3 第二公女アナスタシア①呪われた公女
アナスタシアは姉のスヴェトラーナと同じ濡れ羽色の髪と不思議な発色をする瞳を持つ美しき公女である。
美貌に恵まれた両親に似たのか、容貌は非常に整っていた。
性格も朗らかで飾らないお陰で友人にも恵まれている。
だが、アナスタシアは不運の女神にでも憑りつかれているかのように不幸な身の上を生きてきた少女である。
生まれながらにして第一公女スヴェトラーナに続き、今回も娘ということで大いに落胆された。
そればかりか、母である公王ヴェロニカが産褥で儚くなった。
アナスタシアを産んだせいでと面と向かって言う者は誰もいない。
しかし、口に出さないだけで人々の態度と視線がそれを物語っていた。
守ってくれるはずの父プラトンは王配といった微妙な立場にありながらもヴェロニカ崩御後、すぐに継室ジーナを迎えた。
守るどころか、あからさまに邪険な扱いをしないだけで姉のスヴェトラーナと同様に冷遇した。
アナスタシア誕生の翌年、ジーナが男子であるエドアルトを産んだことでその立場はさらに悪くなった。
そんなアナスタシアにとって、唯一無二の味方であり、常に傍にいた存在がスヴェトラーナだった。
東欧の黒真珠と称えられた美貌の母ヴェロニカと瓜二つの容姿を受け継いだ姉妹だが、性格面は全くと言っていいほどに似ていない。
生来の気の弱さが影響し、臆病で周囲の目を気にしがちな性質で垂れ目のスヴェトラーナを見て、育ったアナスタシアは姉のようにはなるまいと固く、心に誓ったからだ。
スヴェトラーナは同じ境遇にある妹を一心に愛したが、アナスタシアは必ずしもそうではなかったのである。
アナスタシアは姉を人身御供とすることで己の保身を図った。
どちらかと言えば、愚鈍で鈍いところがあるスヴェトラーナはスケープゴートに最適だったと言えよう。
姉の影に隠れるどころか、姉を犠牲にすることでアナスタシアはうまく立ち回って、生きてきた。
スヴェトラーナが人知れぬ壮絶な嫌がらせと苛めを受けていても見て見ぬ振りをする。
アナスタシアが巧妙なのは人の目があるところでは見て見ぬ振りをしていながら、スヴェトラーナと二人きりになると彼女のことをしきりに慮る発言と行動を取った点である。
アナスタシアは姉を利用しているに過ぎない。
だが、自分のことを心配してくれる
そんな生き方をしてきたアナスタシアにさらなる不幸が訪れようとは彼女自身も思っていなかったことだろう。
ある日、友人に教えられた世界規模のSNSを見たアナスタシアは衝撃を受ける。
そして、世界的な人気を持つ『歌姫』の
リューリク公国を取り巻く状況は複雑であり、陸路でなければ、新たな情報源が入手出来ない。
北西に位置する大都市サンクトペテルブルクがその唯一の窓口と言ってもいい。
ただし、それはあくまで目に見えて、運べるものだけである。
公国の地はかつてIT大国としても知られていた。
その名残は未だに消えておらず、チェルノボーグが猛威を振るおうともネットワークは健在だった。
いくら冷遇された公女といえどもその恩恵は受けていた。
ネットワークを介して得た情報がまさか、さらに己を不運へと導くとは知らずに見てしまった。
「え? これって……」
アナスタシアは目の前に広がった光景をにわかに信じられなかった。
十分前、白昼夢にしてはえらくはっきりと見えた光景がそのまま、繰り広げられていたからだ。
夢で見たのはスヴェトラーナが階段から、突き落とされ足を怪我する光景だった。
スヴェトラーナは右足を負傷し、膝頭を擦りむいている。
じわじわと滲む血の色までもがはっきりと脳裏に焼き付いていた。
そして、今、スヴェトラーナは右膝を負傷し、出血していたのである。
これが一度きりであれば、単なる偶然と一笑に付すことが出来ただろう。
ところがそうではなかった。
この現象はアナスタシアの身に何度も起きたのでさすがにおかしいと彼女も考え始めた。
周囲の友人に相談しても笑って、ごまかされるだけだった。
常に味方になってくれたスヴェトラーナさえも信じなかった。
それもそのはず。
アナスタシアに発現した不思議な現象は彼女が潜在していた権能が花開いたのだから。
それが『カサンドラの呪い』と呼ばれる予知能力だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます