諸国放浪覚書

百歳

鹿伏

【鹿伏】ししぶせ


 湧き水汲みにいくから手伝ってよと千崎から誘われたので、ついてゆくことにした。永らく枯渇していたが先日の嵐によってまた湧き出したらしい。持ち帰った量が多いほど儲けられるとのことで、渡されたリュックには空のペットボトルが詰まっていた。飲み水は用意してね。彼女は念を押すようにいった。

 森を分け入り岩をよじ登っていくつかの沢を渡ると、不意に視界がひらける。水辺には大小さまざまな獣たちが群がり、一様にこうべを垂れていた。あれ熊じゃんやばくない。千崎に耳打ちしてみたが「もう口つけちゃってるし平気でしょ」と笑った。おそるおそる彼女のあとに続くと、言葉どおり腹ばいになった獣たちは警戒する様子すらない。伸ばした首を水に沈めて、まるで溺れているようだった。ためしに飲んでみようと手のひらですくってみたら「だめ」千崎は鋭い口調でいった。あのさ、これって人が飲んだら。「べつに一緒だよ。そこらの動物と一緒」ペットボトルを水中に沈めながら彼女は屈託なく笑う。

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