37. 広めないために

「どうして奥様がここにいらっしゃるのですか?」


 少し驚いた様子で問いかけられて、笑顔を浮かべて振り向く。

 流石に使用人用のお風呂に私が来るとは予想していなかったみたいで、侍女は驚きと疑問が混じり合った表情を浮かべている。


「新しい魔道具を作ったから、試してもらいたくて来たの。

 すぐに髪を乾かせるから、便利だと思うわ」

「少しお借りしますね」


 私が魔道具を渡すと、すぐに使い方を理解して風を髪に当てる侍女さん。

 髪が長いと魔道具を使っても乾かすのは大変なのだけど、タオルで拭くよりは楽なはずなのよね。


 でも、この侍女さんは髪を短くしているから、すぐに乾いたみたい。


「すごいです! これなら何度も拭かなくても綺麗に乾きますね!

 あと十個ほどあれば、奪い合いにならなくて良さそうです!」


 だから効果も実感しやすかったみたいで、大喜びしてくれた。

 私が使うともっと時間がかかるものだけれど、それでもタオルで拭くよりは良いのよね。


「奥様、私も使って良いでしょうか?」

「私も使いたいです!」


 少ししてお風呂から出てくる侍女さんが増えると、魔道具待ちの列が出来てしまったけれど、みんな喜んでくれた。

 だから、冷蔵庫の工事をしている間、この魔道具をたくさん作ることに決めた。






 翌朝。

 髪を乾かす魔道具を追加で一つ完成させた私の元に、こんな知らせが届いた。


「領地の北の方にある複数の村で流行り病が出ていますので、近付かないようにしてください。

 奥様に万が一があっては大変ですから」


 魔物の原因を探りに北の村に立ち寄ったことがあるから、もう手遅れな気がするけれど……。


「分かったわ。教えてくれてありがとう」

「離れていても、流行り病にかかることはありますので、体調に異変がありましたらお知らせください。

 すぐに医者を呼びますので」

「医者は呼ばなくても大丈夫よ。私の治癒魔法で病気も治せるもの」


 もしかしたら、まだ症状が出ていないだけで病にかかっているかもしれないわ。

 私が罹っていたら、使用人さん達に伝染うつしていると思う。


 だから、今日は使用人さん全員に治癒魔法をかけることに決めた。

 お屋敷の仕事に手を出せなくなるかもしれないけれど、お屋敷の中で流行り病が起きるよりは良いのだから。



 これは私の領地で流行り病が起きた時のお話なのだけど、病にかかった人は必ず他の人と接触しないようにしていた。

 治癒魔法をかけるは触れることになるけれど、治癒魔法をかけた後は必ず自分にもかけるように決められている。


 だから、流行り病が広まることは無かった。

 けれども公爵領では、隔離をするということは無いみたいで、とにかく罹った人が楽になるように介抱しているらしい。


 でも、これは罹る人を増やすだけ。

 罹っている人に辛い思いをさせることになるけれど、治癒魔法が必要になる人数を減らした方が良いのだから、今すぐに辞めさせたいわ。


「治癒魔法で病も治せるんですか?」

「ええ。どこかの聖女様は無理みたいだけど……」


 同じ治癒魔法でも、私の家族の治癒魔法は病も治せる。

 他にも病も治せる治癒魔法の使い手は居るけれど、一日に治せるのは十人くらいで、流行り病が起きたら対処出来なくなってしまう。


 だから、流行り病が起きた時は、とにかく広めないことが大事。

 たとえ病に罹っている人が孤独な思いをすることになっても、手遅れになる前に治癒魔法で治せる可能性を上げる。


 そういうやり方をしてきたから、私の家の領地で流行り病で命を落とす人は、ほとんど居なくなった。

 他の貴族からは批判されることもあるけれど、一番たくさんの人を救えるという理由で、方針は変わっていない。


「だから、私が流行り病に罹っても、死にはしないわ。

 もちろん私が近くにいる限り、みんなも治せるから心配しないで」

「奥様がイケメン過ぎて惚れてしまいそうです」

「ちょっとアンセル? 旦那様に怒られるわよ?」

「はっ、旦那様の嫉妬心を買うところでした」


 侍女さん達が騒がしくなったけれど、その間に私はこの屋敷の敷地に居る人全員に治癒魔法をかけた。

 今使ったのは一定の範囲に効果を出す治癒魔法だ。軽症までなら一度に大勢の病や怪我を綺麗に治せる優れもの。


 範囲魔法だから魔力の消費も激しいけれど、病に罹っている人はまだ少なかったみたいで、それほど負担にはなっていない。


 これで、この屋敷で流行り病を発症する人はしばらく出ないと思う。

 だから今すぐにでも、あの村に行って病を治したいのだけど……。


「今から行こうとしたら、みんなに止められるよね……」

「そうですね。魔物とは訳が違いますから、行かせたくないです」


 侍女達が頷く中、私は首を振る。


「魔物と違ってすぐに死ぬことは無いから、魔力がある限り危険は無いわ。

 だから、領民を救うために行こうと思うの」

「言われてみれば、そうですね。

 奥様にとって、病は危険では無いのですね」


 治癒魔法が使えない状況だと危ないけれど、私はそんな状況にならないように必ず魔力は温存しているから、きっと大丈夫。

 でも、病を抑え込むためには、魔法だけでは不十分だ。


「ええ、そうなるわ。

 でも……病を抑え込むためにはグレン様の協力も必要だから、少し話をしてくるわ」


 だから、私はグレン様が居る執務部屋に向かった。

 

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