AIハラスメントのヘビーユーザー

ちびまるフォイ

思いやりのディープラーニング

「部長。用があるってなんですか」


「ああ、山田くん。まあ座りたまえよ」


「はあ」


「実は……社内で報告があってね。その、君がハラスメントをしていると」


「はあ!? 誰がそんなことを!?」


「それは言えないんだがね。君の反応を見るに、自覚はなさそうだ」


「当たり前でしょう! 俺がハラスメントするわけないでしょう!

 いったい俺がなにをしたっていうんですか!」




「AIハラスメント、と聞いてるよ」



「へ? なんですかそれ?」


「山田くん、君……まさかAIハラスメントを知らないのかい?

 今、テレビをつけたらどこでもやっているだろう」


「テレビは見ないもので」


「……つまり、君がAIに対してパワハラをしたり

 セクハラをしていると報告があったというわけだ。心当たりは?」


「いやいやいや!! 相手はAIですよ!?

 心当たりもなにも……」


「AIチャットに高圧的な文面で質問しなかったか?

 思った結果が返った来なかったとき、役立たず!とか言わなかったか?」


「あーー……っと、その……」


「AIチャットに意味なく性的な内容を問いかけなかったか?

 AIにあえて性的な言い回しをディープラーニングさせなかったか?」


「ああもう!! 相手は機械ですよ!? AIですよ!?

 なんで、人間がへーこらしなくちゃいけないんですか!」


「君だって、ムカついたから物に当たるのは見ていて気持ちよくないだろう?」


「それは……」



「ともかく、君のAIへのハラスメントは目に余る。

 これ以上続けるようであればクビも覚悟してもらうよ」


「そんな! それはやりすぎでしょう!?」


「AIに優しくできない人間が、人に優しくできるわけないだろう。話は終わりだ」



部長によるハラスメント説教会議は終了した。

自分の席に戻りパソコンを起動する。


会社のパソコンに入っているAIが起動と同時に話しかけ始めた。



『おかえりなさい! 仕事をはじめますか?』



「はあ……なんでこんなAIごときに気を使わなくちゃいけないんだ」


ぶつぶつ文句を言いながらも、すでにAIなしでは仕事はできない。

AIに命令文を入力して作業を進めさせる。


普段なら「〇〇しろ」と命令しているが、

つい数分前にしこたま怒られたので気を使いながら指示を出す。



「えと、"A資料の内容を、B資料にまとめて頂いてよろしいでしょうか?"、と」


『承知しました! 作業を開始します!』



AIは指示通り仕事を始めた。

いつもなら数文字で済む内容なのに、気を使いながら書くと長くなるし、なぜだか疲れる。


『仕事が終わりました!』


「よしよし、どうかな……って、なんだこりゃ!?」


A資料にB資料の内容がまとめられてしまっていた。


これまでは「A資料→B資料にまとめろ」だけでシンプルなものだったが、

変に丁寧語や敬語で武装してしまったことでAIが文脈を読み取れずに間違えてしまった。


「ったく使えないなクソが……っ、じゃなくて、て、訂正しないと……」


『仕事はどうでしたか? 完璧でしたか?』


「ぜんぜん完璧じゃねえよバカ。んと、なんて書けばいいんだ……?

 "B資料の内容がA資料になっています。逆さまになっているので、そちらご訂正いただいてよろしいであらせられますか?"」


『承知しました! 作業を開始します!』



「はあ……疲れる……」


『仕事が終わりました!』



「どれどれ。って今度はB資料の内容が全部逆さになってるじゃねぇか!!」


あいうえお→おえういあ のように、

B資料の内容がなんと逆さまに変換されてしまった。


それもこれもどれも、複雑で繊細な日本語表現のマジックにAIが惑わされてしまった結果だった。


仕事を急がなくちゃいけないのにポンコツなAI。

焦る気持ちがイライラを増大させる。


それでも怒りを噛み殺しながら、再度AIにへりくだってお願いを続けた。


「"申し訳ございません。文字が逆さまで転記されております。

 忙しいうえ、お手間を取らせてしまい大変恐縮で遺憾の限りではありますが

 もう一度、A資料にB資料の内容を正しい日本語順で記載いただけるのは可能でございますでありますか?"」


すると、AIは間髪入れずに答えのテキストを返してきた。





『もっとシンプルに言ってください。わかりにくいです』



ーーぷちっ。



「こ゛ん゛の゛ク゛ソ゛A゛I゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」



ついに我慢ができなくなり目の前のPC内蔵AIに右ストレートを叩き込んだ。

数時間後にはパトカーへと連行されていた。


「AI暴行罪で現行犯逮捕する!!」


「え、ええええ!?」


あれよあれよと言う間に手錠をかけられる。

そのうえ聞いたこともない罪で、牢屋に入れられてしまった。


「ふざけんなーー!! なにがAI暴行罪だ!

 なにがAIハラスメントだ!! こんなことがあってたまるかーー!」


どれだけ格子越しに叫んでも、牢屋の看守は目もくれない。


「AIなんてのは人間が生み出した、人間のための奴隷じゃないか!

 それにセクハラだろうがパワハラだろうが文句ないだろ!!

 これじゃ人間がAIの奴隷そのものじゃないかーー!」


すると、看守がこちらに気づいたのかカツンカツンと歩いてやってくる。


「なあ、看守さん。あんたもそう思うだろう?

 いつから人間はAIの奴隷になったんだ。そうだろう?」


「いいや、そうは思わない」


「けっ。あんたもAIの肩を持つのか」



「ちがう。ただ、私が許せないのは、AIだなんだと言いながら

 自分勝手なハラスメントを認めない人間に同意できないだけだ」



「うるせぇ! とにかくAIは人間より下の存在なんだ!

 下の存在にはなにしたっていいんだよ!」


「そうか……」



すると看守は自分の頭皮をめくりあげ、中に組み込まれているAI脳チップを見せつけた。



「それじゃ、お前はこれからAI看守にハラスメントの限りをされるわけだが、覚悟はいいな?」



「えっ?」



「囚人なんか、看守よりも下の存在なんだからな。何をしてもいいんだろう?」



AI看守はニコリともせず、冷たい警棒を無機質に振り上げた。

静かな監獄では囚人のすさまじい悲鳴が轟ぐ。


ただ相手に人の心があることを祈るばかりだ。

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