砦の中から

鈴乱

第1話


 岩でできた壁の隙間から、向こうの世界を見つめる。


 ここは、我らの安全基地。堅固な岩で作られた洞穴のような場所。


 ここにいる間は、大砲も銃撃も矢も、攻撃してくる全てから守られて身の安全を守ることができる。


「……敵は、見えない」


 思わず、呟く。


 傷を負ってから、数年。呟きが、小さな習慣のようなものだった。


 

 こうして、時々、砦の隙間から、向こうの世界を伺う。


 いつ何時、敵が襲ってくるか分かったものではない。


 砦の中は安全でも、砦の外には敵だらけなのだ。


 そう、教わったのだ。そう、感じた。



 もう、何年も前に。



 ……分かっているのだ。あれから何年も経っているということは。


 あの大砲や銃の攻撃で負った傷はもう既に癒えている。……癒えつつある。


 分かっている。


 過去と、今では状況が違うのだ、ということが。



 でも。


 時々、傷口がうずく。もう塞がった傷跡が、風に触れて痛みを発する。


 『まだ、やめときなよ!』


 心の奥底、昔に傷を受けた箇所が、切実な声で叫ぶ。


 私は、その声に従って、ずっと、大人しくしてきたのだ。


 砦の内側から、外の世界を警戒しながら、その実――、



 ―― 外に、憧れていたのだ。


 ―― ずっと……警戒するふりをして、見つめ続けてきたのだから。

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砦の中から 鈴乱 @sorazome

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