38. 止めに行きます

「グレン様、レイラです。お話ししたいことがありますの」


 部屋の扉をノックしてから口にすると、すぐにグレン様が中に入れてくれた。

 机の上にある書類は、流行り病の報告書みたい。


「何か困っていることがあるのかな?」

「はい。

 流行り病を抑えるために、村との行き来を禁止して頂きたいのです」


 私がそう口にすると、グレン様は驚いたような表情を浮かべた。


「何故だ? 往来を禁止したら、交易が止まることになる。

 そうなれば経済に影響が出る」

「ええ、影響が出ることは分かっていますわ。

 でも……放置していたら街でも流行り病が広がり、多くの人が苦しむことになります。経済も止まることになるでしょう」

「先に不利益を出して、大きな不利益を防ぐという事か。

 理にかなっている。すぐに実行しよう」


 最初は疑っていたグレン様だったけれど、私が簡単に説明すると少し考えてから結論を出した。

 これで病は広まらなくなる。


 そう思ったから、私はグレン様に向かって頭を下げた。

 貴族は目先の不利益に敏感な人が多い。


 けれども、グレン様は違ったから、なんとなく嬉しかった。


「ありがとうございます。

 私は病が起きている村に行って、みんなを治してきますね」

「俺もついていこうと思うのだが、良いだろうか? 現地に居た方が、指示もしやすい」

「グレン様に伝染うつったら大変ですのに……」


 予想していなかった言葉に声を漏らすと、ふと手を握られる。

 驚いて視線を上げると、少し不安そうな表情を浮かべているグレン様と目が合った。

 

「レイラも同じだ。

 それでも行くのだろう?」

「はい。私には治す力もありますから」

「それなら、俺が行っても問題ないだろう。

 何かあったら治癒魔法を頼るかもしれないが、身体は丈夫だから簡単には罹らないさ」


 そう言って胸を張るグレン様を見ていたら、私まで強くなった気がした。

 きっと彼なら、本当に罹らないで帰ってくることが出来ると思う。


 体力だけで見たら、私なんか足元にも及ばないもの。


「白竜様。私も乗せて頂くことは可能でしょうか?」

「もちろん」


 でも、ブランに深々と頭を下げてお願いしている様子を見ていたら、少し不安になってしまった。

 こんなに可愛いのに、何を恐れているのかしら?




 そんな疑問を持っていたけれど、私達はすぐに出発することになった。

 流行り病の対処は時間が肝心だから。


 計画では、最初は流行り病が起きていない街や村を回って、一週間の移動禁止令を出す。

 その後に流行り病が起きている三つの村に行って、私の治癒魔法で全員を治すことになっている。


 私の魔力が尽きても大丈夫なように、お医者様から対処の方法も教わった。


「よし、道具も持ったからいつでも行ける」

「分かりました。ブラン、お願い」

「うん!」


 私達の声はこもっているけれど、ブランはしっかり聞き取ってくれて空へと羽ばたいた。

 今日は護衛を同行させていないから、私達は平民の装いをしている。


 もっともグレン様は護衛が要らないくらい強いらしいから、使用人さん達に心配されていなかったわ。

 口と鼻を白くて厚い布で覆っているから、間違いなく不審者に見られそうだけれど。


「まずはあの街からだ」

「分かったよ」


 そう返事をしてから、翼を羽ばたかせるブラン。

 一気に加速感が私達を襲う。


「レイラ、落ちるなよ?」

「大丈夫ですよ。ブランの魔法で落ちないようになっていますから」

「そ、そうなのか?」


 グレン様の手はプルプルと震えているから、かなり恐怖を感じているみたい。

 万が一落ちたとしてもブランが助けてくれるから大丈夫なのに……。


「ほら、こんな感じで」


 言葉で説明するよりも見せた方が理解してもらえると思ったから、立ち上がって真横に飛んで見せる私。

 途中で見えない壁に阻まれてブランの背中の上に落ちたけれど、グレン様は顔を青くしながら私の足を掴んでいた。


 かなり力が入っていて痛い。


「大丈夫ですから、離してください。痛いです」

「申し訳ない。落ちそうで、必死に掴んでいた……」

「でも、納得は出来ましたよね?」

「ああ……」


 理解してもらったはずなのに、グレン様は今も震えている。

 もしかして……。


「高いところ、苦手なのですか?」

「ああ。この高さは流石に怖い。地面に吸い込まれるような錯覚に襲われてしまう。

 レイラはどうして大丈夫なんだ?」


 ……やっぱり、グレン様は高いところが苦手だったみたい。

 こんなに開放感があって気持ちが良いのだけど、吸い込まれるような感覚があったら楽しめないみたい。


 ちなみに、今は恐怖を感じないようにとブランが風を完全に防いでくれているから、心地良さは少ないのよね。

 けれども流石はグレン様。


 隣の街に着くころには身を乗り出して下を見る余裕も出来ていた。


「もう少し前です」

「この辺かな?」

「はい。そのまま下に降りて下さい」


 相変わらずブランに対する敬語は抜けていないのだけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る