12 それぞれの証言

「それじゃ、今日の放課後の行動を一人ずつ教えてくれるか?」

 木島と石上は同時に頷いた後、これまた同時に睨み合う。……こいつらはもう放っておこう。真木は時計をちらりと見て渋々頷き、写真部の部長はペンキまみれの写真に目を走らせて不愉快そうに眉を寄せた。

 全員が近くのイスに腰を下ろすと、木島が右手を上げる。

「最初にここに来たのは俺だ」


 証言その一。写真部員、木島きじま友弘ともひろ

 ホームルームが終わってすぐこの部室に来た。第二美術室の鍵を開けたのは俺だから、一番に来たのは間違いない。窓際の机にポスターを広げていたら部長が来て、紙に包まれた写真の束を三つ、俺に渡した。何のポスターかって? あれだよ、来月開催する写真部の作品展広告用のポスターだ。部長から預かった写真の一つはその展示用の作品なんだ。

 部長は「これから生徒会との部長会議があるから、顧問の小杉先生に作品展用の写真を渡しておいて。残りの二つは新聞部と美術部から頼まれたものだから、取りに来たら渡してくれるかしら」といった。写真を包んだ紙にはそれぞれ鉛筆でうすく「写」「美」「新」と書いてあった。紙がはずれかかってバラけそうだったから、部長に「これ封筒に入れておきましょうか」と提案すると、部長は「ありがとうお願いね」と言い残して部室を出て行った。封筒は部室にあったレターセットを使ったんだ。ずっと置きっぱなしになってたやつだから、誰かの忘れ物なんだろうな。緑色がちょっとくすんでたし。用意した封筒は忘れないように部屋の中央の机に置いた。そ、今ペンキだらけになってるその机だ。

 部長が出て行ってから数分くらいして柴本が来た。ああ、そうだ、7組の柴本だよ、高谷と同じクラスだろ? あいつも写真部なんだ。ちょうど俺が窓を開けたタイミングで柴本が入ってきたから、風でポスターが飛ばされそうになって慌てておさえた。荷物を置いて、柴本はすぐに現像室に入って行った。現像室の場所? それだよ、その奥の部屋。モノクロフィルムの現像はその部屋でやってるんだ。元は作品倉庫に使ってた部屋なんだけど、去年、その奥の一部に暗室を作ったんだよ。去年の部長と柴本の二人でね。前の部長が卒業した今じゃ、うちの写真部の中では柴本が一番現像に詳しい。

 その後は窓際の机でずっとポスター作成だ。ついでに作品展用の看板も描き直そうと思って、机の上に板とペンキも用意した。そう、それ。そのぶちまけられたペンキだよ。黒はこないだ買ってきたばかりだったってのに。

 ポスターを描いている途中で石上が来た。ちょうど細かいところを描いてたから振り返りはしなかったけど、美術部と名乗ったし、このアホの声は間違えたりしない。

 石上が出て行ってしばらくしてから真木さんが来た。新聞部には何度か写真を提供しているから顔見知りなんだ。頼んでいた写真が欲しいというから、俺の後ろにある机の上から持っていくように伝えた。

 真木さんが部屋を出てすぐに写真部顧問の小杉先生が来た。机の上の封筒をとって中の写真を確認しながら、1分もしないうちに出て行ったよ。「これから学年会だ」とかいってたし、急いでいるみたいだった。

 先生が出て行った後、ポスターに使う道具を取りにちょっとだけ現像室に入った。道具を取って戻ると、ポスターを広げていた机の上で俺の携帯が鳴っていた。電話は部長からで、生徒会に提出する書類を忘れたから届けて欲しいという内容だった。黒板の端に立てかけられていた書類を持って部屋を出ようとしたところで、ちょうど柴本が現像室から出てきたから、留守を頼んで書類を届けに行ったんだ。部長に書類を渡した後で第二美術室に戻ると、柴本が「ちょっとそのへんを撮影してくる」といって入れ違いに部屋を出て行った。

 その後はしばらくポスターの続きを描いていたんだけど、少し気分が悪くなってきて一度部屋を出たんだ。マジックとか絵の具とかペンキとか色々使ってたから、ちょっと匂いにやられたんだろうな。風で紙が飛ばされるかもしれないから、窓も開けてなかったし。

 外の空気を吸って気分転換をしてから部室に戻った。ドアの前で真木さんと会って、二人で部屋に入ると、中央の机の上に写真が散らばってペンキまみれになってた。ペンキの缶が奥の現像室の前まで転がってたから、よっぽど勢いよくひっくり返したんだろうな。あんまりな状況に呆然としてると、現像室から部長が出てきた。部長、俺が散歩してる間に部室に帰ってたんですよね? 部長も驚いてたよ。そりゃそうだよな、看板にまでペンキがはねてたし、机も床もベタベタだ。

 俺たちが三人そろったところにちょうどドアが開いて石上が入って来たんだ。いつも通り間抜けな顔してな。犯人は現場に戻るというし、他に怪しい奴もいないから問い詰めてやった。

 で、この状況なわけ。以上。


 証言その二。美術部員、石上いしがみ正孝まさたか

 放課後はすぐに第一美術室に向かった。1組はいつもホームルームが短いから、たぶん誰よりも先に教室を出たんじゃないかな。そんなに慌てることがあったのかって? 今日は片付けることがたくさんあったんだよ。

 部室に着いてすぐに、美術部の先輩方の古い作品を引っ張り出していたんだが、いつの間にか部屋中を掃除することになってた。掃除の途中で、今日は写真を受け取りに行く約束をしていたことを思い出して、第二美術室に向かったんだ。

 俺が最初に来た時、第二美術室にいたのは木島だけだった。時計は見てなかったから、何時に来たのかは覚えてない。木島は窓際の机で、こっちに背を向けて何か作業してた。俺が美術部の写真はできてるかと訊くと、振り返りもせずに「3番のブツを持って行け」といった。

 木島が座っていた席はドアのちょうど反対にあって、その間の机の上に緑色の封筒が置いてあるのが見えた。封筒は三つあって、それぞれ1から3の番号がふってあった。俺はいわれた通りに3番の封筒を持って第一美術室に戻ったんだ。

 部室に戻ってからはしばらく掃除の続きをしてた。掃除って一度始めるときりがないんだよな。棚の端にたまった埃まで気になってきたりしてさ。

 ある程度掃除がすんだところで、写真と並べながら作品を整理しようと封筒を開けたら、中身は頼んでいたものとはまったく違う写真だった。木島の野郎が間違えたと思ったね。すぐに写真部に戻って文句をいってやろうとしたんだが、第二美術室には誰もいなかった。とりあえず封筒を元あった机に戻したところで、俺の携帯に美術部の1年から電話があったんだ。卒業した先輩が作品を受け取りに来たんだが、どの作品かわからないから助けてくれってな。半泣きになってる1年はほっとけないし、先輩にも挨拶しなきゃいけないから、慌てて部室に戻ったんだ。不機嫌になってる先輩に謝ったり、作品の山をひっくり返して探したり、落ち込んでる後輩を慰めたりで大変だった。残された作品には模写も多くてな。似たような絵ばかりですぐに見分けがつかないからまいったよ。

 なんとか無事に作品を返すことはできたんだけど、写真がなきゃ残りの作品は片付かない。記録をとっていない作品を捨てるわけにはいかないからな。それで、またこの第二美術室まで戻ってきたんだ。正直、ふざけんなと思ったね。

 イライラしながらドアを開けると部屋の真ん中に木島と写真部の部長ともう一人がいて、一斉に俺を振り返った。何事かと思ったら、木島のやつが急に怒鳴りやがったんだ。「お前がやったんだろ」ってな。何のことかわからずに部屋の中央まで来て、そのペンキまみれの机を見つけたってわけだ。

 俺が知ってんのはこれで全部だよ。


 証言その三。新聞部員、真木まきしおり

 図書委員の当番が終わって図書室を出た後、新聞部の部室に向かった。部室に荷物を置いてすぐに写真を受け取りに来たから、17時を少し過ぎたくらいだったと思う。

 第二美術室には木島くんがいて、背中越しに1番の封筒を持っていくようにいわれた。封筒を取って美術室を出た後、廊下で小杉先生とすれ違った。

 部室に戻ってしばらく書類を片付けてから封筒を開けたら、入っていたのは別の写真だった。書類を片付けてた時間は20分くらいだったと思う。もしどこかの部に必要な写真だったら迷惑をかけると思って急いで返しに来たの。途中、廊下の向こうから歩いて来る木島くんと会った。写真を間違ってしまったことを謝りながら第二美術室に入ると、部屋の中央の机にペンキがかれてた。すぐに奥の部屋から篠原先輩が出てきて、私たちと同じように驚いた顔をしていた。

 その後で美術部の彼が入って来て、木島くんと言い争いになったの。私の話はこれだけ。


 証言その四。写真部部長、篠原しのはら美奈子みなこ

 はじめましてかしら? そうよね。私は篠原美奈子、写真部の部長よ。ええ、どうも、よろしく。

 それで、私も話さなくちゃいけないのかしら? そう、わかったわ。

 今週は掃除当番だったから、教室の掃除が終わってから部室に来たわ。私が来た時には、木島くんがポスター作りを始めていた。私も手伝いたかったけど、今日は16時30分から生徒会の部長会議が入っていたから、木島くんに写真を預けて会議に向かったの。預けた写真に間違いはなかったかですって? ええ、もちろん。写真は全て昨日出来上がったばかりのものなの。新聞部も美術部も、私がちゃんと確認したから間違いないわ。

 会議が終わったのが17時くらいだったかしら。その後、予算調整の件で会長に話があったから少し残って話をしたわ。話の途中で資料を渡そうとしたら、提出する予定だった書類が手元になかった。部室で写真を出した時に、書類が入った封筒を黒板に立てかけて置いたのを、そのまま忘れてしまったのね。急いで木島くんに電話して、持ってきてくれるようにお願いした。木島くんはすぐに来てくれたわ。

 その後しばらく生徒会と話をして、部室に戻った。私が来た時、部室には誰もいなかった。部屋の中にも何もおかしいところはなかったわ。

 それから、作品倉庫の中の写真を確認したくて、奥の現像室に入ったの。何か聞かなかったかって? いいえ、何も聞いていないわ。静かだったし、何も気付かなかったの。

 しばらくして現像室から出たら、木島くんと真木さんが来ていた。二人の様子がおかしかったからどうしたのかと近付いてみたら、机がペンキで真っ黒になっていたの。

 私からは以上よ。


 なるほど、大体の流れはわかった。しかし、一つ気になることがある。

「真木、ちょっとその封筒見せてくれ」

 頷いた真木が封筒を差し出した。緑色の封筒に書かれている①の数字を指して訊ねる。

「さっきから話に出てくるこの番号は何なんだ?」

 俺の質問に石上が呆れた顔で首をかいた。

「さあ? でも、写真を受け取りに来た時にいわれたんだよ。『3番のブツを持って行け』って、そこのアホに」

「誰がアホだ」

「お、自覚あんのか」

 隙あらば喧嘩を始める二人は無視して真木に訊ねる。

「真木も?」

 真木が頷いた。

「『例の物は1番だ』といわれた」

 なんじゃそりゃ。

 右手で石上を払いのける仕草をしながら、木島がにやりと笑う。

「いやあ、最近、スパイ映画にハマっててさ。一度やってみたかったんだよね。闇取引みたいな感じで」

 嬉しそうに指で銃を撃つ真似をする。

「何を遊んどるんだ」

「おいおい、遊び心は大事だろ? 俺たちクリエイターだぜ?」

 呆れ顔の俺に木島がふふんと胸を張る。石上が鼻を鳴らした。

「そんなにスパイごっこがしたいなら、そこの窓からロープを使って屋上にでも登ってみたらどうだ」

「ふざけんな。万が一落ちたら大怪我すんだろ」

 馬鹿にしたような口調の石上に木島が噛み付いた。石上も応戦する。

「不可能ミッションをこなしてこそのスパイだろ。そこは気合いでミッションインポッシブれよ」

「できねえからインポッシブルなんだよ。素人が余計な口を出すな」

「そういうお前は何の玄人のつもりだよ。ただのスパイ映画かぶれじゃねえか」

 木島と石上が睨み合う。まったく、仕方ないやつらだ。

「わかった、わかった。それじゃあ今度、木島と石上でミッションインポッシブルに挑戦して、勝った方がスパイ映画玄人ってことにしよう。ミッションは『できたての肉まんを3秒で完食できるか』。どうだ?」

 エージェントへ指令を下すボスのように不敵に笑って見せる俺に、木島と石上の視線が同時に突き刺さる。

「できてたまるか、そんなもん! 口ん中火傷するわ」

「『どうだ?』じゃねえよ、どこの体当たり芸人だ。スパイ舐めんな!」

「食べ切れなかった肉まんは後で俺が美味しく頂きます」

「ふざけんな」

 二人の声が見事に揃った。よしよし、やっと調子が戻ってきたな。さすが三中のトムとジェリーだ。

 アホな会話を切り上げて本題に入る。

「それで? 木島が指示した番号通りの封筒を持って行ったのに、どうして中身が間違ってたんだ?」

 石上が舌を出した。

「どうせ中身を入れ間違えたんだろ。へっぽこスパイもどきのやりそうなことだ」

「勝手に決めんなよ。俺はちゃんと中身を確認して封筒に入れたんだ。それと、番号を書いたのは俺じゃない」

 なに?

「それじゃ、誰だよ」

 木島が肩をすくめる。

「柴本だよ。写真をそれぞれ封筒に入れた後、机に並べて置いたんだ。取りに来た相手がすぐにわかるようにな。右から順に新聞部、写真部、美術部の順に並べておいた。そんでポスターを描こうとしたんだけど、その前に窓を開けたんだ。ペンキの匂いがこもりそうだったからさ。そしたらちょうど柴本がドアを開けて、強い風が吹き込んできた。慌ててポスターをおさえて窓を閉めたけど、マジックとか絵の具が床に散らばっちゃってさ。封筒は飛ばされてなかったみたいだけど、机から落ちてわからなくなるといけないから、拾ったマジックを一本投げて番号を書いといてくれるように柴本に頼んだんだ。ちゃんと右から1、2、3って書くように頼んだんだから間違いない」

 なるほど。

「これは柴本にも確認する必要があるな」

 俺の言葉と同時に第二美術室のドアががちゃりと鳴った。ドアの向こうに目を丸くした柴本の顔がある。

 噂をすれば何とやら。

「どうしたんだ? みんなして怖い顔して。あ、もしかして怪談とか?」

 能天気な顔で柴本が笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る