千舌洲
【千舌洲】ちずしま
気に入られさえすれば、どんな声でも、たとえ死者であっても聴くことができる。噂を信じて私は兄の写真を握り、毎朝、橋を渡って中洲にある石祠を拝む。宿の女将は長逗留の理由を察したようで「お百度だね」と目を伏せた。同じ理由で泊まったひとは何百といたらしいけど、気に入られたのは両手に満たないとのことだった。でもその事実に私の祈りはますます強くなる。洲にあるものはなにひとつ持ち帰ってはならない。私は教えを忠実に守り、奉納した清酒の小瓶で洲は満たされてゆく。
もうじき百日という頃になって台風の予報が出る。中心気圧は九四〇もあり、女将は「ぜったい外へ出ないで」と私をみつめた。増水して祠ごと水に呑まれるらしい。神様も流されてしまうんじゃ。彼女は首を横にふる。「境目がなくなってあがってくるの」怯えたようにいった。私は夜中に宿を抜け出して、石祠から小瓶を持ち帰る。これが目印になるかもしれない。薄くなった兄の声を思い出しながら、窓を叩く雨粒をみつめる。
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