第10話 魔物退治をする猫

中央公園の神社の階段の下の広場は、黒い触手とそれを祓おうとしている退魔師、特殊対策課、警官、地元勢力とで乱戦模様になっていた。


「紡希ぃ!」

「キャッ!」


巨大な黒い触手が蛇の様に牙となって紡希を噛み砕こうとした瞬間、悲鳴をあげた紡希の周りから白い稲光が発せられる。すると、嚙み砕こうとしていた黒い触手に電流が流れたかの様に痺れて動けなくなってしまう。

数珠を手に付けた怪しいおっさんが動けなくなった黒い触手を、呪印入りの包帯で巻き付けた腕で豪快に殴りつけて吹き飛ばす。吹き飛ばされた大きな黒い触手は霧となって消え去っていく。


「剛士おじさん!」

「ヒヤヒヤしたぞ。本気で喰われたかと思ったぜ……まぁ、大丈夫そうだな」

「うん。ありがとう。多分、猫ちゃんの護りの力なのかな?」

「例の猫か……とんでもない力だな……」


「おい!そこの怪しいおっさん!ぼさっとしてんじゃねぇ!」


榊が丹地と共に剛士達に近づいてくる黒い触手を祓いながら叫ぶ。


「なんだ……お前らか……まだ居やがったか」

「あん? いちゃ悪いか?」

「んだと?」


「ありがとう、お兄さん。お姉さん。」


険悪な雰囲気になりそうな瞬間に紡希がタイミングよくお礼を言う。話の腰を折られた2人は紡希を見てからお互いに一瞬睨み合った後、手近な黒い触手を祓いに行く。

丹地はこの非常時に喧嘩が無く終わったことにほっと胸をなでおろした感じだった。


「オジョーさん、あざっす!」

「いえいえ。さぁ、どんどん払って行きましょう」

「了解っす!」


紡希は共に戦ってくれる仲間を頼もしく思うも、先に行った聖と母親の事が心配になった。


(あの猫ちゃんの魔法があれば大丈夫だよね? ……助けてくれるかな?)


◆◆◆


聖は中央神殿に向けて走っていた。かなりの長い石段に息も絶え絶えな感じになっていた。


近づくにつにつれて頭の中に直接響く声が大きくなって聞き取りやすくなっていたが、声は全く反対のことをアドバイスしたり指示をするので混乱していた。


(逃げなさい……こちらにきてはダメ)

(助けて……石を取り戻して……早くきて)


「ああっ! もう! どっちなの!」


聖が立ち止まって絶叫する。その瞬間、黒い触手が聖を襲うが、つかず離れずで彼女を護衛していた珠稀が御札ですぐさま払っていく。


「はぁ、はぁ、聖ちゃん! ここはもう危ないから戻るよ!」

「え……おばさん? どうしてここに?」


聖は珠稀にやっと気がつく。と、これまで登ってきた道を振り返り、除霊に忙しくする退魔師達を、交通事故で慌ただしくなる街を見て一瞬唖然とする。しばらく公園の様子を眺めて表情が一瞬曇った後に彼女は決心をする。


「私が、私が行かないと止まらないから……私、行きます!」

「え? まだいくの? 帰りましょう!」

「すみません!」


珠稀は走り出す聖を尻目に目の前の黒い触手を払うために、聖を物理的に止めるタイミングを逸してしまう。


「もう!」


悪態をつきながらも解呪しながら珠稀は少し遅れて聖の後を追って行く。



◆◆◆


伸太郎は中央公園に入ると、園内で黒い触手との戦闘をしている集団と、気絶しているのか死んでいるのかわからない人間が多数横たわっているのに愕然とする。爆発や火は見えないが映画などでよく見る戦争のシーンの様だった。


「なんだよ……これ……」


(……命はあるみたいだニャ。微かな命の気配を感じるニャ)

(……死んで無いのか、良かった)

(生命や魂を吸い取る類の妖魔で無くてよかったニャ)

(……そんなのいるのか……それだったら……ヤバかった)


伸太郎はしばらく辺りを見回して進むべき方向を探すが、何処もかしこも戦闘をしていたり、黒い触手が出てきていてどこに行ったらいいかわからなかった。


(こっちニャ)


灰色の猫が先導して行き先を案内してくれる。後に続く伸太郎は辺りを見回しながら走り出す。進行方向には多数の黒い触手がウヨウヨとのたうっていた。


(お主様、すまないが願ってくれないかニャ?)

(わかった。黒い触手を……聖の元まで全部打ち払ってくれ。)

(……凄い力だニャ。あとは任せるニャ!)


伸太郎の体から青く光る粒子が灰色の猫に降り注ぐと、灰色の猫が何やら唱えると道なりに小高い丘の方へと光が放たれる。すると、黒い触手が光に巻き込まれてまとめて消し去られていく。進行方向に一直線に丁度いい感じで道ができて行く。


(すっげぇ……モーゼのアレみたいだな……)

(何のことか分からないニャ……さぁ、いくニャ!)

(わかった!)


伸太朗と灰色の猫は体に魔力を纏ってかなりの速度で切り開いた道を走り抜けていく。


◆◆◆


コォォォー


あたりはとてつもない光に包まれ、中央神殿に向かって一筋の光の束が走ったかと思うと光に沿って黒い触手の大群が殲滅され、黒い煙と化して消え去っていく。さながら巨大なレーザー兵器の様だった。


「先輩、なんですかあれ! すごい力が……」

「この前見た神の光か? あいつがやったのか? 子供か?」


榊と丹地はあまりの光景に思わず手を止めてしまう。彼らからはかなり距離があったので、一般人男性の後ろ姿くらいしかわからなかった。その横で退治に追われていた紡希と剛士も突然の予想外の出来事に固まってしまう。


「……まさか兄ぃ? 猫ちゃん?」

「なんだと? まさか、シンか? そんなはずは……この瘴気の中では動ける筈が……」


暫くすると、黒い触手の殆どが光を放った人間に向かって獲物を見つけたかのように追いかけ始める。


「剛士おじさん、あれ、やばいよね?」

「そうだな……ここは奴らに任せて行くか」

「はいっ!」


紡希と剛士は進行方向に出る黒い触手を祓いながら、切り開かれた道をたどって中央神殿へと突き進んで行く。



◆◆◆


鑑定士は中央神殿前の開けた石碑跡に来ていた。

左手の手袋を介して五寸釘に何やら念じると巨大な霊力製の杭を目の前の白い巨大な蛇へと打ち付け地面に縛りつけていた。白い巨大な蛇は何本もの杭で地面に縛り付けられ、ほとんど身動きが取れない状況になっていた。それでも白い巨大な蛇はのたうちまわり、鑑定士をにらみつけて抵抗しようとする。


「しつこいですね……」


鑑定士がどこからともなく追加で五寸釘を出して巨大な霊力製の杭にすると、トドメと言わんばかりに頭の付け根に突き刺して完全に動けなくしてしまう。霊体でも痛いのか白い巨大な蛇は絶叫し痛みを訴える。


「やれやれ……手加減は難しいですね……それでは始めますか……」

(ヤメロ……人間……)


白い巨大な蛇の事を完全に無視し、鑑定士が祭壇跡の中央に持っていた白黒の石を取り出して丁重に石の向きを合わせて置く。


「伝承通りだなピッタリ……ん? 何も起きない? 後は霊力か? それとも伝わっている呪文? 後少し……」


鑑定士が振り返り、ただならぬ気配を感じ取ったのか、周囲を警戒しながら急いで懐にしまっていたメモと古文書を広げて何やら確認しだす。


鑑定士が目の前の作業に集中している最中に聖と珠稀が階段を登り切り祭壇跡にたどり着く。二人は目の前の光景に圧倒されて立ち止まってしまう。


「えっ!? 白蛇様!? なんてこと……動けなくされている?」

「白い大蛇? なんか、私にも見えるんだけど、聖ちゃん、あれ、普通の人間が扱えるものじゃないわ……」

「でも、助けてって……え? 逃げなさいって……どっちなの?」

「……守護神の声が聞こえる感じね……逃げる事をお勧めするけど、そうよね。そうなるわよね……」


珠稀は幼いころからの聖の行動パターンを知っていたので、呆れた感じで彼女とは別に怪しい雰囲気を漂わせる鑑定士を敵と判断し、聖と反対方向に気配を消しながら移動をする。

聖が白蛇に突き刺された霊力の杭の前に行くと手に魔力を纏って抜こうとする。白い稲光が走りながらも杭を掴むことが出来たので彼女は全力で杭を引き抜く。ものすごい音がしたので鑑定士も読んでいた古文書から目を離して驚きの表情をする。


「……杜里家のお嬢さん? なんて事だ、力が発現したのか……」


珠稀が鑑定士の死角から忍び寄り一撃を喰らわせようと、手に持っていた呪印が入った短刀を構え突撃するが、目に見えない何かに阻まれ軽く吹き飛ばされてしまう。


「クッ! 結界? 呪術!?」

「あっ! 呪術師? 退魔師か! くそっ、修復……いや、ここで出し惜しみは無しですね」


鑑定士が慌てて懐から大きめの呪印が描かれた紙を広げて地面に敷く。左手の白い手袋を外して何やら唱えながら地面に手をつくと呪印が軽く発光する。手袋を外した手は火傷をした様なおぞましいナニカに見えた感じだった。左手全体に血管のようなものが浮き出て光り、呪印に力が流れ込んでいる感じだった。


「触るとかなり痛いですよ。さて……続きを……」


ガン! バリバリバリ!!!


鑑定士が言い終える前に、白い巨大な蛇が鑑定士を喰らおうと大口を開けた状態で静止してしまう。白い巨大な蛇は電撃を受けたかの様に痺れて弾き飛ばされてしまう。


「なんて事だ、動けるなんて……あれ? ヤツを止めてた杭は……えっ?」


鑑定士の目の前には聖が接近していた。彼女は霊力をまとった杭を両手で抱え、雷をまとわせながら突撃してくる。


「え!? それは……お嬢さん、大怪我をしますよ!……(あれ? 霊体の杭を持ってる?)」


ドーーン!!!


聖が雷をまとった杭を結界に突き刺すと、電撃が周囲に走り、かなりの爆発を起こしてしまう。鑑定士が吹き飛び、聖を助けに入ろうとしていた珠稀、攻撃を続けようとしていた白い蛇も盛大に吹き飛ばされてしまう。


その中で何の影響も無く一人取り残される形で聖が普通に立っていた。


「これ、アシュレイちゃんの魔法? 護られてたのね……」


鑑定士は自身が張った結界が破られたのを認識した後、白い蛇と珠稀を見た後に、疲労は見えるが平然と立ったままの聖を見る。

(ここまでか?)

神殿前広場のほうに近づいて来る他の人間の気配を感じ、自分の手札を確認してあきらめた感じになり、次の行動を考えてしばらく棒立ちになる。


(去ね!)

「くっ!!」

その隙に白い蛇の巨大な尻尾の一撃が鑑定士にお見舞いされたが、鑑定士はギリギリで交わすが、しっぽの風圧で吹き飛ばされる。

(仕方がない……出直しか……)


鑑定士は吹き飛ばされた力を利用しながら霞が消えるかの様にその場から存在を消す。




騒ぎの中、白と黒の石が聖の足元に意思のあるかの様に転がってくる。


「なんとか……なったのかな?」


聖が足元に転がってきた石を拾おうとすると、電撃が走り、白と黒の石から何かが弾き飛ばされる。


(ギャッ!!!)

「え? なんで?」


叫び声と共に、白と黒の石から弾き飛ばされた黒い蛇がヌッと姿を現す。


「……黒い……蛇? え? 似ている……」


聖はすぐさま街に出現している黒い触手を連想した。この事件の問題がどこにあるのかを理解した瞬間に、その場のだれもが聞こえる様な形で二匹の蛇の声がした。


「オノレ……あと少しだったのに邪魔をしおって」

「聖……すぐ逃げなさい……そのものの声を聞いてはダメ……」


聖は白い蛇と黒い蛇が同じ声で別々の事を言っているのを理解した。


「白よ、なにを言う。やっと我々の封印が解けるのだぞ? 千年ぶりの自由だぞ?」

「黒、それは始祖様の命令ではない。封印を守るのが我々の使命」


聖は混乱したが、どうにかしなければいけない思いが強く、白蛇に質問をする。


「白蛇さん、私はどうすれば!」

「くっ……石を元の場所に……」

「白よ、それは酷では無いか? 元の場所に戻したらこ奴の思い人が飛び散った呪霊達に呪い殺されようぞ? それよりもその石に其方の膨大な霊力を注ぐと良い。そうすればこの地の封印が解け、思い人も其方も助かるだろう」


聖はアシュレイが言っていたことが当たっていた事に絶望をする。何も言えずに二匹の蛇を見比べ、目の前の封印の石を見る。これに魔力を注ぎ込んだら……ダメな方向に転がるのだけは彼女の直感が理解していた。

彼女の眼には白と黒の石から、白と黒の蛇へとつながる魔力の線の様なものが見える。


(白と黒の蛇が同時に封印されていたのね……たまに姿を見せない、声だけのときは黒蛇だったのか……ちぐはぐな感じだったのは……これだったのね)


「折角あの小僧と一緒になるように便宜を図ってやったのに……これくらいやってもらっても良いだろうに」


聖はどうするか迷っていたが、黒蛇の言葉が引っ掛かり思わず質問をする。


「便宜って……小僧って、伸君の事?」

「そうだ「さっかー」とやらをやっておる小僧の事だ。折角怪我をさせて一緒の時間を作ってやったのに。お前は機会を逸しおって……」


「……え?」


「お前を邪魔する人間はいなかっただろうに……小僧に近づきにくくしてやったのに……」


「……あ……そんな……」


「馬鹿な子孫だ……先々代のフミまでは良かったのに……石に願ってはいけない……そう聞かされてすらいないとは」


「……」


聖はあまりのことに呆然としてしまう。黒蛇の言うことが間違い無ければ……伸太朗の足のケガも、不幸体質も黒蛇の仕業……聖の願いのせいだった……そう気づかされてしまっていた。


聖はゆっくりと周りを見回す。

血の気が引いてくのが自身でもわかり、あまりの事に思考が止まって、時間が止まっているような錯覚におちいってしまっているようだった。

聖がふと手元の違和感に気が付くと封印の石がいつの間にか彼女の手の中にあった。

聖は白と黒の石を拾った覚えは全く無かった。

聖が何が起きているか分からずに驚いていると、白と黒の封印の石へと聖の力が、覚えたばかりの魔力の感覚が吸い込まれているような感じがした。


「お、おお、良い、良いぞ!」


黒い蛇がみるみると巨大化していき一気に家くらいの大きさになっていく……一方白蛇の方はどんどん縮んでしまい、普通の蛇の大きさくらいに小さくなってしまう。


「聖、気を確かに。言葉に惑わされないで……石を捨てて……願いを辞めるの……」

「白よ。今が好機。封印を破りこの地から離れられるのだ」

「やめなさい、この地を守るという始祖様の願いが……」

「フン、始祖様がこの千年間に何をしてくれた。我々は十分苦しんだ。これからは自由だ!」


周囲から黒い触手や小さい蛇状の何かが黒蛇に集まっていくと、家ほどあった大きさの黒蛇がさらに大きくなっていく。



◆◆◆


「先輩っ! アレを!!」

「なっ! でかいな!」


榊と丹地が少なくなってきた黒い触手を払いながら中央神殿のほうを見る。木々の上から夕暮れに染まった街を見下ろすかのように、小さなビルのような黒い蛇がゆっくりと鎌首をもたげる。


「特殊対策課! あれはなんだっ!」

「あれはちょっと無理じゃないですか?? 「さすまた」に挟まらないですよ!」

「こ、この御札は、アレにも効くんだよな?」


一緒に黒い触手退治を手伝っていた地元警察がパニックになっていた。榊も判断に迷っていたが、嫌な予感を感じたので力を持たないものに離脱をさせることを選択する。


「無理だな、あなたたちは逃げてくれ!」

「わかった!」

「えっ? 先輩、私たちも逃げるっすよ!」


丹地も腰が引けて逃げる準備をしていたが榊が手をつかみ逃がそうとしない。


「えっ、ちょ、ちょっと?? 先輩?」

「僕たちは中央神殿に向かう。何やら起きている様だ」

「そんなの見ればわかりますって!!!」


丹地が抵抗して逃げようとするが、残った周囲の黒い触手が一斉に中央神殿へと向かっていく。


「減給されるのと、どっちがいい?」

「減給で!」

「くっ! 頼む! お前だけが頼りだっ!!」

「! わかりましたよっ! もう嫌だっ! ここ危なすぎっす! 特別手当てくださいよっ!!」


嫌がる丹地を引き連れて榊は原因をつぶそうと中央神殿へと向かっていった。



◆◆◆


伸太朗と灰色の猫は中央神殿前の広場へと続く階段を恐ろしい速度で駆け上っていた。


「え? なんかすごいのが出てきた! アシュレイ! 本当に大丈夫なのか?」

「問題無いニャ……なにかに吸われている感じ……聖の体力、命が心配だニャ」

「あの、大きくなっていくんだけど……アシュレイの光の魔法使えば行ける……なぁ、なんだか、すごい……あの光が効きそうなサイズじゃなくなっていくだけど……」


伸太朗の足が徐々に遅くなって行き、ついには立ち止まってしまい、伸太朗の距離からは山ほどの大きさに見える黒い巨大な蛇を見上げてたじろいでしまう。


「お主様の聖への思いはそんなものなのかニャ?」

「そんな事はない……聖を助ける! 聖だけを助けて離脱……かな……」

「簡単にいくと良いニャ……」


伸太朗は意を決して再び階段を駆け上がっていく。灰色の猫はしばし考えた後、伸太朗を追い越すように走り出す。


 

◆◆◆

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