(7)人工言語
大学図書館で、射風大学のことについて調べました。島に来てから感じていた違和感の理由もおそらく判りました。私が入島後聞いていた言語は、厳密には私の言葉とは違うものでした。いわゆる方言でしょうか。でも、何かが特別な気がするのです。私たち語学科生4人の中では、りこ先輩と塩見先輩がその特殊な言語を話しています。仮に射風語(いるかぜご)とします。
大学図書館に『字音復古運動について』という本がありました。工科大学時代の教授が書いたもので、ずいぶんと難しいことが書いてあります。おおまかにいうと、この島、人工島射風は昔、大学を主導者とした字音復古運動という言語運動を経験しています。目的の概要については、列島語(日本語としても知られる)から同音語の削減、および長音部分の非長音化を目指しています。理由については、表音文字と音節言語を操る欧州人からの圧力があったと書かれています。いわば、列島語の国際化です。
工科大学が語学科を設立するというのには、大変困難があったようです。大学が特殊言語図書館の破壊を強く望んでいるということはよく伝わってきました。特殊言語図書館の完成は、それだけ私たちにとって、人類にとって恐ろしいことなのだと。先輩たちのいう、私が期待されているということについては、その特殊言語図書館が強く関わっているようです。
特殊言語図書館に言語を登録するには、その言語システムが一般言語図書館に承認されている必要があります。一般言語図書館に入った言語が、順次、特殊言語図書館に入っていくという仕組みです。射風語は一般言語図書館にも登録されれいません。
射風語と列島語の違いについて語学科総出で文書にまとめました。
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基礎的な音韻を/あいうえお/順に表し、列島語と射風語の違いを見る。スラッシュ(/)の前後は形態素頭部かそうでないかを順に表し、カッコ内は無声化時を表す。先ず列島語の在来音韻を示す(サンプル: 多匂シュシュ、酸田夏蜜柑)。
あ > ʔä / ä
い > ʔi / i
う > ʔɨ / ɨ
え > ʔɛ̝ / ɛ̝
お > ʔɔ̝ / ɔ̝
か > kʰä
き > kʰʲi (k͡ç)
く > kʰɨ (k͡x)
け > kʰɛ̝
こ > kʰɔ̝
さ > sä
し > ɕi (ɕ)
す > sɨ (s)
せ > sɛ̝
そ > sɔ̝
た > tʰä
ち > t͡ɕʰi (t͡ç)
つ > t͡sʰɨ (t͡s)
て > tʰɛ̝
と > tʰɔ̝
な > nä
に > ɲi
ぬ > nɨ
ね > nɛ̝
の > nɔ̝
は > hä
ひ > çi (ç)
ふ > φɨ (φ)
へ > hɛ̝
ほ > hɔ̝
ま > mä
み > mi
む > mɨ
め > mɛ̝
も > mɔ̝
や > jä
ゆ > jɯ
よ > jɔ̝
ら > ɖä
り > ɖi
る > ɖɨ
れ > ɖɛ̝
ろ > ɖɔ̝
わ > β̞ä
が > kä
ぎ > kʲi
ぐ > kɨ
げ > kɛ̝
ご > kɔ̝
ざ > d͡zä / zä
じ > d͡ʑ / ʑi
ず > d͡zɨ / zɨ
ぜ > d͡zɛ̝ / zɛ̝
ぞ > d͡zɔ̝ / zɔ̝
だ > tä
で > tɛ̝
ど > tɔ̝
ぱ > pʰä
ぴ > pʰʲi (pʰʲç)
ぷ > pʰɨ (pʰφ)
ぺ > pʰɛ̝
ぽ > pʰɔ̝
ば > pä
び > pi
ぶ > pɨ
べ > pɛ̝
ぼ > pɔ̝
きゃ > kʰʲä
きゅ > kʰʲɯ
きょ > kʰʲɔ̝
(中略)
撥音は直前の母音の鼻音化、促音は直後の子音またはその無解放閉鎖音であった。
次に、射風語の在来音韻を示す(サンプル: 塩見吹海、苦屋璃胡)。
あ > ʔä
い > l̺
う > ʋ
え > ʔɛ̝
お > ʔɔ̝
か > kʰä
き > kʰl̺ (kɬ̺)
く > kʰɯᶹ (kf)
け > kʰɛ̝
こ > kʰɔ̝
さ > s̺ä
し > s̺ɿ (s̺)
す > s̺ɯᶹ (s̺ˠᶹ)
せ > s̺ɛ̝
そ > s̺ɔ̝
た > t̺ʰä
ち > t̺͡s̺ɿ (t̺͡s̺)
つ > t̺͡s̺ɯᶹ (t̺͡s̺ˠᶹ)
て > t̺ʰɛ̝
と > t̺ʰɔ̝
な > n̺ä
に > n̺ɿ
ぬ > n̺ɯᶹ
ね > n̺ɛ̝
の > n̺ɔ̝
は > xä
ひ > xɿ (x)
ふ > xɯᶹ (xᶹ)
へ > xɛ̝
ほ > xɔ̝
ま > mä
み > mɿ
む > mɯᶹ
め > mɛ̝
も > mɔ̝
や > ɰæ
ゆ > ɰɿ̹
よ > ɰœ̝
ら > l̺ä
り > l̺ɿ
る > l̺ɯᶹ
れ > l̺ɛ̝
ろ > l̺ɔ̝
わ > ʋä
が > kä
ぎ > kl̺
ぐ > kɯᶹ
げ > kɛ̝
ご > kɔ̝
ざ > t̺͡s̺ä
じ > t̺͡s̺ɿ
ず > t̺͡s̺ɯᶹ
ぜ > t̺͡s̺ɛ̝
ぞ > t̺͡s̺ɔ̝
だ > t̺ä
で > t̺ɛ̝
ど > t̺ɔ̝
ぱ > pʰä
ぴ > pʰl̺ (pɬ̺)
ぷ > pʰɯᶹ (p͡f)
ぺ > pʰɛ̝
ぽ > pʰɔ̝
ば > pä
び > pl̺
ぶ > pɯᶹ
べ > pɛ̝
ぼ > pɔ̝
きゃ > kʰæ
きゅ > kʰɿ̹
きょ > kʰœ̝
(中略)
撥音は直前の母音の鼻音化、促音は直前の母音の声門化 [ːˀ] であった。カッコ内の無声化は、1モーラ語以外のすべての環境で起こった。
次に、射風語の字音復古運動の形跡となる字音の音韻を示す。
(中略)
kang > kʰäɨ̯ˀ
kaw > kʰävˀ
kap > kʰäf
kwa > kʰä̹
kwang > kʰä̹ɨ̯ˀ
(中略)
kung > kʰɯᶹːˀ
(中略)
声門化 [ˀ] は、1語に2箇所以上ある場合は最後以外消える。長音声門化 [ːˀ] は長音ごと消える。
<<<
私は入学試験実技のように聞き取りと書き出しをし、先輩たちの考察があってこの文書を作り上げることができました。この文書から、あることに気付くことができます。
大学の研究によると、特殊言語図書館は普遍様相という言語の特徴の固まりのようなものを礎にして作られています。そして、その様相を大きく外れたシステムの到達を、特殊言語図書館は拒んでしまうのです。
おそらく、工科大学時代の教授は特殊言語図書館の登場を予見していたのでしょう。列島語の国際化という名目で、長い年月をかけて特効薬を完成させたのです。
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