったみたいで、お腹を抱えて笑いを堪えるグレン様。

 私には何が面白いのかよく分からなかったけれど、空気が少しだけ柔らかくなった気がした。


 けれどもそれも束の間で、笑い終わったグレン様は重々しい口調でこんなことを言い放つ。


「レイラを狙う男を放ってはおけない。怪しい動きが無いか、監視させることにしよう。

 庭番の手は空いていたな?」

「左様です」

「それなら、マハシム家の監視を」

「御意」


 お庭番というのは、文字通り庭園の管理をしている人を指すこともあるのだけど、今回は隠密や密偵を指しているらしい。

 姿を見たことが無い上に気配もしないから、かなりの手練れみたい。


「これで、ジャスパーは手を出せない。安心して欲しい」

「ありがとうございます」


 そんな時、別の侍女さんが土で汚れた封筒を持ってくる様子が目に入る。

 今度はアルタイス家から飛ばされてきたものらしい。


「こちら、奥様宛てのようです。昨夜の雨で出来たぬかるみに浸かっていました」

「ありがとう」


 運悪く泥の中に落ちてきたみたいで、封筒は泥まみれ。でも、中身は無事だった。


 中の便箋には、アルタイス邸にもジャスパー様からの手紙が届いたと書かれていた。

 どうやら私が居るかもしれない場所に手当たり次第に送っているみたい。


「寒気がしますわ……」

「屋敷の警備を強化しよう。何が起こるか分からないからな」

「ありがとうございます」

「これくらいの事、気にしなくて良い」


 グレン様はそう言って私の手をとってくれたけれど、護衛さん達の負担を増やしてしまうことに変わりはない。

 だから、暖炉の代わりになる魔道具と一緒に、魔物や襲撃者を倒すための魔道具も作ろうかしら?


 使用人さん達の仕事を全て奪うわけにはいかないけれど、守りは堅い方が絶対に良いもの。


 そうだわ……!

 アルタイス邸にあるのと同じような魔道具を大量に作って、使用人のみんなに配ればいいのよ。

 あまり目立たないアクセサリーの形にすれば邪魔にならない上に、戦い方が増えて有利に立ち回りやすくなる。


 瘴気が飛んできた時にも、怪我をする人を減らせると思う。

 魔力がある限り、という問題はあるけれど。


「そろそろ朝食にしよう。準備はいいかな?」

「はいっ!」


 考えていたらさっきよりも明るい声が降ってきて、頷く私。

 それから食堂に向かって、グレン様と手を繋いだまま歩き出した。


「……また魔道具のことを考えていたのか?」


 このお屋敷はすごく広くて、食堂までは歩いて二分くらいかかる。

 だから必然的に会話も起こるもので、今日はグレン様から最初の問いかけが飛び出てきた。



 ちなみに、令嬢……じゃなくて、公爵夫人らしくお淑やかに歩こうとすると、どうしても速く歩けないのよね。


 そうは言っても、そんなこと気にしていないから変わらないけれど。

 今の私は、侍女さんと同じ服装をしていて、グレン様は衛兵さんと同じ服装。


 何も知らない人が見たら、恋仲の使用人に見えると思う。


「どうして分かりましたの?」

「なんとなく、顔を見ていれば分かる。楽しそで、幸せそうにしているからな」

「どんな顔なのでしょうか……?」


 自分では分からないけれど、グレン様から見た私は幸せそうな顔をしていたらしい。

 だって好きなんだもん! 仕方ないよね!


 ちなみに、グレン様も幸せそうな表情を浮かべることが最近になって少しずつ増えてきた気がする。

 大抵は私と顔を合わせた時に、最初に頬が緩んで……その後に普段の引き締まったものになるのだけど、私と会うことを楽しみにしてもらえているみたいで嬉しい。


 嫌がられるよりも喜ばれる方が絶対に良いもの。


「そうだな……。そのまま溶けてしまいそう、とでも言えばいいのだろうか。

 説明が難しい」


 のんびりとお話をしていたら、もう食堂に着いてしまった。

 扉を開けると、待っていた使用人さん達の視線が集まる。


 料理はもう揃っていて、スープからは湯気がのぼっている。

 パンと軽めのおかずにスープという普通の組み合わせでも、色の組み合わせがうまく考えられていて、遠目で見ても近くから見てもすごく美味しそう。


 上座側の席が空けられているから、私は一番上座に近いところに座る。

 それから、グレン様の合図で朝食を始めた。


 同時に私のお腹がなってしまったのは、防音の魔法でなんとか誤魔化せた。

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