さようなら
死んだ・・・私の身体が。
心の奥で覚悟してたとはいえ、事実として聞かされると軽くショックを覚える。
と、言うことは元の美空の意識は・・・
「葬儀は近親者だけで行うらしい。今夜が通夜で葬儀が明日みたいだ」
近親者。
きっと朝尾先生なんだろうな。
何の根拠もないがそう思った。
どこかで生きて居るであろう母や父は絶対に来ない。
と言うか私の肉体が死んだことすら知らないだろう。
「まあ、アイツの事はもう考えるな。お前はこれから幸せになることだけ考えよう。僕と一緒に」
「あ・・・うん、そうだね」
「明日は家でゆっくりしてるといい。僕は仕事で遅くなるけど、ご飯は用意しておくから、無理して作らなくて良いぞ」
私は照れくさくて顔を真っ赤にしながら頷いた。
一樹さんの手料理・・・きっと美味しいはず。
って言うか、私も料理を練習しないと。
あの女は料理が全然でいつも一樹さんが作っているのは知っている。
逆に私は密かに料理が趣味なので、自信はある。
絶対にあの女よりも良い妹になってやる。
翌日。
私は目の前にある葬儀場の立て札を、不思議な気持ちで見ていた。
「故進藤カンナ 儀 葬儀式場」
そう書かれた立て札は、まるで他人事のように感じられる。
いや、もう他人なんだ。
私は山浅美空。
昨日、一樹さんが仕事に行った後、愛生院に電話をかけた。
電話に出た職員は私の知らない人だったが、進藤カンナの死を伝え、朝尾先生の名前を出すとすぐに代わってくれた。
懐かしい朝尾先生の声に身体の力が抜けるような気がした。
だが、すぐに気持ちを切り替えて、先ほどと同じく進藤カンナの死とそのいきさつを伝えた。すると、やはり葬儀に参加する近親者は朝尾先生だった。
それどころか、カンナが転落した後病院へ搬送された際、連絡が行ったのが朝尾先生だったのだ。
そうだ、あのお守り。
あそこに書かれていた朝尾先生の携帯番号。
そこから連絡が行ったに違いない。
電話口の朝尾先生は私に向かって、泣きそうな口調で何度も謝罪した。
どうやら、美空と私は同じ病院に搬送され、そこに駆けつけた朝尾先生に一樹さんがかなり強い口調で責め立てたらしい。
一樹さん・・・
好意は嬉しいけど、朝尾先生は関係ないのに。
愛する人の行動なだけに、余計辛かった。
「本当にすいませんでした。まさか彼女・・・進藤カンナがそこまでご迷惑をおかけしていたとは知らず・・・何とお詫びすれば良いか」
「いえ、気にしないでください。彼女は悪気は無かったんです。あのときも逃げようとしただけで、傷つけるつもりじゃなかったんです」
「有り難うございます・・・虫の良い言い分かも知れませんが、そんな言葉を頂いて彼女も救われるでしょう。彼女は昔からとても優しい子でした。ただ、その表現を知らなかっただけで」
その言葉に胸の奥がジンと熱くなった。
朝尾先生はやっぱり変わってない。
その後、私は葬儀への参加を申し出た。
朝尾先生はかなり驚いたが、彼女の気持ちも分かるからお別れをしたいと話すと、言葉を詰まらせながら葬儀の場所と時間を教えてくれた。
そして、私は自分の葬儀に参列することとなった。
小さな葬儀場で、中には朝尾先生以外誰も居ない。
まぁ、そうだろう。
私の・・・カンナの死を悼む痴れ者なんてどれだけいるか。
だが、朝尾先生はそんなカンナのために目を赤く腫らしている。
目の前には私の棺と恐らく愛生院最終年の時に撮ったであろう、引きつった笑顔の私の遺影があった。
棺を見ようと思ったがさすがにそれは無理だった。
自分のデスマスクなど見た日には、それこそ夢に出てきそうだ。
私は、遺影を見ながら自分でも驚くほど感情が平坦になっているのを感じた。
ここに来るまでは、強い怒りや悲しみに襲われることを不安に思っていたが、蓋を開けると何と言うこともない。
それはやはり、当の私自身の意識はここにしっかり存在していることと、私にとって不幸の象徴でもあるカンナの身体から離れ、新しい自分・・・美空として生きることに強い期待と希望を持っているからだ。
ここに来たのは変な言い方だが、カンナとしての自分への卒業式のようなものだった。
ハッキリとお別れをし、美空として一樹さんと家族になって生きるための踏ん切りをつけるための儀式とでも言おうか。
そのため、朝尾先生には申し訳ないが内心は非常に晴れ晴れとしていた。
それに加えてもう一つ目的もあった。
私は部屋の横で俯いている朝尾先生に近づいて言った。
「あの・・・もし、差し支えなければ彼女の着けていたお守りを頂ければ」
その申し出に朝尾先生は目を見開いて驚いていた。
「あ・・・それは、どうして」
「私、あんな事になってしまったけど、カンナさんの気持ちが凄く分かるんです。カンナさんも今の状況から逃れたかったんだな・・・って。だから、彼女の生きた証を大事にしてあげたい。だから頂きたいんです」
私は自分の言葉に自分でも驚いた。
勝手に口が動いているようだ。こんなセリフ、考えても居なかったのに。
久々に朝尾先生を見て、昔を思い出してテンションが上がっているのだろう。
そもそもお守りが欲しい、と思ったのも私自身驚いていた。
最初は、残念ではあるがそこまで惜しいとも思わなかったお守りを、何故か急にたまらなく手元に置いておきたくなったのだ。
朝尾先生は少しの間逡巡していたが、やがて笑顔を浮かべて言った。
「分かりました。そこまで言って頂けるのであれば、お守りをお渡しします。あなたの言葉には嘘が感じられなかった。それに・・・なぜだかあなたを見ていると・・・」
え?
私はその言葉が気になり、朝尾先生の顔を見たが先生は首を小さく振った。
「いや、何でもありません。じゃあ・・・これをどうぞ」
そう言うと朝尾先生は、上着の内ポケットから見慣れた赤いお守り袋を取り出した。
「中は見ないでください。彼女に渡した僕なりの照れ隠しなんで、見られると恥ずかしいんで」
「はい。有り難うございます。大切にします」
まぁ、中身はもう知ってるんだけど。
私はお守り袋を受け取ると、喪服のポケットにしまった。
その時、朝尾先生が入り口に視線を移して、軽く手を上げた。
私も反射的に視線を移すと、そこには一人の女性が立っていたが、その人物が誰なのかすぐ分かった。
かなり年数は経ったが、決して見間違うはずがない。
「杏奈・・・」
思わず口に出てしまい、慌てて口を閉じた。
そう、入り口に立っていたのは私のたった一人の友達、与田杏奈だった。
だが、私の記憶の中の杏奈とはかなり変わっていたので、内心驚いた。
基本的な顔立ちやスタイルは変わっていない。
ただ、全体に大人びたとでも言おうか、髪も短くなりメイクも上手になっている。
何より、顔立ちも含めた雰囲気が非常に垢抜けていたのだ。
私がどんどん醜い姿になっていた頃、彼女はさなぎが蝶に変わるように大人の女性になっていたのか。
それを思うと、友達だったはずなのに酷く緊張してきた。
だが、私に向かってぺこりと頭を下げる杏奈の仕草を見て、その緊張感は一瞬にして消し飛び、安心感と懐かしさで胸が暖かくなる。
昔からお辞儀をするとき、少し不器用に上半身を「カクッ」という感じでぎこちなく動かす癖は変わっていない。
私も静かに会釈する。
「杏奈、こちらは山浅美空さん。カンナとぶつかった・・・」
杏奈はおずおずと私に近づくと、カクッと上半身を下げた。
「このたびは本当にご迷惑をおかけして・・・なんて言ったら・・・申し訳ありません」
私は首を振って、笑顔を見せる。
「杏奈。山浅さんは気にしていない。カンナの気持ちが分かる、と言って快く許してくださったんだ」
「嘘・・・」
杏奈は口元を両手で押さえると、驚いた表情で私を見た。
私は微笑んでまた頭を下げる。
「有り難うございます。あの子・・・カンナも喜んでます。お空で聞いてるはずなので。あの娘、辛いことが多い子だったから・・・」
そう言うと杏奈は途中から声を詰まらせ、泣き始めた。
朝尾先生に背中を軽く撫でられている杏奈を見ながら、私も胸が一杯になる。
二人を騙している、と言う罪悪感から「私がカンナなんだ」と二人に話したくなる。
きっと信じてはもらえないだろうけど。
私は再度会釈をすると、葬儀場を出た。
(さようなら、進藤カンナ)
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