溺れる、忘れる、

うるえ

記憶

ぶくぶくと口から泡沫ほうまつがこぼれだす。

息が出来ない。ただ心地よさがあった。


ぼんやりとした意識の中で走馬灯のように、記憶を思い出す。

愛を欲していた。愛されたくて、愛してみたくて、誰かに見て欲しくて必死になっていた。


愛し方がわからないまま何人も恋人は離れていった。その度に憎しみだけが残った。

その中でたった1人、離れていかない人がいた。

その人はあまりにも鈍感で、憎しみが時折表に出てしまっても気付かないでいた。

いつしかその人は自分にとって大切な人になった。

これが愛なのだと分かった。嬉しかった。

嬉しくて泣いたのは初めてだった。


思い出した時ふと思った。その記憶以外に思い出せないことにも気が付いた。

記憶が抜けていく感覚があった。

大切な人。その人の名前が、思い出せない。


苦しくてもがくように足を動かす。嫌だ、忘れたくない。一度忘れたらきっと2度と思い出せない実感だけは強くあった。

そうやってもがいているうちにも記憶はどんどん抜けていって、いつしか「大切な人」という単語しか思い出せなくなっていた。


そっと目を閉じる。


目を開ける。目がよく見えない。明るくて、温かくて、なんだか五月蝿うるさい。口から発しようとした言葉は言葉にはならず、泣き声となって周囲の空気を振動させる。

よかった、泣いた、という言葉が何処からか聞こえた。

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溺れる、忘れる、 うるえ @Fumino319

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