28 ボリス・ポポフスキー

 その部屋は実に質素で慎ましいとしか、例えようがなかった。

 小ぢんまりとしていると言えば、聞こえはいい。

 立派な外構えの屋敷から、全く想像が出来ない執務室である。

 これが現役の議員議長ボリス・ポポフスキーの執務室なのだ。

 立法機関の長であり、公国における影の実力者の一人と目される男の部屋にしては拍子抜けする者が多いだろう。


が私を訪ねてくるとは珍しいと思ったら、これまた珍しいお客様と御一緒のようで」

「嫌味かい?」

「いえ。滅相もない」


 三人の女と一人の男が和やかとは言い難い様子で対峙している。

 対峙すると言うのはいささか、語弊がある。

 一触即発といった雰囲気はまるでない。


 眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべる中年の男性――これがボリスである。

 熊と呼ばれたマクシムの息子だけに上背があり、体格のいい男だ。

 まさに見上げるような大男といった風体だが、困惑の色を浮かべてはいても人の良さが滲み出ていた。


 一方の三人の女は三者三様である。


 ボリスの養い親にして、公女姉妹をここまで案内する羽目になったリュドミラは、どこか不機嫌そうな顔を隠そうともしない。

 それは彼女が誤解される要因の一つともなっていたが、今日の不機嫌さはこれまでになく、荒ぶると形容するのがいっそ、ふさわしい。

 不本意な形で義息子と会うことになった自分自身を許せない思いが強かった。


 アナスタシアはいつになく、落ち着き払った様子である。

 彼女は知らなかった。

 姉を利用し、我が身を守ることに精一杯で何も見えていなかった己の不甲斐なさを恥じた。

 贈り物ギフトである『先読み』の力を授かった理由は、姉に贖罪せよと神が望んでいるのに違いないと考えるに至った。

 だが、実のところ、彼女はあまりに深く考えすぎな点が否めない。


 実は贈り物ギフトにそこまで深い意味はなかった。

 人間の中に眠る潜在的な能力が引き出されただけに過ぎず、何らかの意味を持たせたがるのが複雑な感情を有して、生命活動を続ける人間の面白い点でもある。

 アナスタシアの場合、姉に対する罪悪感がそうさせているのだとも言える。


 そして、スヴェトラーナである。

 悠然と微笑むさまはさながら、聖母のようにも見えた。

 落ち着いていると一点だけを捉えるのならば、アナスタシアと変わらないように見えるが彼女との大きな違いがある。

 それは覚悟と余裕の差と言うべきものだ。


「ポポフスキー議長。わたくし達はあなたにとても素晴らしい提案をすべく、やってきた次第ですのよ?」


 スヴェトラーナはそう言うとどこからか、取り出した羽扇子で口許を隠した。

 誠に淑女の鑑と言うべき、非の打ち所の無い優雅な所作である。


 ボリスの困惑した表情は変わらない。

 気恥ずかしさを隠そうとするかのように髪を軽く、搔き毟る。

 ただ、それだけである。

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