26 真実

「でも、継母ジーナを一味に入れるのは少しばかり、酷なことかもしれません。あの人は何も考えていない。ただ、自分が望む通りに生きているだけ」


 話を続けるスヴェトラーナはそこで再び、軽く息を吐き、一呼吸を入れる。

 不気味に感じられるのは強い口調で熱量の籠った喋り方をしているのにも関わらず、彼女の瞳に一切の感情の色が浮かんでいないことだ。


「この国を影からではなく、実際に己の意のままに動かしたい。そう画策した奸物マルコヴィチにとって、美しく自由奔放な娘ほど御しやすいものはなかったのでしょう。それから、どうなったのかは……」


 スヴェトラーナはまたも一度、言葉を止める。

 やや芝居がかった動作ではあるが、リュドミラとアナスタシアは固唾を飲んで見守っているだけだ。

 無意識のうちに今、口を挟むべきではないとの思いが二人の共通認識となっていた。


「ジーナはの胤を仕込んだまま、憐れな生贄ボリスの花嫁となり、ある女の子を産みました」


 スヴェトラーナの口許が緩やかな弧を描く。

 その様子はあまりに酷薄で美しくも恐ろしい。

 リュドミラですら、心無し顔が青褪めていた。


「それがナターリヤ・ポポフスキー。マルコヴィチの孫娘。ボリスとジーナの娘。でも、本当の父親は……プラトン。そうです。一歳年上のあのナターリヤがわたくしとアナスタシアの!」

「まさか、そんなことが許されるのかい……」


 さして信心深くないリュドミラが十字を切り、天に祈る。

 アナスタシアに至っては両手で肩を押さえ、がたがたと傍目にもはっきりと分かるほどに震えていた。


 ヴェロニカはスヴェトラーナとアナスタシアと同じ、濡れ羽色の髪と黒曜石のような瞳の持ち主である。

 プラトンは豪奢な金髪でありながら、ヴェロニカに似た黒曜石を思わせる瞳を持っている。

 それが王配に選ばれた理由でもあった。

 ボリスはブルネットに翡翠色の瞳をしており、ジーナはブロンドに空色の瞳である。

 ところがナターリヤは金色の髪に黒曜石の如き、瞳の持ち主。

 ボリスに似たところなど、どこにもなかった。


「それが許されるのがこの国なのです、リュドミラ。そして、母に毒を盛り、亡き者にした後、後添えとしてジーナを迎えた。ボリスにはジーナとの離婚と引き換えに現議長の地位を約束した。秘密を知る者は須らく、ました。彼らは、フィナーレとしたいのでしょう」

「その法案って、まさか?」


 スヴェトラーナは肩を窄め、天を仰ぐ仕草をしてみせた。

 それが全てを物語っている。

 リュドミラは「なんてこったい」と再び、天を仰いだ。


「プラトンの血を引く、わたくし達の異母弟をリューリクの正統な後継者として、王位に就ける。その為の法案ですわ」


 この全てはスヴェトラーナの無限なる図書館インフィニトゥム・ビブリテオカに所蔵されていたに書かれていた。

 それらを読み漁り、一言一句間違えることなく覚えたスヴェトラーナはリューリクに蔓延る諸悪を理解した。

 ヒロインはジーナ。

 ヴェロニカは悪女であり、ヒーローはプラトン。

 彼らの中に己の所業が悪行であるとの認識はまるでない。

 事が明るみに出るとは露にも思っていない。

 あからさまにまずいと思われる事柄こそ、証拠を隠滅すべく動いたがそれは人的な要素に限られている。

 物的な物は消されずに残っていた。

 土葬されたヴェロニカの遺体とナターリヤという明らかな不貞の証拠があるのだ。

 DNAの照合精度は非常に高く、言い逃れが出来ない。


「だから、リュドミラ。貴女に頼みたいことがあるのです」


 口許に酷薄な笑みを浮かべ、スヴェトラーナはそう言った。

 まるで地獄の底から響くような低く、恐ろしい声で……。

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