第3話 裏山を満喫する猫
翌日の朝、伸太朗が灰色の猫に連れられて行くと、自宅のガレージへと案内された。
「え、なんでここ?」
「ちょうどよい場所だったニャ」
ちょうど父親が長期出張とやらで車が出払っていて空になっており、何もない空き倉庫のようになっていた。
「この家はどこもかしこも狭くて上手に魔法陣が描けなかったニャ、ここなら十分な広さがあったのニャ~♪」
「そ、そう……まぁ狭いよね……日本だし。(あれ? 父さんの車が戻ってきたらどうすればいいんだこれ?)」
「それにしても倉庫にしてはものが少ないのニャ、今は春なのかニャ?」
「う、うん? (言ってる意味がわからない……季節関係ある?)」
それから伸太郎は灰色の猫の指図どおりに魔法陣らしき文字が書かれた場所の中心に立つ。灰色の猫がなにやら唱え始めると薄っすらと光り輝いたと思ったら視界が歪み始める。
「うお!」
伸太朗の視界が強くぶれたかと思うと、一瞬にして伸太郎の視界が切り替わり、目の前には草原と森林が広がっていた。
「……あれだね。あれ、テレポートだ」
「あら? あまり驚かないのニャ。この世界にもあったかニャ?」
(あちらの世界だと、はじめはみんなびっくりして面白いのに)
「……無いけど、知ってると言うか、空想の世界の話ではあると言うか……想定の範囲と言うか……」
「変な話ねぇ、進んだ文明になると色々違うのかしら……ニャ」
伸太朗があたりを見回すと、遠くの方に見覚えのある街、そして自分が住んでいる家が点のように見える。どうやら神社がある裏山のどこかに来ているようだった。
「……すごいなに二キロ以上は飛んだのか……あ、でも沖縄も見えたし……魔法ってすごいな」
灰色の猫の目が魔法のせいか青く輝き、伸太朗の体に異常がないか確認するかのごとく隅々まで舐めるように見回す。興奮している伸太郎は灰色の猫の動きを全く気にしなかった。
(うーん……やはり黒いナニカがほとんど霧散しているわね…)
「それでどうニャ? 体調は悪くないかニャ?」
「え? もちろん……え? ここ、外だよな? 家みたいに身体が軽い……」
「うーん、やはり……」
伸太郎は家や学校以外では身体が重くなる症状が出るのが当たり前の日常だったが、普通に動ける状態に感動をしていた。同時に灰色の猫が魔法の力でなんとかしているのかと推測した。
「どういう事? なんか知ってる感じ?」
「お主様の「普通の人生を送りたい」という願いを私なりに検証中ニャ。やはりあの家、いや街になにかあるみたい、ニャ」
「じゃぁ、引っ越せば大丈夫ってこと……?(そんな簡単な……)」
「それはもうお主様の事が大好きな母親が試したのでしょ? 一瞬でここに移動したことによって、呪いなり何なりの力が貴方を探しきれていない感じね。ニャ」
伸太朗は灰色の猫の言った意味を理解できずに暫く呆けてしまう。
「大好きって……厳しい人だけど……え? 俺、呪われてたの?」
「……可能性の一つとして……ニャ。あ、そうそう、このあたりの草原に姿くらましの魔法と気そらしの魔法、魔法感知軽減の魔法、魔術障壁の魔法と呪いそらしの魔法をかけてあるからしばらくは大丈夫だと思うニャ」
「……なんかそれもすごいな、無敵な場所なのか? 猫なのに大魔法使い?」
「そうかもしれないわね……ニャ。さて、願い事を叶える検証を開始するニャ」
伸太朗はてっきり不運なだけかと思っていたのに、呪われていると知って不安になり若干気落ちをしていたが。魔法の検証の話を聞いて一気にテンションが戻ってくる。
「ああ、それなら大丈夫、色々考えてきた、この三日間」
「ニャ? 試験だったんじゃないかニャ?」
「……できるなら試験終わってから俺の前に来てほしかった……」
「それは……すまないニャ?」
伸太朗はボディバッグからたたんであったA4のメモを取り出し広げる。灰色の猫が興味深そうに空を漂い、伸太朗の肩にふわりと乗ってメモを一緒に眺める。
「ええっと、どれからやればいいんだ?」
「なんて書いてあるニャ? まだ完全にはこの世界の言葉は完全にはわからないニャ」
「え? 翻訳の魔法とか無いの?」
「翻訳する……よりも意思を伝達したほうが早いニャ」
「……なんか色々と制限がある「魔法」なんだな」
「翻訳するにはその言語を、魔法言語で登録しないとダメニャ~」
「……魔法ってプログラムなの??」
「プロ……ちょっと念じてほしいニャ。ああ、すごい、この世界の魔法ね! お父上の部屋にあったあれを使うとそうなるのね。あの理解しきれなかった本の山がそうなのね!」
伸太朗は会話を理解しきれなかったが、灰色の猫のテンションが急に上がり、嬉しそうなのを見てまぁいいかと思った。それと興奮すると灰色の猫の語尾にニャがつかないんだと理解した。
伸太朗はメモで簡単に実現できそうなものから選んで試してみることを決めた。
「じゃぁ、試しに、小さくなるとか大きくなる魔法……」
「? それが願い事になるのかニャ?」
「……検証したいって言ってたような?」
「ん~そうね。たしかにそう言ったわ。その魔法はありはするのだけれども……」
灰色の猫は若干渋りながらも魔法をかけてみると、伸太朗の身体が2割くらい小さくなったところで止まってしまう。
「お主様の願う力が弱いからかしらね……小人くらいにはなれるはずなんだけれども……」
「すげぇ……ちょっと小さくなったか……持ち物もちっちゃくなった? 変な感覚だ……じゃぁ、つぎは透明化?」
「……」
伸太郎の魔法の選択の仕方に若干呆れ顔になった灰色の猫が魔法をかけてみると、伸太朗の身体が2割くらい透けて向こうが見えるようになっていた。
「す、すごいけど、見えてるね、手も足も」
「……お主様は魔法でいたずらをしたいだけかニャ? 願い事ではなくて、ただ遊びたいだけに見えるニャ。願う力が弱すぎるニャ」
「……すごい願い事じゃないと魔法使えないの? 遊びたいも願いじゃないの?」
「うーん。私もこの世界の理をよくわかってないのよね……困っていることとかを願ってみるとか?」
伸太朗はメモから目を離し、暫く考えるがすぐに返答をする。
「困っている事か、この不幸体質を直してほしい……のはなんか難しいんだよな、あ、最近目が急に悪くなったから治したいとか、中学のときに膝を怪我して以来たまに動かなくなるから治したいとか? そんなんでもいいの?」
「いいじゃない、それなら強い願いっぽいわね。じゃぁ、目を治すのをやってみましょう。さて、お主様しっかりと願ってみるニャ! 強く願うニャ!」
伸太朗が仕切り直して目を閉じて強く念じてみる。2年ほど前、突然不幸体質になると同時に視力が極端に弱くなった。家族の同情する困ったような目、聖の申し訳なさそうに謝ってくる姿……友人達の心配する顔が記憶をよぎる。弱くなる前のしっかりと見える目に戻りたい……そう願ってみた。
「おお! これは……さっきより力がかなり強いニャ! これニャ!」
伸太郎の身体から発せられた青い光の粒子が灰色の猫に降り注いだ後、灰色の猫が何やら魔法の言葉を唱えると白く淡い光が伸太朗の目へと降り注ぐ……
「? あれ? いつもと違うニャ?」
「ん? 終わったの? ……え? なにこれ?」
伸太朗が目を開けると、何故かぼやけていたので慌ててメガネを外し拭こうとする。が、外すと突然よく見えるようになり、健康な時の視界になっていた。驚いて呆然としていたが、よく見えるようになった目の前には黒い靄がかかったり消えたりして視界を遮って鬱陶しい感じになっていた。
「どうしたニャ? いつもの様な手応えが無かったニャ。「生命の記憶戻し」の魔法を健康な人にかけた感じだったニャ」
「えっと、なんか……あれ、物凄くはっきり見えるんだけど……これは……目が治ったのは良いんだけど、なんか黒い雲みたいのが見えたり見えなかったり?」
「おお、一応効いていたの? って「それ」が見えるようになったのね。どう言うことかしら? 試しに自分の手足を見てみるニャ」
伸太朗が言われるがままに自分の手足を見てみると、薄っすらと身体から黒い雲のようなものが出たり入ったりしていた。特に以前怪我をした左足の膝に強くまとわりついている様だった。
「……これって何? 呪いが見えるようになったの?」
「呪いかもしれないナニカ……ニャ。どうやら私の使命はそれを治すことだったのかニャ?」
「……使命なんてあったの?」
「……突然、見ず知らずの人間に無料奉仕するわけが無いニャ……」
「それもそうだね……んでこの黒い……」
ガサッ!! ガサガサッ!!
グェ~グェ~グェ~!
突然木々の間から激しい物音が聞こえる。それと同時に鳥たちが数羽驚いたのか鳴きながら森から飛び立っていく。何かがかなりの速さで茂みの中を移動した感じの音だった。
「え、なに? 動物? 鹿? もしかして熊??」
伸太朗は突然の事に驚いていて辺りを見回していたが、灰色の猫は落ち着いた様子で耳をピンと立ててゆっくりと振り返る。
(獲物がかかったみたいね……後で様子を見に行くか……)
「ちょっと大きめの動物が罠の魔法に当たったみたいニャ。あ、ここには守りの魔法がかかっているからなるべく離れないで欲しいニャ」
「わ、わかった。魔法って便利なんだな……」
伸太朗は灰色の猫の落ち着き払った様子に安心し、自分にまとわりついた黒い靄を見てこれからどうしたものと考えるのだった。
◆◆◆
伸太朗達が魔法の実験をしていた数百メートル離れた森の中で、三人の人間が木の枝から垂れ下がったツルに両足を縛り上げられて逆さで宙吊りになっていた。そんな状態であったが二人と一人に分かれて対峙しているようだった。
「……テメエらか、最近コソコソこの街を嗅ぎ回ってた奴らは」
ウェーブパーマにハーフパンツと半袖のダボダボのシャツを着たラフな感じの壮年男性が手につけた数珠を落ちないように付け直しながら、若干怒気を含みながら二人に問いただした。ただし、お互い逆さ吊りの状態だったのでかなり間抜けな雰囲気になっていた。
「……フン。そんな無様な格好でイキられても困るな」
「先輩、どうしましょう顔バレしちゃった……殺ります?」
「ハァ……物騒な。妖退治じゃないんだ……それで、どうやって? この状態で何ができる?」
先輩と呼ばれた長身の短髪の青年は、山の中と言う場所に似つかわしくないスーツを着ていた。逆さ吊りにされる時に「不運」にも手持ちと背負っていた荷物が木の枝に「全部」引っ掛けられて「偶然」落ちてしまっていた。その事に気がついていない後輩女性の現状理解力の低さに溜息をつくのだった。
先輩の呆れた目線に気がついた女性は自分の体を弄り、手持ちの武器などが無いことに気がつき慌てだす。
「あ、あれ、いつの間に、ホルスターの留め具まで外れてる?? なんでっ?」
「よっこらせっと、ほい、ほいっと」
対峙していた壮年の男性は身体を折り曲げ、足のツタを手繰り寄せ腕力だけでツタを軽々と登っていく。とんでもない身体能力だった。
「あ! ちょ、ちょっと、先輩、なんか力がうまく入らないんですけど! あいつ登っちゃってますよ!」
「何だろうね、身体から気力や霊力的なものが持ってかれて行く様な感じだな……彼、すごい腕力だな。僕は力がはいらないや」
「先輩のもやしっ子! なんで諦めてるんですかっ!! ああっ、もう! 頭に血が登って頭がいたい!!」
諦めて脱力している男性と、体をよじりながら喚き散らす女性を尻目に壮年の男性はツタを登りきり、木の枝の上に腰を下ろすと足に絡みついたツタを器用に解いていきながら、まだ宙吊りになっている二人に声をかける。
「おい、お前ら、さっさと逃げねぇと、これを仕掛けた奴さんが来るんじゃないのか?」
二人は顔を見合わせた後、壮年の男性に怪訝な感じで質問をする。
「……え、これあなたが仕掛けたんじゃないの?」
「これだけの罠を作れる人間が自爆とは考えにくいな……さて、どうするか……」
(吊られただけじゃなくて、荷物も全部持ってかれているな、偶然じゃないよな……手持ちの道具は……)
カシャ! カシャ!
先に罠を抜け出た壮年の男性が手持ちのスマホで二人の写真を撮影する。画像を見て頭を掻きむしってイライラした感じでつぶやく。
「あ~くそ、なんか変な呪いをかけてやがるな? ノイズだらけだ」
「それは僕達では無いな……さっさと救援を出しておくか……ハァ、今回も依頼未達成だなぁ……」
先輩と言われた男性が腰に手を回し発煙筒のような物を発火させて地面に落とす。それを見ていた壮年の男性は一瞬考えた後スマホをしまって枝から降りようとする。
「……俺もさっさとお暇させてもらうよ……お互いのためにもこの街からさっさと出てくれる事を願うよ」
壮年の男性は発煙筒の煙を見て、二人の姿を再確認した後、何かをするでもなく静かに茂みの中に消えていった……
「あ、行っちゃった、降ろしてほしかったんですけど……」
「暫く耐えろ、すぐに救援が来る。とりあえず頭を上にしないとか……」
「今の私達じゃ無理ですね……頭痛い……」
◆◆◆
伸太郎は自分の体を確かめながら、体から時折出てくる黒い靄をつかもうとしていた。
「見えたところで何も出来ないんだね。さわれないし」
「お主様には祓う能力が無いから仕方が無いニャ」
「お祓い……いや、もうやってんだよね、色々なところに連れられてお祓いしたんだけど……」
伸太朗は両親に連れられて、近隣の神社や何やらよくわからないお屋敷でお祓いを試してみたり色々やった事を思い出していた。
伸太郎と灰色の猫はそれから足を治す魔法などを試してみたり、身体強化の魔法などを試してみたがどれも若干治った、若干強くなった? くらいであまり大きな変化は得られなかった。
「それにしても、よくわからない法則ニャ。お主様が強く願ったのは目を治したいと思った時だけみたいだったニャ。足を治す時は強く願わなかったのかニャ?」
「うーん、足はたまに動かなくなるんだけど、一応治っているからかな……目はほんと困ってたから、やっぱり深層心理で願わないとダメとか?」
「なるほど、命の危機にでもならないと力を発揮出来ないのね」
伸太郎は灰色の猫の目が一瞬キラリと光った気がした。
「……だからって、無理矢理命の危機を作らないでくれよ」
「願い事をかなえる人間がいなくなったら使命が果たせないニャ……ちょっと森が騒がしくなってきたニャ。一旦家に戻るニャ」
「え、もう? まだ夕方には早いから大丈夫じゃ?」
「こっちにも用事があるニャ。お主様は先に帰っているニャ」
灰色の猫は渋々と、まだ色々やりたい感じを醸し出している伸太郎を魔法陣の上に立たせて送還すると、捕獲した獲物達の方へと向かった。
◆◆◆
先程、木に宙吊りにされた二人が作業服を着た集団に救出され、事務的に聴き取りをされていた。
「特殊対策課のエースが見事にやられましたね。原始的な罠と呪術を組み合わせたものかな?」
「エースは止めてください……取り敢えず初めて見る仕掛けですね。スマホのカメラも上手く写らないとか言ってましたね。今は撮影できますね。やはり呪術か?」
先輩と呼ばれた男性が回収してもらったスマホを片手に動作を確認する。研究肌らしくその他にも色々と試しているようだった。作業服を着た職員が手元のメモを書きながら思い出したように質問をする。
「あ、顔見られたんですよね? 大丈夫ですか?」
「写真は出回らないとは思うけど、この姿はやめた方がいいね」
事務的な処理を淡々とする二人とは裏腹に、後輩女性と救出に当たっていた作業服を着た人間たちは不穏な周囲の空気にピリピリとしていた。
「あの、榊先輩、ここやっぱり危険なんじゃないですかね? 私、何にも感知できなかったし、それに至る所、妖だらけじゃないですか!」
つられていた女性の声に反応し、平静を保っていた作業員たちは若干挙動不審になりあたりを見回し始める。どうやら女性には普通は見えないものが見えることを作業員たちは知っている様だった。
「んな事言ってもなぁ……強力な祭具か呪具があるのは確定っぽいしなぁ……」
「ですねぇ。ここまでいろいろな力が渦巻いている場所は中々ないですからね。さ、報告書まとめて置いてくださいね。状況を聞くと始末書じゃなくて良いと思いますよ。榊さん。」
「……ありがとうございます……」
「丹地さんもですよ?」
「え? 私もですか? あ、そうですか、あざっす?」
そんなやりとりを灰色の猫は木の上の枝から隠れながら様子をうかがっていた。
(サイグにジュグ……この世界のお宝を奪い合っているのかしら? 聞いた事のない、あちらの世界にない単語はよくわからないわね。意思伝達の魔法にも限界が……帰ったら色々と調べてテストしないとダメね)
灰色の猫は色々と調査を続ける人間たちを注意深く観察し続けていた。
◆◆◆
(まだ帰ってこないかぁ……)
伸太郎は自分の部屋でたまっていた宿題を片付けていた。灰色の猫が帰ってくる前にできるだけ進めて全部を終わらせてしまおうと言う意気込みが感じられた。
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
スマホの着信音に気が付きメッセージを何気なく見てみる。
(あ、拓海か……いつも誘ってくれるのはありがたいんだけどなぁ……)
中学時代の友人の拓海からの明日のサッカーの誘いだった。彼が膝を怪我してからも定期的に誘ってくれている感じだった。ふと、伸太郎は自分の膝を見てみると、黒いモヤの様なものが若干まとわりついていたり、消えたりしているのがわかった。
(あれ? これを……これを抑えることを猫に頼んだら……もしかしたら久々にサッカーをまともにできる?)
伸太郎はしばし考えると、勢いよく宿題を一気に片付け始めた。
◆◆◆
伸太郎の母親の珠稀は突然の出来事に固まって動けなくなっていた。
「あら、奥さん、お出迎えありがとう。お掃除ご苦労さま」
開いたままの扉を閉めるついでに汚くなっていたガレージを掃除していたら突然地面が光り、この世界の結界に護られているはずのこの家に灰色の猫が突然現れたからだった。
優雅に彼女のことを気にもとめない感じでスタスタと歩いていく灰色の猫に呆気にとられていると、ゴミ袋を持った妹の紡希とばったりとかち合う。
「……あ、猫ちゃん、やっぱり家に居着くの?」
「この家と言うより伸太郎に用事があるのニャ」
「うーん。やっぱり邪気みたいのは感じられないなぁ……ママ、大丈夫だと思うんだけど……」
緊張の面持ちの珠稀が脱力をして諦めたかのように答える。
「……どちらにしろその子が本気なら私達ではどうにもならないわ……」
「……理解が早くてありがたいわね。姿を消すのも疲れるから、普通の猫と同じように扱って頂戴ニャ」
珠稀が渋々とした感じで了承をする。
「……わかったわ……」
「普通の猫として? 本当にいいの?」
頭痛がしそうな感じの表情の母親とは対照的に、とても嬉しそうな満面の笑みを浮かべる妹だった。その表情の差に灰色の猫は若干たじろいた。
◆◆◆
(結局戻ってこなかったな……)
「伸太朗~ご飯できたわよ~」
伸太郎が大量のたまっていた宿題を片付けていると、夕ご飯の準備が出来てきたと母親の呼びかけがありリビングへと降りていく。
「え? どうなってんの?」
扉を開けると、そこには猫のおもちゃとたわむれる灰色の猫と、妹の紡希が楽しそうに猫じゃらしを振って遊んでいた。
「あ、えっと? 猫?」
「あ、兄ぃ兄ぃ」
「……楽しそうで何より?」
満面の笑みで振り返る妹を見て伸太郎の頭が混乱する。
(猫さんや? なんで普通の猫みたいになってるの?)
(これが、面白くて……ストレスが飛んでいくニャ!)
動物の本能を刺激するのか、灰色の猫が勢いよく猫じゃらしに飛びつき激しく遊び続ける。
「ツムちゃん、そのへんにして、ご飯よ」
「はーい」
人間用のご飯だけでなく、いつの間にか用意された猫皿にウェット型キャットフードを盛っていく。普通の猫のように灰色の猫がおいしそうに食べ始める。
(……キャットフード食べてるし……)
(大変美味しく感じるニャ~この世界の食べ物は美味しいニャ!)
伸太郎は状況について行けずに呆然と立ち尽くしてしまう。母娘は何事もなかったかの様に椅子に座り伸太郎を見る。
「ええっと?」
「猫を飼うなら、事前に相談しなさい。餌もなければトイレも用意していないんだから」
「そうだよー、さっきママと一緒に買いに行ったんだから。水も重要なんだから!」
「いつの間に……」
(猫が魅了する魔法を使ったのか? まぁ、いいか。隠すの面倒だったし……)
「んで、兄ィ兄ぃ、この猫ちゃんの名前は?」
「……え?」
「あなた、えーっと、聞いて……じゃなかった。まだ付けてなかったの?」
「あ、えーっと、そうだね。つけてなかった」
疑わしそうな表情、いや、かなり真面目な表情で伸太朗を見てくる母娘に若干たじろぎながらも、灰色の猫を見ながら思いついた名前を適当に上げてみる。
「灰色だから……アッシュ?」
「それじゃ燃えた方の灰になっちゃうわよ? それに男の子っぽいし」
(あ、そうかメスか……)
「んじゃ、グレイとか?」
「兄ぃ、それ宇宙人っぽいよ?」
「……んじゃ……足してアシュレイ?」
「いい加減ね……」
「なんかそれっぽいからいいんじゃないかな?……んと、ちょっとググったけど、変な名前ではないみたいね。ゲームのキャラクターいるみたいだけどいいんじゃない?」
母親が話を聞きながら、若干挙動不審気味にチラチラと灰色の猫を見るが、おおらか過ぎる伸太郎は、演技臭い家族の様子に気が付かないのだった。
◆◆◆
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