17. まだ追い詰められます
これ以上の盗み聞きをするのは侍女達に悪いと思うから、廊下を一周してから部屋に戻ることにした。
けれども、階段のところに差し掛かった時、下の方から何かをさする音が聞こえてきた。
誰か腰でも痛めてしまったのかしら?
なんとなく、そんな気がしたから階段を駆け下りていく私。
一階まで降りていくと、庭師の制服を着ている人が階段に床に手をついて、腰をさすっている姿が目に入った。
「腰を痛めたのかしら?」
「奥様……!? 申し訳ありません。すぐに仕事に戻ります」
「無理しないで。水はそのままで良いから、一階まで行きましょう」
ここは井戸がある地下室と一階を結ぶ階段の途中で、転ぶと危ないから床になっているところまで移動してもらう。
幸いにも床を這う形なら動けるみたいだけれど、軽く魔力を通して庭師の身体を見てみたら、腰の骨が正しい位置に無かったのよね。
このまま無理をさせたら、下手をすると立ち上がれなくなってしまう。
どんな怪我でも治癒魔法で治せるけれど、とてつもない痛みに襲われてしまうのよね。
「床で申し訳ないのだけど、横になれるかしら?」
「ありがとうございます」
頭を床に乗せるのは嫌だと思うから、ハンカチを広げて促す私。
それから治癒魔法をかけようと思ったのだけど……。
「骨がズレてる時にかけたら、治る時の痛みで暴れると思うよ?
抑えられる人を連れてきた方が良いかもしれないね」
ブランにそう言われたから、力がありそうな人を探しに向かう。
そうは言っても、そんな人がすぐに見つかるは無いのよね……。
「奥様、何かお困りですか?」
……前言撤回。
あっさり見つかったわ。
「ええ。庭師が腰を痛めてしまったから治そうと思ってるのだけど、痛みで暴れられる気がするの。
だから、庭師さんの身体を押えて欲しいの」
「分かりました。我々にお任せください」
屋敷を巡回していた護衛さん二人にお願いしたら、快く受け入れてくれた。
二人ともよく鍛えているみたいで、制服の上からでも力持ちなのが一目で分かる。
これなら二人でも大丈夫そうね。
……というわけで、庭師さんの元に戻った私は、護衛さんが手足を押えたことを確認してから治癒魔法をかけた。
けれども痛みは無いみたいで、表情が歪むことは無く、そのまま無事に怪我を治すことが出来た。
「これで治ったはずなのだけど、動けるかしら?」
「はい。痛みも消えました。
ありがとうございます! では、仕事に戻ります」
「今日は安静にしておいてもらえるかしら?」
けれども、また無理をされたらすぐに痛めてしまうと思ったから、そう提案してみる。
「ですが、それでは水やりが出来なくなってしまいます。
庭の花を枯らすわけにはいきませんから」
「それくらい私にも出来るわ。
でも、量が分からないから横で教えてもらえると助かるわ」
「分かりました」
頷いてもらえたから、置かれていた桶を抱えて庭に出る私。
この桶はすごく重いけれど、頑張って持ち上げている。
これを何往復も運んだら、腰を痛めて当然だわ……!
「全部のお花にお水をあげれば良いのかしら?」
「はい。量は、花壇一つに桶一杯分です」
「分かったわ」
量が分かったから、まずは桶に入っている水を均等になるように、お花にあげていく。
桶が空になっても井戸に戻ったりはしないで、今度は水魔法を使って全部のお花に水をあげた。
庭師さんの仕事を奪っているようで申し訳ないけれど、仕事が出来なくなったら元も子も無いのよね。
それに、私はお花のお世話のための知識が無いから、庭師さんに倒れられるわけにはいかない。
「これで大丈夫かしら?」
「はい。こんなことをさせてしまって、申し訳ありません」
「私がやりたかっただけだから、気にしないで。
明日も呼んでもらえると嬉しいわ」
あくまでも私のわがままのせいにしておいて、庭師さんの名誉は保っておきたい。
この行動のせいで庭師さんに嫌われてしまう可能性もあるけれど、様子を見ていたら感謝してくれているから、大丈夫だと思っている。
「分かりました。明日もお願いします!」
「ありがとう。私はそろそろ中に戻るわね」
「はい! 何から何まで、ありがとうございました!」
そんな言葉を交わして、お屋敷の中に戻ろうとする私。
けれども、公爵家の紋章を掲げている馬車が入ってきたから、私は足を止めた。
グレン様に気付かれない方が良いと分かっているから、ただの侍女のフリをしてみる。
けれども、彼の目は誤魔化せなかった。
「レイラ、何をしている?」
「えっと、お庭を見ていましたの」
「その服は?」
「こ、この方が動きやすいですから!」
「そうか。とりあえず、今すぐに中に入ってほしい」
「分かりましたわ」
これは怒っているわね。
間違いなくお説教されるわよね?
そんなことを思って、ビクビクしながら玄関に入る私。
直後に耳に入ったのは、私が予想していない言葉だった。
「今回の魔物の襲撃、レイラが仕向けたものだと噂が流れている。
王家には釘をさしたから処刑されることは無いが、領地から出るのは危険だろう。
庭に出る時も、必ず護衛を付けるように」
「それって、自由に動けなくなるってことですか?」
「そういうことではない。安全を確保してから行動して欲しい。
侍女に紛れ込むのは、そういう意味では正解だろう」
「ありがとうございます……っ!」
私を悪者にしようとしている人達に怒りを覚えたけれど、侍女の制服で動く許可を貰えた喜びの方が大きくて、つい笑顔を浮かべてしまった。
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