第7話 学校で都市伝説を聞く猫
伸太郎が教室に入ると、クラス中が昨日起きた爆発事件の事で話題で持ち切りだった。
「なぁ、見た? 昨日の駅近のビルの爆発現場」
「後少し早ければね。警察が立ち入り禁止にしたところを見ただけだよ」
「誰かいない? 爆発の瞬間を見たひといる?」
「見てたら動画あげてくれるっしょ」
「んだよなぁ……」
伸太郎は灰色の猫の助言に従いすぐに家に向かい知らなかったのだが、聞き耳を立てると相当な被害が出たらしく見に行けばよかったと若干後悔していた。席につくと隣の席に集まっておしゃべりをしていた女子の一人が伸太朗に気が付いて話しかけてくる。
「火野君は見なかったのかしら?」
「あ、うん、でっかい爆発音してやばそうだったからすぐに家に帰ったよ。テレビでもやってなかったし……おかしいよな」
「……そうね、この街で起きた事件はテレビで放映しにくいそうよ」
「……そうだったの?」
伸太郎が初めて知る新事実に呆然としてしまう。伸太郎の記憶をたどると、確かに大事件のはずなのにテレビに報道されていない場合が多かった。
伸太郎が熟考に入ると、席に集まっていた違う女子達が、発言した女子の服の裾を軽く引っ張って、目を合わせて首を軽く左右にふる。
「虎雪……ダメ……」
「だめよー」
「……え? あ、うん。わかったわ」
伸太郎がこの街で生きていてたまに遭遇する、何かしらの「隠し事」、高校からこの街に引っ越してきた虎雪と呼ばれた女子も、伸太郎よりは知っているっぽかったので思わず聞いてみる。
「つまり、爆発事故じゃなくて、なんかの、違う何かしらの霊的な爆発? だったの?」
「えっと……火野くんは……あれ? いつのまに?」
虎雪と呼ばれた凛とした小綺麗な感じの女子生徒は伸太郎の体を目をすぼめながらくまなく凝視する。それに気がついた隣の女子達が虎雪の腕を両脇で組んで連行する形でその場を離れようとする。
「虎雪、ちょっとこっち行こうか~」
「おなごの嗜みだね」
「あ、ごめんなさい、火野君、私もこの街の事には疎くて……」
引っ張られていく虎雪をみながら周りを見ると、噂話をしていたクラスメイトが伸太郎達の動向に注目した後、仲間内で目を合わせた後しばらく間を開けて先程の爆発の話を続けていた。
「……あの感じだと、やっぱり例の「隠し事」?」
「マジかよ、それなら俺が見た空を飛ぶでっかい虫みたいのホントにいるんじゃん……」
「うわ~ほんとに見えたら……光ってんでしょ? キモイ……引くわ……」
「私、毎日、黒いドジョウ見るよ」
「あ~それな、ちっちゃいカオナシみたいのも見えたしなぁ……」
「俺、全然見えないんだけど、ほんといるのか?」
「都市伝説クラスがこの街にいるみたいだしな……」
今度は爆発以外に起きている街の異変へと噂話がシフトしていったが、黒いウナギやよくわからない虫などの話が多く、伸太郎にとっては自分たち以外にも見えてはいけないものが見えている状態に驚きを隠せなかった。
(……後でアシュレイと聖に聞いてみるか……)
それから担任が教室に入ってきていつも通りのホームルームを始める。伸太郎は上の空で授業を聞きながら放課後のことを考えるのだった。
◆◆◆
昼休みになると、いつものメンバーで弁当を食べようとすると、入り口あたりにいたクラスメートが割と大きな声で伸太郎へと呼びかける。
「おーい、火野~嫁さんきてるぞー」
「え? よ、よめ?」
嫁と紹介された聖が若干慌てながらも、意を決した感じで伸太郎の方へと歩み寄ってくる。何時もと違う様子に伸太郎は頭の中でなんの話だろうと色々と思い悩む。
「……あ、聖、どした?」
「作戦会議、ご飯食べながら!」
伸太郎は周りを軽く見回した後、聖に質問をする。
「……わかった。えっと、ここで?」
「……人気のない静かなところが……」
「……」
「……」
「……伸太郎、何というか、杜里連れてさっさと行け」
聖の発言に周りのものがニヤついたり、ヒソヒソと話をする。中学時代からの友人に促され伸太郎は弁当を持って立ち上がる。聖と伸太郎は聖の発言内容の意味に気が付き赤面しながらもそそくさと教室を出ていく。クラスに残されたクラスメート達は二人の仲についての噂話を面白そうに始める。
「あれで付き合ってないってどうなの?」
「だよねぇ~」
虎雪は弁当を広げながら窓の外を見る。渡り廊下を歩いていく二人を見ながら若干の不安を感じていた。
(……そう、付き合ってなかったのね……変な感じだったものね)
朝からの伸太郎の行動の一部始終を見ていた虎雪やはなんとなく事情を理解して安堵する。
(それにしても……杜里さんの纏う霊力もかなり変わっていたな……あの二人、危ない術とか使ったりしてないわよね……)
◆◆◆
伸太郎と聖は中庭のベンチに座っていた。天気が良すぎるせいで人気が若干少なかった。
「んで、作戦会議の内容は?」
「聞いているとは思うんだけど……」
聖は伸太郎が朝聞いた内容と大して変わらない内容を話してくる。ちょうど伸太郎も何が何やら分からなかったので良い情報整理となっていた。
「それで、私達のこの力を使えば、小さい「黒いナニカ」の原因をさぐれたり、お祓い出来るかもしれないじゃない?」
「難しいんじゃないかな……」
「え? だって伸君、まとわりついている「黒いナニカ」をお祓い出来たんでしょ? 悪いものを寄せ付けない魔術で」
「……へ?」
伸太郎は暫く考える。たしかに、以前、聖に話をした設定ではお祓い出来ちゃうんじゃないかと。伸太郎は弁当を食べながら深く考えているふりをして灰色の猫に助けを求める。
(あの、アシュレイさん……聞いてた?)
(聞いているニャ)
(……んで、俺はどうすれば?)
(妖魔払いの真似事は魔法の練習をもっとしてからにしてほしいニャ)
(んでも、なんかこう、うまくいなせると言うか、聖の暴走を止められないだろうか?)
(ん~低級妖魔モドキを探して……私が退治かしらね……)
(あの……退治しちゃったら、妖魔退治が続くんじゃないの?)
(退治したらお主様が「ぜぇぜぇはぁはぁ」しながら息も絶え絶えな演技をすれば良いニャ)
(なるほど……乗った)
伸太郎はあまり深く考えずに灰色の猫の提案にすぐさま乗じた。聖の頭の回転の速さに対抗するのを諦めて灰色の猫に丸投げしたほうが良いと考えるようになっていた。
「やるだけやってみるか……」
「やった! 出来るならば私にも教えてほしいかな……」
「……あれ、そう言えば家にあった曾祖母ちゃんの、なんか見つからなかったの?」
「あるんだけど……文字が達筆すぎて分からないの……現代語に訳す所からスタートかな……」
「古文書みたいなんだね……」
伸太郎は頭の中で博物館にあった戦国時代の文を思い出していた。たしかにアレは読めない。が、明治時代くらいのものもそんなんだったっけ? カナ混じりのナニカか? と頭の中でぐるぐると考えていた。一方聖はご飯を口に入れながらも違和感を感じたのかキョロキョロとあたりを見回していた。
◆◆◆
「例の二人を組みつけました」
対策課の二人が遠くの方でスマホで連絡を取る町の住人の声が耳に入る。二人は聞こえないふりをしながら角を曲がり距離を取っていく。
「先輩、やっぱり見張られてますよ」
「この街、霊力を持った人間が多すぎる……」
「ですよねぇ……」
丹地は御札を取り出すと、電信柱に巻き付いていた黒いナニカに貼り付け除霊をしていく。眼の前の黒いナニカが消えていくのを見ながら、普通の目では見えないくらい遠くの方で街の住人が御札のようなものを貼る仕草をした後、黒いナニカが消えていくのを感知する。
「昨日の飛び散った呪霊を消し去ってくれるのはありがたいんですけどねぇ……」
「僕たちが必要ないくらいだな、あの怪力男が出て行けと言う理由も理解できるな」
二人の眼の前には黒いナニカの横を迷わずに通り過ぎる人間と、何かを感じて避けていく人間がいた。
「あと、私の目おかしくなっているのか……明らかに普通の人も見えている人が多いような気が……」
「呪霊が強くなっているのかもしれないな……我々では判断出来ないな……地元警察に頼るか」
二人は黒いナニカを払いながらスマホで本部に連絡しつつ警察署の方へと向かっていった。
◆◆◆
「朝は結構いたのに……」
「見つけようと思うと見つからないもんだね」
伸太郎と聖は町中をさまよっていた。嫌な感じがする場所、どう見ても「黒いナニカ」……が根こそぎ居なくなっている感じだった。あまりに暇だった様で伸太郎が思い出したように聖に質問をする。
「……そういや、部活良かったの?」
「なんか顧問の先生が昨日の爆発の事もあるから今日は早く帰れって言われたみたい。それにこっちのほうが面白そうだからサボりね」
「そうか……」
伸太郎も内心かなりワクワクしながら「黒いナニカ」を探していたが、あまりに見つからないので若干だらけた雰囲気になっていた。
(アシュレイ、いないのか?)
(そうねぇ、先程から魔物達の反応が消えていく感じね。この街の魔法使いたちが駆除しているのかニャ?)
(魔法使いはいないと思うけど……陰陽師ってやつかもな)
(オンミョウジ? たまに聖と話す時に出てくる職業かニャ?)
(そうそう、平安時代……1000年くらい前からいる妖魔退治の人だったのかな?)
(……お主様よ、それはおそらくこの世界の魔法使いね。この世界にもやっぱりあるのね。早く言ってほしかったニャ)
(ごめん……映画とか漫画の世界の話かと思ってた)
「伸君、いた、ほら、あそこ!」
聖がゆびさした方向に小さめの黒いナメクジの様なものが地面をはっていた。動きも遅く、実験にはもってこいの相手に見えた。
「よし、それじゃ行くね……」
(アシュレイ、準備はいいか?)
(大丈夫ニャ、適当に合わせるから演技を頑張るニャ)
伸太郎が何やら強く念じ始め、それっぽく退魔の術を使い始める。伸太郎から青い光が発せられたと思うと、手のひらに白い光の粒子が集まって行く。
「あ、あの、伸君?」
「ちょっと待って、今、集中中……」
「え、えっと……」
それっぽく演技している伸太郎を聖は見ていなかった。彼女は後ろのただならぬ気配に気がつき振り返ると後ろからゆっくりと地面から出てくる巨大な黒い触手が伸び始め、先端が口の様にぱかっと開く。聖の表情は驚きから恐れを感じる引きつった表情に変わっていく。
(しまった! 演出に集中し過ぎたニャ……)
強い気配に気が付き慌てる灰色の猫だった。が、背後の脅威に気が付いていない伸太郎は目の前の小さいナメクジに向かって気合を入れる演技を続ける。灰色の猫は少し迷った様だが、巨大な触手に向けて退魔の陣を放つ。
「消えろ!」
(聖光退魔!)
灰色の猫が以前放ったものよりも小規模な光の柱が立つ。光の柱は辺りを強く照らし、ナメクジだけでは無く巨大な触手もまとめて消し去る。
(……アシュレイ。なんか、派手すぎじやない?)
(お主様、全然気が付いてなかったのね……)
「……」
一瞬、目の前の出来事に呆然としていた聖だったが、
「ありがとうございます! 猫神様!」
「……へ?」
伸太郎は辺りを見回す。魔法を使った事で姿が見えてしまっている灰色の猫にやっとの事で気がつく。
「ああ、なんて可愛らしく神々しいお姿。本当に助かりました。あれ?」
聖はしばらく考え事をする。伸太郎は状況について行けていなかった。聖の表情がネコの目の様に変わる。聖は普段通りの伸太郎の様子を見て思案にふける。
(アシュレイ! なんか……全部バレてない?)
(お主様……)
「伸太郎君? 嘘を……いや違うか。秘密にしないとダメなのは守り神様か……それで伸君にしては回りくどいことをやったのか……色々と行動がおかしかったし」
(お主様、ここを離れるニャ。騒ぎを聞きつけたもの達が集まってくるニャ)
「分かった」
灰色の猫が急いで伸太郎がチャックを開けたバッグに入ると、あまりのスムーズな行動に対して何か言いたそうな聖の手を引っ張り、素早くその場から離れていった。するとバッグの方から何やら光が発せられ伸太郎と聖を包み込む。
(凄い、これが猫神様の御力……)
伸太郎と聖はその場を離れる時に幾人の人とすれ違ったが、誰も二人の存在を気に留める事も無く、光の柱が立った現場へと走っていった。聖はすれ違う人間達の殆どが体に魔力を纏っているのを感じ取っていた。
特殊対策課の二人も現場に急いで向かっていたが、お互いが気が付かないまま彼らとすれ違っていた。
「なんか変な気配がした様な?」
「僕もしたが、光の柱の方向にかなりの人が集まっているな」
が、二人とも灰色の猫の魔術にすっかりとだまされているようだった。
◆◆◆
伸太郎と聖の二人は伸太郎の部屋へこっそりと入っていった。夕暮れ近いのにまだ家族は帰ってきていないようだった。
「それで、説明してくれるのよね?」
「……ごめん」
「え? 説明なし? やっぱり守り神様って話をしてはだめなのかな?」
「守り神様?」
「え? 違うの? うちには蛇神様を祀ってたみたいだし、この町の古くから続く家にはいるんじゃないの?」
「古くから……火野ってそうなのか?」
「あれ? なんか朱雀系じゃないのかな? 名前に火があるし……あ、でも家は新しいし……違うのかな?」
全く理解しきれていない伸太郎を他所に、聖のテンションが上がり変な雰囲気になっていく。灰色の猫はバレていると思っていたので疑問を思わず口に出して発音をする。
「その「守り神様」とはなんニャ?」
聖が灰色の猫を凝視した後、しばらく驚きのあまり固まってしまう。
「……え!? 喋った!」
「? その守り神様……蛇神様は話せないニャ?」
「話すと言うか、頭の中で会話する感じなんだけど……猫が喋った。口が動いてる……」
伸太郎は聖の呆けた顔を見ながら呆れた感じで頭だけだした状態の灰色の猫をスポーツバッグから取り出し抱きかかえる。灰色の猫は半目になった後、諦めた感じの表情になる。
「アシュレイ……」
「……ちょっと早とちりをしたみたいニャ」
「蛇神様も口で喋れたのかな……」
「聖よ、蛇神様とやらは私の様に触れるかニャ?」
「……触れないわ。ゆらゆらとしていて、先祖代々の蔵にあった石に巻き付いていたの」
「……この街ってすごかったんだな……陰陽師とかマジでいたのか……」
聖の返答内容に灰色の猫が考え込む。伸太郎と聖は先祖代々の蔵の話で盛り上がっていた。歴史的価値のあるものが大量にあったらしい。
灰色の猫がしばらく考えた後、聖に提案をする。
「ん~色々とおかしいニャ……聖、その蛇神様とやらを直接見てみたいのだけれども」
「え? いいよ。あ、でも蛇神様に許可得た方が良いのかな……ちょうど明日祝日だし……」
聖は灰色の猫が流暢に喋るのを不思議そうに見ながら今後のことを考えていた。すると玄関の扉が開く音がして母娘が一緒に帰って来る。
「ただいまぁ~つかれたぁ」
「……ただいま。あれ? 女の子の靴?」
「兄ぃ兄ぃ、もしかして彼女か?」
玄関の聖の靴をみて妙なテンションになる母と娘、その話し声を聞いていた聖は疑問を口にする。
「ねぇ、伸君、猫神様……アシュレイちゃんことはバレてるの?」
「ああ、なんか魔法かけて普通の猫に見えてるみたい」
「……それって……すごいね……あ、帰ったら蛇神様と話をしてみる。話っていうか、念じる感じなんだけど……連絡するね。……挨拶して帰るか……」
聖は少し緊張をした面持ちでバッグを持つと伸太郎と部屋を出て階段を降りていく。
「あら、聖ちゃん。帰りに来るなんて珍しい」
「こんばんわ、お邪魔してました」
「また来てね」
「はい、では~。じゃ、伸君、また明日」
「気をつけて」
珠稀はいつも通りに挨拶をしていたが、妹の紡希は聖をじっと見つめ、何かしらの違和感を感じていた様だった。
「母さん、聖って、由緒正しい古い家とか、そんな感じなの?」
「え? そうよ、杜里さんは五家だったんじゃないかな?」
「御家? そんなのあったのか……」
「それよりも……シンちゃんもなんかあったのかな? 今まで部屋に連れ込んでなかったのに」
伸太郎は割と鈍感だったが、母親の珠稀は明らかに二人がいかがわしいことをしていないかを疑っているのに気がついた。何時もと違い複雑な表情をしてた。
「え? あ、ちょっと先祖代々の蔵を見せてもらう話とかしてた……」
「……まぁ、いいでしょ。シンちゃんも年頃だし……ちゃんと避妊はするのよ?」
「……へ? ……あ、ちょっとまって、あ、違う、そう言う関係じゃ?!」
「……ごめんなさい、ママ、ちょっと汚れてた……」
珠稀は伸太郎が誤魔化していると思っていたが、伸太郎が本気で照れている姿を見て、まだ清い交際だと言うことに気がついて内心ほっと心をなでおろすのだった。
◆◆◆
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