34. 無事に帰ってきたので
「本音を言うと、今すぐにでもレイラに触れたい。
だが……好きでもない男に触れるのは嫌だろうから、我慢しているのだ」
私が珍獣を見るような目を向けていたのが我慢できなかったのか、そんなことを言い始めるグレン様。
混乱しているみたいだから頭に治癒魔法をかけたのだけど……。
「せめて……手だけでも……」
……魔法が効いた感じはしなかった。
今の私達の距離感は、夫婦にしては遠すぎる。
だから焦る気持ちも分かる。
こういうことは早めに慣れておかないと、後々困るのよね。
でも、私の今の状況では社交界に出る事は無いから、気にするだけ無駄だと思う。
「グレン様、無理はしなくて大丈夫ですわ。
私なんかのために、そこまでして頂かなくても何とも思いませんから」
「嫌ではないのか?」
「はい。手を握るくらい、気になりませんわ」
「そうか」
けれども、今度は寂しそうな雰囲気を纏い始めたから、私の方から手を握ってみる。
お飾りとはいえ、夫婦という事実は変わらない。夫と手を繋ぐことも出来なかったら、妻の役目はこなせないわ。
エスコートを受けることも気にならないと思うのよね。
「旦那様、奥様。そろそろ中に入られては?」
「そうだな」
グレン様が頷いてから、揃って中に入っていく私達。
もちろん、腕で抱えられるくらいの大きさになっているブランも一緒だ。
この羽毛のモフモフは本当に触っていて飽きないのよね……。
グレン様の前だから頬を寄せたりは出来ないけれど。
そんな時、大事なことを伝え忘れていることを思い出した。
「グレン様。大事なお話があります」
「分かった。人払いは必要か?」
私が切り出すと、さっきまでの締まらない彼はどこかへ飛んで行って、表情を引き締め直していた。
執務をしている時の表情も見たことがあるけれど、今はそれ以上に真剣なもの。
きっと私の表情につられたのね。
「この場でも大丈夫です。
王家が魔物を利用して、私の家族を殺めようとしていましたの」
「そうか」
「……だから、お父様は家族で隣国に移ることを決めました。
私は契約のことがあるので残りますけれど、カストゥラ家に迷惑をかけるようでしたら、契約を終了しても気にしませんわ」
私は社交界では死んだものとして扱われている。
けれど、家からの正式な死亡宣言が出されていないから、書類上では生きていることになっている。
だから、結婚もそのままなのよね。
いくら噂で私が死んだものと思われていても、これではカストゥラ家の印象が下がってしまうかもしれない。
そう思っての提案だったのだけど……。
「家のことは心配しなくて良い。
他にも何かあれば、教えて欲しい」
予想していた答えは返ってこなかった。
代わりに、他の心配までしてくれている。
「魔物の原因が、聖女になったパメラ様の治癒魔法だと分かりました」
「言われてみれば、魔物が現れた時間が一致するな。
王家は近くに居ながら、何も把握していないのか?」
「はい。私が見た限りでは、王家は何も……」
私がそう答えると、グレン様は考え込む素振りを見せた。
そして、十秒ほど過ぎてから、こんなことを口にした。
「今の王家に仕える意味は無いな。
独立して、新しい国を建てることも考えた方が良さそうだ。アルタイス家に協力を得ようと思う」
「分かりましたわ。私に出来ることはありますか?」
「急いで連絡する必要が出た時に、白竜と一緒に手を貸してほしい。それ以外は、当主である俺の役目だ」
そんなことを口にして、再び歩き出すグレン様。
彼の後を追うと、どういうわけかダイニングの前に来ていた。
グレン様や使用人さん達に促されて扉を開けると、どこかのパーティー会場と見間違うくらいの豪華な食事が並んでいる様子が目に入った。
こんなに沢山の食事、どう頑張っても食べきれないのだけど?
「重い話になってしまったが、まずはレイラが無事に戻ってきたことを祝おうと思う。
ここの皆で」
「え? ……え?
それだけで、こんなに豪勢になるのですか?」
「良いことがあったら祝うのは当然だ」
困惑していると、そんな言葉が聞こえてきた。
間違ってはいないけれど、私のためだけに……。
嬉しいけれど、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「めでたい時に出費を渋っていたら、嬉しい気持ちも下がってしまうものだ。
だから、お金のことは気にしなくていい。それを考えるのは俺だけで十分だ」
言われてみれば、そんな気もしてきた。
確かに、私は公爵家の財政をよく分かっていない。贅沢は申し訳ないからと遠慮していたし、勿体ないことは嫌だけれど……。
こういう事は気にしなくて良いみたい。
でも、突然こんな風に祝われることになったら、どうしていいのか分からなくなってしまう。
「そう言われましても、突然こんなものを見せられたら戸惑ってしまいますわ」
「なら問題無いな」
私の言葉は聞き入れてもらえなくて、ダイニングの真ん中の方へと促される。
どうやら、私が主役らしい。
無駄に広いと思っていたダイニングには使用人さん達が集まっているから、普段よりも狭く感じる。
けれども、みんな笑顔でこの
そして、無言でワインが入ったグラスを渡された。
「レイラの無事を祝って、乾杯!」
「「乾杯!」」
「か、乾杯……!」
……雰囲気に流されて、戸惑いながらもグラスを掲げる私。
知っている貴族のパーティーとは違うけれど、なんだか嬉しいような楽しいような、不思議な感じがした。
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