第8話 歴史のある家を訪れる猫

伸太郎と灰色の猫は聖の家の先祖代々伝わるという蔵に来ていた。最低でも江戸時代以前に建てられた感じで博物館や図鑑で見る形だった。

「すげー」

「歴史の匂いを感じるニャ」


中にはどう見ても江戸時代以前の年代物の葛籠(古い箱)や巻物のような物が積まれていた。色々と触った跡があったり、掃除をしたばかりの様で整理されて小綺麗な感じになっていた。


「なんか、家をリフォームするからママが必要なさそうなものを査定に出してるんだって。最近、鑑定士さんを呼んで査定してもらってるんだって」

「……なんか……色々と勿体ない気もするけど……」


伸太郎は蔵全体を見回し、積まれている物以外にも、この蔵自体に価値がありそうなのにと若干残念に思っていた。聖も思い入れがあるのか、残念そうな顔をしながら一人と一匹に蔵の中を案内する。


「なんか面白そうなものは私の部屋に持って行っちゃってんだよね」

「面白そうなものとはなんニャ?」

「なんか雰囲気が違うというか……最近わかったけど魔力ね、魔力。あれを感じたりするものがあるの」


「ん~魔導書なんて、この世界にあるのかニャ?」

「魔導書……?」

「それとも……魔導具なんてあるのかニャ?」

「魔導具!?」


色々と興味深そうに蔵の中を見て回る灰色の猫のつぶやきに、伸太郎と聖は思わず目を合わせ表情を輝かせる。


「もしかして、あるのか……この世界に……」

「あったらすごいよね。アシュレイちゃん、わかるの?」

「そうねぇ……ちょっと待つニャ……」


灰色の猫が魔法の言葉を何やら唱えると、蔵全体に白い光がふわふわと漂い、何個かの巻物や葛籠に吸着していく。


「この光がくっついたのがそうなのか?」

「……だと思うニャ。魔力が引き合う性質を利用した魔術だニャ」

(想像以上に多かったわね……伸太郎の話とだいぶ違うわね……)

「すごい、こんなにたくさん!」

「俺の目じゃわからないや……」


伸太郎は光のついた骨董品などをまじまじと見つめてみるが、目に魔力をためてみたり何やらやっているが判別が出来ていないようだった。灰色の猫は、伸太朗の見ている世界がだいぶ狭い事に気づき始めていた。


「それじゃ、くっついたのを集めましょうか」

「おっけ……なんか緊張するな……」

「お宝……本当に魔導書だったらすごいよね」

「あれか、なんか、こう、唱えたら妖狐とか出てくるやつ?」

「……なのかな? ちょっと期待しちゃうね」


伸太郎と聖が手分けをして蔵に残っていたぼんやりと光る骨董品や書物などを集めだす。灰色の猫は何かが気になったらしく、楽しそうに運ぶ二人とは別に一匹で蔵の中を色々と見て回る。

(おかしいわね……この蔵には、元々なにか強いナニカがあった感じがするわ)


灰色の猫は隅の方に置かれた何かが置いてあったであろう台座の跡の周りを調べてみる。

「聖、ここに以前なにか置いていなかったかニャ?」

「あ、うーんと、確か、だいぶ前ににそれを取ると、真ん中にあるあの引き出しが開くって教えてもらって……あれ、ずらしたやつどこだろ?」


聖は一旦運ぶのをやめて、過去の記憶を頼りに台座跡周辺を色々と探し始める。


「……なんか、ゲームの謎解きみたいだな。現実に何かを動かすと扉が開く仕掛けなんて……あるんだな……」

「確かにゲームっぽいなーって思ってやった記憶あるよ。ほら、あそこと、あそこと、あそこ……あそこは荷物置いちゃって見えないね」


聖は蔵の何箇所かを順に指差す。確かに何かしらが置いてあった感じがするが、蔵が整理されたせいか置いてあったものが何処にあるか分からなかった。


「んで、開いた扉って……」

「ああ、あそこ。中身は私の部屋に飾ってあるよ。なんと、神様の石だったの」

「……え?」

「ニャ?」


伸太郎と灰色の猫は、聖が指差した小さな社ではなく、神様の石発言に思わず驚いて彼女の方をまじまじと見つめてしまう。


「あ、神様の石と言っても、ほら、守り神と言うか、この地を守る蛇の守護霊みたいなやつ? だったの」

「……それって……」

「……今なら言えるけど、前は家族で私しか見えなかったから……また変な事言っているって思われるのもやだったし、それに色々と上手くいったしね」

「……なんか話を聞いていると呪われそうだけど……」


伸太郎はテンションが上がった感じで話をする聖を見て、思わず灰色の猫を見るが、何やら思考にふけっている様で反応がなかった。しばらくして真面目な感じで伸太郎に思念を飛ばしてくる。


(……封印されていたなにかに思えるニャ……だが悪い気配はしない……あとで中身を見せてもらったほうがいいわね)

(分かった……とりあえず聖の部屋に行かないとダメな感じだね)


灰色の猫は外から近づいてくる気配に気が付き姿を消す魔法を使用した。それと同時に聖の母親が白い手袋を左手にした壮年の男性を連れて蔵の方へと入ってくる。


「どう? お宝見つかった?」

「あ、ママお帰り。そこに積んであるやつだけちょっとキープかな?」

「あとは大丈夫なの?」

「うーん、わかんない……私的なものだけ残せば良いんじゃないかな……」

「私もわからないのよね……すみませんが、選別お願いできますか?」


「はい、承知しました。大分変なものを持っていくんですね。これなんて、結構な価値のある短刀なんですが……」

 

 白い手袋をした男は、素人目にも価値の有りそうなものを手に取り不思議そうに聖がキープといったものを見比べていた。その様子を姿を消して見ていた灰色の猫は若干警戒した目でその男の動向を見守る。

(この男からも妙な力を感じるわね……魔力関連の話については伸太郎の話は全く役に立たないわね……魔力を使う者たちに秘匿されているのかしら?)


 全く無警戒な伸太郎と聖の振る舞いを見て、灰色の猫は魔術の話に関しては伸太郎に話を聞かないほうが良いことを悟っていた。そして、この世界は魔力を持ったものと持たないもので知識の隔絶があることを知った。


 ◆◆◆


伸太郎と聖は先程蔵で集めたものを居間に持ってきて畳に並べていった。大体運び終わった後に持ってきたものを物色し始める。


「読めないな……」

「だよね、読めないけど変な力を感じるね」

「アシュレイのおかげだな……俺にもなんか薄っすらと見えてきたよ」


伸太郎は巻物の一つを優しく広げて吟味しようとするが、そもそも文字が達筆な上行書だったために判別不能レベルだった。聖も諦めた感じだったが、目に見えない力のようなものは感じているようだった。灰色の猫はかなり疑問に思ったので思わず質問をする。


(この世界では古語、筆で書かれた文字の勉強などをしないのかニャ?)

(! すごいっ! 心の中で話せてる! これも魔術だったのね!)

(古語かぁ……一応やるけど、漢文……と古典だけど、現代の文章に直されたものを使ってるから……こう言う、筆で書かれた本物は読めないな……)

(実践的なものでは無いのね、困ったニャ……読み書きが普及している世界だからてっきり読めるものかと思ってたニャ)

(すごいのね……思念チャット……)

(あの鑑定士のオジサンに聞いてみるか?)

(あやつは少々胡散臭いニャ。お主様の母達に聞いてみると良いかもしれないニャ)

(え、なんで母さんが? 一般人だよ?)


灰色の猫はここで完全に気がついた。伸太郎の家族が影でやっていることを伸太郎に隠していることを。


(全然気がついていなかったのね……珠稀の部屋にはそこにある古文書に似たものの写しなどがあったニャ)

(……あのオジサン……なんか胡散臭く感じるのね……石のことを教えてくれたのって、あのオジサンだった気がするし……オジサン達は蔵で選別しているだろうから……頼むとしても終わってから……それにあの量だと今日だけでは終わらないかもね、伸君ママにおねがいしてみる?)

(そうだね……母さん古文書読めたのか……知らなかった。こんなに一緒にいるのに……猫に負けた……)


伸太郎は最近来たばかりの灰色の猫の方が家族のことを知っていることに軽く絶望する。すると、お盆を両手に冷たい麦茶と菓子を乗せた聖ママが部屋に入ってくる。


「あら、黙々と整理しているのね。ママが付き合いたての時はもう少し熱い感じだった思うんだけれど……」

「……つ、付き合ってないし!」

「え? そうなの? ごめんなさい、てっきり……」


聖ママは、聖がこの地に引っ越ししてきてから、見た目に無頓着で地味だった見た目から急激に変わっていく様を見ていたので、てっきり願いが成就したものと思っていた。



 ◇◇◇ 


聖ママは五年前の事を思い出す。祖母が死んでから、引き取り手の無かったこの家に家族で引っ越して来てすぐの事だった。


「ママ、その、私、キレイになれないかな……」

「やっとやる気になったの? いいわよ。素材は良いんだから……まずは部屋のお片付けもちゃんとやらないとね」

「……部屋の片付け、ちゃんとやるから綺麗にする方法教えて」

「わかったわ」


それからの聖の本気はすごかった。

母親の目線から見ても、最低限の身だしなみしか整えて来なかった娘が、いきなり小洒落た感じの少女に化けたのだった。中学生に入ると更に娘は頑張り始めていた。


「ねぇ、コンタクト……にしたいけど……ダメかな?」

「うーん、パパと相談……かしらね。私は良いと思うわ」


内気だった性格も大分外交的になり、目覚しい変化を遂げていた。引っ越ししたばっかりで少なかった友人も、傍から見ても一気に増えて行く感じがした。


「ねぇ、ママ、ええっと、パパとはどうやって仲良くなったの?」

「う~ん、色々あったけど、パパがアプローチしてくれたからかしらねぇ……」

「女の子からアプローチするにはどうすればいいの?」

「うーん、話しかけられやすい場を提供するのがいいかもね」

「……詳しく教えて……」


娘の行動内容が面白く、日々前進している感じがした。娘が喜んだり落ち込んだりしている姿を見て、事あるごとに母親としてアドバイスをしたりして楽しかったのだが……段々と落ち込むことが多くなり……ある日を境にまるで変わってしまった……


文化祭の時に起きた事故だった。娘や学校の先生の話では、娘を助けようとした子が大けがをしたらしく、その対応に追われた後の話だった。


「私……どうすれば……ねぇ、ママ、どうすればいいの?」

「大丈夫よ……大きな怪我だけれども、しっかり治るってお医者さんも言ってくれたのでしょう?」

「でも、私のせいで……もう……サッカー出来ないかもって……凄いチーム辞めちゃったって……」

「……なら火野くんが治るまでしっかりと助けてあげなさい。相手がもういいよって言うまで……」

「……うん、私のこと嫌いにならないかな?」

「あの子はそう言う子には見えなかったわ。しっかりと前を向いている感じだった。だから大丈夫よ」


それからは娘がたまに自分の部屋で何やら悩み相談をしている様な声を聞いたりした。友人と相談などをしているのだろうか……時折、表情に暗い影があることが気になったりはしていた。


それが最近、びっくりするくらい昔の様な無邪気な表情をするようになった。おそらく火野くんとの事が割り切れたのだろうと思っていた。それがまさか……逆に一緒に帰る程に仲良くなっていたなんて思いもしていなかった。


 ◆◆◆



聖ママが娘の様子を見に行くといって台所にお茶菓子の準備をしに行ったのを見計らって、白い手袋を左手にした胡散臭いオジサン、自称鑑定士は気配を消して聖の部屋にいた。


(まさか部屋に飾ってあるとは盲点だった……しかもこんなに……堂々と)


部屋には木製の手作りの神棚のようなものが設置されて、その上に白と黒の石が丁寧に飾られていた。

(かなり強い力を感じるな……さすが千年ものの呪具だな……)


鑑定士は、懐から巾着のようなものを取り出し、白い手袋の左手で慎重に白と黒の石を入れる。それから石の置いてあった場所の下に何やら呪文のような文字が書かれたものを敷き、何かを唱えると、白と黒の石が出現する。鑑定士は右手の指でピンと弾くが指がすり抜ける。


(動作確認終了……少々不安定か……帰るときまで持てば良いな。アラームを設定して……っと)


鑑定士は適当な時間にスマホのタイマーを設定しながら、気配を消して蔵の方へと戻って査定を続けるふりをしにいった。


 ◆◆◆


(お主様もヘタレだニャ)

(……なんとでも言ってくれ……ってこれは聖には聞こえてないのか?)

(魔術を使っている私が魔術の専用通路を作っているから大丈夫ニャ)


伸太郎と聖は黙々と選別作業と、伸太郎が持って帰って珠稀が解読できるようにと丁寧に巻物や古い書物を梱包していた。聖の動きがぎこちなく、完全に意識をしている感じだった。伸太郎も何を言って良いか分からず、作業に没頭していた。


「ごめんね……ママが変なことを口走ったから……」

「……あ、いや……」

「……」

「……」


(……はぁ、二人共ヘタレだニャ……)


口を開こうとパクパクして何かを言いかけたり、目が合ったら恥ずかしそうに顔を赤面させるのを見飽きた灰色の猫は蔵の方から出てくる聖ママと鑑定士に気がつく。


「すみません、作業中なのに……呼び出しがかかってしまって」

「いえいえ、こちらはそこまで急ぎではないので……リフォームまでに間に合えば良いんですよ」

「え? 歴史的な遺産になりそうなくらいの建物なんですが……」

「そんなに価値があるのですか?」

「ええ、ここまでしっかりと保存状態がよいのはなかなか、亡くなられたおばあ様がしっかりと管理なさってたのでしょう……あ、ではすみません。また来ますので」

「はい、よろしくお願いします」


玄関の開く音がして、鑑定士が帰っていく。灰色の猫は不穏な空気を感じたので、木に登って見晴らしのいい場所で魔術を使って鑑定士を探ってみる。


(……カバン……上着のポケット……左手……魔導具? 変な力を感じるわね……この世界の鑑定士も魔導具を使って仕事をするのかしら?)


灰色の猫はこの世界の常識が無かったため、一般人のはずなのに魔導具らしきものを持っているという明らかに不自然な状況に気がつかなかった。


鑑定士は一度も振り返ることなく、原付バイクにまたがって社里家を後にした。



 ◆◆◆


「……あ、あのっ、私の部屋に……」

「あ、そうだったね。石……見ないと……だよね?」

(お主ら……もう少し普通に会話をしてくれないと困るニャ……こっちも恥ずかしくなってくるニャ)


灰色の猫のあきれ果てた発言でさらにぎこちない動きをする二人だった。それから会話もなく、聖に部屋に案内される。


「ごめんね、なんか、こう、和室で……色気も無いし……」

「え、あ、そんな事は、部屋綺麗だし……」

「……」


灰色の猫はギクシャクする二人を無視して、ため息をつきながら部屋を見回す。色々な箇所で魔力の波動を感じていた。


「聖、あそこに飾られているのが、神様の石?」

「う、うん、そう。蔵にあったやつを飾っているの。願い事を叶えてくれるんだ」

「え? 願い事を叶える?? ほんとに?」


伸太郎は驚いた後、灰色の猫をマジマジと見つめる。伸太郎は願いをかなえる何かがブームになっているのかと思ったが、灰色の猫は特に反応しなかったので聖に質問をする。


「どんな願いをしたの?」

「……あ……えっと、それは……その……それは言えない……かな……」


灰色の猫は聖のふるまいでなんとなく願いの内容を察した。同時に白と黒の石の不自然さに注目していた。灰色の猫には白と黒の石が魔術で作られた幻影に見えていた。

(幻影の石を不思議に思って願い事をした……とかかしら? なんか不自然すぎるのよね……魔力が扱えなかった聖が幻影の石を持ってこれる訳が無いし……) 


「あ、それで……その。こう、願い事をしたり、今日あったことを報告したりすると、声だけだったり、たまに白蛇様が出てくるの」

「なにそれ! 凄い! 見てみたい!」

(神様……石……封印……蛇……守護霊……願い……悪霊や妖の類でないと良いのだけれども……)


灰色の猫が警戒感を強める中、願い事の内容を知られたくない聖が無理やり話題を変えようとして、柏手を打って願い事をするポーズをする。すると部屋全体に声ではない、大きな意思のようなものが響き渡る。


((願うことをやめなさい……石を取り戻してくれ……元の場所に……大変な……逃げなさい……))


「へ? すごい、なんか聞こえた」

「これが蛇神様の声だよ、みんなも聞こえたの?」

「聞こえた。なんかすごい、人間っぽくない感じ、不思議……大変な事? 逃げろ? なにかあったのか?」


やがて不思議な声が小さくなり気配なども消えて行く。不思議なアクシデントに驚いて興奮する二人とは違い、冷静な灰色の猫が何時もとは違う真面目な口調で聖に質問をする。


「力が消えていったわね……聖、あなたはどうやってその封印の石を手にとって持ってこれたの?」

「……え? アシュレイちゃん、なんか怖い……」

「聖? 多分アシュレイはなにかに気がついていると思う……ものすごく頭がいいんだ、あと語尾にニャがついてないとまじめな話だ……」

「そうなの? うーん。……そんな難しい事ないよ、こうやって普通に手にとって……」


聖がおもむろに神棚もどきに飾られた白と黒の石を拾い上げようとすると空中を掴んだかのようになってしまう。聖は驚いて、何度もつかもうとするがすり抜けてしまう。


「あれ? あれ?? なんでっ?」


灰色の猫が華麗に空中を飛ぶと、白と黒の石の台座の布を前足でチョイチョイと触ってずらす。その下には何やら術式が書かれた和紙が出てくる。


「え? これなに? 初めて見るんだけど……」

「……どうなってんの?」

「まだ理解しきれていないけど……幻術を投影する魔法陣に見えるわね……」

 

聖が小さな魔法陣が書かれた和紙をつかんで持ち上げると、その上に追従する感じで石の幻影が投影されていた。確認していた聖は何とも言えない表情になっていく。


(アシュレイ。盗まれた……んだよな。これは?)

(お主様、目星はついているのだけれども確定した情報がほしいニャ。願ってみるかニャ?)

(え? うん、願うよ。聖の大事なものが盗まれたんだろ……見つけてあげたい)


灰色の猫は部屋の中心に位置して待機する。伸太郎から青い光の粒子が流れ込んでくる。灰色の猫はそれを受け取り何時ものようにこの世界の言葉でない言葉を発すると地面に何やら魔法陣のようなものが光となって放射状に走ると、この部屋にノイズがかかった荒い立体映像のようなものが現れ、逆再生するかのように荒い映像の伸太郎と聖、灰色の猫がこの部屋から出ていく。


「えっ? 凄いっ!」

「おおっ!!!」

「逆再生ってやつだね!」

「サイコメトリー??」


二人が興奮して立体映像を見ていると、しばらくすると扉が自動的に開き、鑑定士のオジサンがスマホを片手に逆走してきて白と黒の石の台座にからさほどの紙を取って自分の懐にしまい、小さい巾着から白と黒の石を配置してまた後ろ向きに出ていく……


「……泥棒だったのね」

「……すごい手際良かったね。迷いがなかった」

「他の物には全然目もくれてなかったね。金品とか……はある部屋じゃないから当たり前かぁ……」


「これ以上は必要なさそうニャ……」


灰色の猫が魔力の供給をやめると映像が消えていく。聖はショックだった様で明らかに意気消沈してしまい、自分の勉強机の椅子にへたり込む感じで座ってしまう。


「聖、あの白と黒の石は……蛇神様の石は取り返すのかニャ?」

「もちろん……取り返してほしい。先祖代々伝わるものだから……私があの石を動かさなければ盗まれなかったんだろうけど……あのオジサン最初からこれが目的だったのね……」

「おそらく魔力を持っているこの家の血を引く聖を利用して、なにかしらの封印を解かせた感じニャ」


聖は灰色の猫の推察を聞いてしばらく考え込む。


「最初の声掛けからかぁ……小学生の時はなんか占ってくれただけだったけど……具体的なやり方を教えてもらったのって中学生の時だよ? 石を動かしたのもその時だし……」

「機を見ていたのね。この街には今、妖魔の気配が渦巻いているから……となると、あの石を使った儀式? 魔術? なにをする気なのかしら……」


灰色の猫が何かを察知し部屋の窓から外を見ると、そこには黒い紐状の靄が時折、踊るように舞っているように見えた。



 ◆◆◆


特殊対策課の二人は大量の御札を抱えながら、目につく呪霊、黒い靄に片っ端から貼る作業をしていた。


「先輩! 帰りましょう! これは危険すぎます!」

「僕もそう思うが……突然溢れ出てきた感じだな……」


だが、離れた地点に追加で大量に「黒いナニカ」が出現しているのを見てさすがに恐れを抱いたようだった。


「百鬼夜行じゃないですか? これ!」

「百鬼夜行……はもっとすごいが……恐ろしい量だな」


丹地がヒステリックな声をあげてパニックになりそうになる中、榊は空を覆う蟲もどきと、そこらじゅうから這い出てくる触手もどきに険しい顔を向けていた。すると一緒に行動をしていた警察官四人が彼らに慌てて声をかけてくる。


「おい、対策課! 俺等はどう動けば良いんだ?」

「あなた達にも見えるのか?」

「見える、また変なのが出てきやがったんだな」

「俺も見えるぞ!」

「それじゃ、本部に連絡を……あとこれを貼ると消えるから……」

「これか……」

「だいぶ前にあった……あの事件の時みたいですね」

「んだな。あの時は自警団だったか……それじゃ手分けしてやるか」

「私は警部に連絡しておきますね」


あまり慌てることもなく警察官が御札を手に取り、一人の連絡係を残して散っていく。


「なんで手慣れた感じがするんですかね? この街の人……」

「陰陽師が作った街だから妖や呪霊の事件が多いのかもしれないな……」

「私達も応援の連絡しますね」

「頼む。手に追える範囲じゃなくなったな……この量はさすがに……」


榊は遠くの方で黒い触手のような物が大量に湧いて何かを追っているのを見て、二人では対処できないと判断し、撤退を視野に考え始めていた。



 ◆◆◆


怪しい鑑定士は原付に乗ってこの街の中央公園の方に向かっていた。昔は城や大きな社があったらしいが今は緑豊かな公園になっている場所だ。普段は物静かで過ごしやすい場所だったが、周りが怪しい雰囲気に包まれ、霊感が低くても見えるくらいにこの世のものでない虫が飛び交っていた。


(何が起きている? やはりこれを結界の外に、杜里家から持ち出したからか? 影響が大きすぎるな……)


鑑定士は信号待ちの時にバックミラーに移った何かに気が付き後ろを振り向くと、白い光を纏った蛇が高速で近づいてくるのに気がつく。

(なんだ……あれは? 蛇の呪いか? 白い蛇とは新しいな……予想外だ)


鑑定士は信号が変わる前にアクセルをふかし、車の往来がある中をクラクションを鳴らされながらも避けながら突き進んでいく。

(あとちょっとなんだ。しばらくはルール無視だな)


鑑定士は原付きのまま公園の中へと突っ込んでいく。公園で安らいでいた人達が物凄く迷惑そうに非難の目を向けながら彼から避けていく。

鑑定士は中央公園の中央の小高い丘を目指していた。



 ◆◆◆


伸太郎と聖は外に出て、火野家に向かおうとしていた。灰色の猫の提案で、魔法の護りを十分にをかけた家に逃げ込んでから作戦会議……のはずだったが。


「キャッ!! イタッ!!」


杜里家の外に出た瞬間に聖が驚きと共に痛みを訴えると、彼女の周りに黒い線状の紐のようなものが絡まり始める。


「大丈夫か? って、大丈夫に見えないな、アシュレイ! なんとかならないの!?」

「……なぜこうなるニャ? ちょっと待つニャ……」


灰色の猫は目に魔力をためて聖の身体や周囲をくまなく観察する。


(呪い返しの魔法が……聖にまとわりついている? 聖にも白い護りが見える……呪いが反発しあっているの?)


灰色の猫は少々迷ったが、伸太郎に提案をする。

(お主様、少し願うニャ、聖を呪いから守りたいと)

(……わかった)


いつものように、伸太郎の青い光が灰色の猫に届くと聖の周りに白い光の紋様が浮かび上がり黒い線が弾き飛ばされて行く。


「ありがとう、アシュレイちゃん」


「聖……願うことをやめるニャ……」

「え? ……どの……願いなの?」

「石に、蛇に願った願いニャ……」

「……それは、それは……願うのを……やめられない……やめられないよ」

「原因はどう見てもその願いみたいニャ……」

「……だったら……私には……どうすることもできないよ……」


聖と灰色の猫は神妙な感じだったが、空気を察せていない伸太郎は何が何だかわからなかったが、立ち止まっているのは悪手だと感じていたので二人に移動を促す。


「行こう、なんかやばい感じしかしない」

「うん……」


伸太郎と聖は火野家に向かって走り出す。灰色の猫は塀の上にのぼり、見晴らしのいい場所であたりを見回す。彼女の目には様々な悪いモノがなにかに向かって集まっているように見えた。


(これは厄介なことになったニャ……)


灰色の猫は予想外の事態に頭を抱えていた。

 

 ◆◆◆

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