第2章

61. 平和が崩れそうです

「おはようございます、奥様。今日は何をされますか?」

「おはよう。お昼までに新しい魔道具を作って、午後はみんなとお茶をしようと思っているわ」


 眩しい朝日が視界に飛び込んできて、目を細めながら言葉を返す私。


「畏まりました」


 すると、ベッドの隣に控えていたカチーナはそう口にして、いつものようにお茶を出してくれた。

 グレン様の告白から一週間経つけれど、私の周りで変わったことは起きていない。


 平和な空気がお屋敷中に広がっていて、楽しい日々をみんなで送っている。


 彼がいつもよりも早く屋敷に戻ってくるようになったという変化はあるけれど、その分賑わいも増した気がする。



 ちなみに、私が授かった領地の経営は滞りなく進んでいる。


 執務官が大抵のことは代行してくれていて、私は方針に口を出すだけ。

 おかしなことが起きていないか、ブランが遠見の魔法で確認してくれているから、安心して過ごせるのよね。


 とはいえ、私が居ないといけない事もあるから、そんな時はブランにお願いして一分で私の領地に行っている。

 今はここカストゥラ邸でやりたいことが山のようにあるから、時間は貴重だもの。


 一分間全力で飛んでもブランは疲れないみたいだけど、お礼に魔力を分けたりしているけれど……どうやら私の方が魔力が多いと分かってしまった。



 お茶で喉を潤したら、カチーナがこんな問いかけをしてきた。


「今日はどんな魔道具を作られるのですか?」

「そろそろ寒くなると思うから、部屋を暖める魔道具を作るつもりよ」


 私がそう答えると、お茶を取れ


「暖炉では十分ではないでしょうか……?」


 ええ、ええ。確かに暖炉は温かいわ。

 でもね、その裏では誰かが寝る間も惜しんで火を保ち続けているのよね。


 公爵邸には食堂に大広間に私やグレン様の私室にさらには使用人さんの部屋にも暖炉がある。

 これだけあると火事の危険も増えるし、使用人さんの負担も大きくなってしまう。


 カチーナの話を聞いていると、一昨年に食堂の暖炉が火を噴いて大騒ぎになったらしい。

 その時は水魔法で事無きを得たけれど、暖炉を無くす話が出たことも教えてもらった。


「この前、火を噴いた話を聞いてから、無くした方が良いと考えるようになったのよ」

「それは良いですね! 楽しみにしてます」


 この事は侍女さん達はみんな知っているみたいで、一瞬だけ遠い目をされた。

 でも、すぐに期待の目になったから、完成したら受け入れてもらえると思う。


「ありがとう。寒くなる前に完成させられるように頑張るわ」


 一礼して部屋を出ていく侍女さんに手を振る私。

 それから、普段通りに着替えたり髪を整えたりしていたのだけど……。


「レイラ、急いで知らせたいことがある。入ってもいいだろうか?」


 焦るような声色が聞こえてきて、つい手を止めてしまった。

 グレン様がこんなに慌てる様子は初めてだから、すぐに開けた方がいいような気がする。


 でも、今は着替え中。この姿で彼の前に出るのは憚られる。


「旦那様、人払いが必要な内容でしょうか?」

「いや、急いで全員に伝える内容だ。聞こえるなら扉越しでも問題ない」

「そうして頂けると助かります」


 どうしようか迷っていると、カチーナが扉の前に立って、そんなことを口にした。

 グレン様から姿は見えないのに、ペコリと頭を軽く下げている。


「レイラが生きていると、王家に知られた。隣国で爵位を授かったことが広まったようだ。

 そこまで配慮できなくて申し訳ない」

「私もそこまで考えていませんでしたわ……。でも、帝国までは追えないですわよね?」


 お母様がパメラ様に治癒魔法をかけることで私の冤罪は晴らされる約束だったらしいのだけど、今までずっと反故にされている。

 だから、今すぐに逃げないとまずい気がするのよね……。


「そのことだが、レイラの冤罪がようやく正式に全て無かったことにされた。もう罠は無いだろう。

 代わりに……治癒魔法の力を王家のために使って欲しいと手紙が来た」


 どうしてかしら?

 申し訳なさそうな声色が聞こえているだけで姿は見えないのに、グレン様が深々と頭を下げている様子が見えた気がした。


 手を止めて聞いていたのだけど、カチーナが上着を背中にかけてくれて、はっと意識を着替えにも向ける。


「もし断ったら……」

「ありとあらゆる手を使って、王宮に留めるかもしれないな」


 でも、この言葉を聞いたら、着替えになんて気を向けられなくなってしまった。

 これは面と向かってしっかり相談した方がいいことだ。


 色々な感情が頭の中をぐるぐるとまわっていて、今は何も考えられない。

 胸が詰まるようなこの感じは、怒りなのかしら……?


 でも、今まで誰かに怒りを向けたことなんて無いから、よく分からない。


「奥様、まだ開けないでくださいね?」

「ごめんなさい……」


 無意識に部屋の扉を開けようとしていたみたいで、カチーナに腕を掴まれた。

 危なかったわ……。


「今は大人しくしたがった方が安全なのだろう。

 しかし俺はレイラを離したくない。今の王家に近付けば何をされるか分からないからな」

「そうですわね。またあらぬ罪を着せられるのは嫌ですもの」


 貞操の危機は脱したけれど、私の危機はまだ脱せそうにない。


 必死に頭を回しているのに、着替えが終わる時になっても答えは出せなかった。

 それに、追い打ちのように一通の手紙が届いた。


「奥様、マハシム家から手紙が届いております。

 酷い内容ですが、念のため確認をお願いします」


 今更、ジャスパー様の家から手紙が届くなんて、一体何が起きているの……?

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