可愛いは正義
あの快気祝いをしてもらった夜から二日後。
私は高校に通うようになった。
そう、美空はまだ17歳だったのだ。
私はたぐいまれな美少女としての生と共に、女子高生としての人生も手に入れた事になる。
元々勉強は好きで他人に負けないと思っていたので、学力面では全く問題ない。
だが、さすがに色々な面で緊張感は尋常ではない。
いつ以来だろうと思うくらい久しぶりの高校。
しかも転校などという生やさしい物では無く、赤の他人として学校生活を送る。
初めて見る環境で、クラスメイトたち。
しかも私はその情報を全く知らない。
だが、前日になると緊張を凌駕するほどの楽しみが産まれた。
美空の可愛さ。
この最強の矛がどれほどの効果があるのか。
美貌という矛と学力という盾。
それは私にカンナの時にはない自信を生んだ。
つじつまの合わない部分は転落のショックによる記憶の欠落、と言い切ってしまえば良い。当たって砕けろだ。
翌日、学校に通った私を待っていたのはまるで自分が有名人になったのか?と思うほど入れ替わり立ち替わりやってくるクラスメイトたちだった。
「美空ちゃん!大変だったね?」
「何かあったら言うんだよ。いつでもいいから」
「無事で良かった・・・私、心配で泣いてたんだよ」
「良かった~。山浅に何かあったら俺、もう死んでたよ」
「美空、調子はどう?良かったら放課後遊びに行こうよ」
私は興奮しすぎて、途中から頭痛がしてきた。
愛されている。
こんなに沢山の人が私を心配している。
さっきの言葉が自分の耳に入るなんて、ドラマを見ているときだけだった。
あまりの情報量の多さにめまいがする。
お姫様ってきっと・・・こんな風。
私はニッコリ笑って頷いたり、言葉を返す。
20歳の頃、職場で寸志が出たので一度だけホストクラブに言ったことがある。
そこでは私を洗練された仕草と言葉でチヤホヤしてくれたが、ネットで調べたような高揚感は無くただ惨めなだけだった。
いたたまれなくなった私は、30分ほどで店を出た。
寸志はドリンク代と入場料で消え去った。
あの時のような惨めさは当然全くない。
みんな私に心からの笑顔を向けている。
私は中心・・・お姫様なんだ!
学校が終わった後、遊びに誘ってくれた子たちと生まれて初めてカラオケに行った。
その重低音や耳を痛めるのではと思うくらいの大声の歌には閉口したが、それでも私は例えようのない安心感に包まれていた。
これが、友達。
これが友情や繋がりって言うんだ。
可愛い子や俗に言うイケメンな子たちとの言わば「上位グループ」で楽しい時間を共有する。そして私はその中心。
こんな幸せ、持ちきれない!
「美空、もっと食べてよ。食欲ないの?」
私はその子に笑いかながら言う。
そう、私はもう・・・
「お腹いっぱいではち切れそう!」
カラオケも終盤にさしかかった頃。
私は途中からじっとこちらを見ていた男子を改めて観察した。
確か・・・佐々木君って言ったっけな。
男子だけど女子のような童顔で可愛らしい顔立ち。
声も女性のような中性的な高音で歌も中々上手い。
話しも面白くて場を上手く盛り上げている。
そんな佐々木君が私を明らかに熱のこもった視線で見ている。
私は胸が心地よくときめいた。
そういえば一緒に来ている大野って言う子も佐々木君の事を「気になる」って言ってたな。
そんなに人気のある男子・・・
試してみるか。
私はさりげない様子で店内入り口近くの自販機へ向かった。
すると、案の定佐々木君は私の後を追ってくる。
来た。
私はペットボトルの水を買うと、飲みながら初めて気付いたかのように佐々木君を見た。
「あ、佐々木君も他の飲みたくなったんだ?」
「うん、それにずっと居ると耳がキーンとなるからね」
「分かる。私もあまり大きな音ばかりは苦手だから」
「そうだったんだ?確かにみんなビックリしてたよ。山浅、今までカラオケとか絶対来なかったから。って言うか、放課後に遊びに行くことも無かったから」
「そう・・・なんだ」
美空の奴、カマトトっぽく見えてたけど本当のお嬢様だったんだ。
気取りやがって。
私はカラオケとか行く連中を小馬鹿にしてたけど、内心羨ましかった。
美空に軽い劣等感を覚えてしまったせいだろうか、私は自分でも驚くような行動に出た。
私は佐々木君に近づくと、ニッコリ笑って言った。
「私、事故のせいか記憶が微妙な所があって・・・もっと二人でお話ししたいな」
「え・・・」
佐々木君は目を見開くとたちまち顔を真っ赤にする。
「山浅が良いなら・・・俺は全然オッケーだよ」
オッケーはこっちのセリフ。
こんな言葉でアッサリと。
つくづく「可愛いは正義」と思う。
でも、こんな可愛い子なら試しに付き合ってみてもいい。
それから佐々木君は高揚した表情で、こっちが何も言わなくても様々な話題で話してくれた。内容は高校生ではやっているSNSの事やユーチューバーの事が多く、正直ちんぷんかんぷんだったが、私を必死に楽しませようとしていることが伝わってくるだけでも充分楽しい。「佐々木君と話してると本当に楽しい。何か・・・幸せだな」
「マジで・・・信じられないな。あの、良かったらライン交換しない?」
「あ・・・ごめんなさい。私やり方知らなくて」
そうだ。ラインは使っているが職場の事務所内グループラインしか使ったことが無く、友達の登録の仕方も分からないんだ。
「え?そうか。やっぱり事故の影響ってキツいな。いいよ、俺がやるから」
「有り難う」
ニッコリ笑うと私はスマホを出してラインの画面を開き・・・
「え?」
私は思わず声を出すとそのまま動きを止めた。
ラインのトーク画面には一樹さんからのメッセージが・・・20件近くビッシリと並んでいた。
それは全て同じ内容。
「遅いぞ」
「いつ帰ってくる?」
「どこに居る?」
そして・・・
「お前には失望した」
その一言を見て私は心臓が凍り付くような気分になった。
拒否される・・・また。
そんなの嫌だ。
嫌われたくない。
私は慌てて電話したが繋がらない。
どうしよう。
私は泣きそうになりながら、佐々木君に言う。
「ゴメンね。もう帰らないと」
佐々木君は驚いた様子だったが、すぐに頷いてくれた。
「あ・・・ああ、分かった。気をつけて」
私はホッとしながら頷いた・・・その時。
仕切りドアの向こうからだろうか。
私を突き刺すような視線を確かに感じた。顔は見えないが確かに。
驚いて仕切りドアを開けるが姿は見えない。
気のせい…
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