捨参 バドの秘密①

 コーネリアスは疲れていた。

 バドに対して、疑念を抱いている訳ではなかった。

 ただ、腑に落ちない点があるとどうにも気になってならない性分なだけである。


 これは前世の光汰の時から、彼に備わっていた気質に近い。

 そのせいで随分と損もしていた。

 見過ごせない事案があると抗議せずにはいられない。

 己が正しいと思う道を迷わず、突き進もうとする一面は時に彼にとって、不利益に働くことがあった。


 前世ではそのあおりを大いに受けている。

 上司である課長に盾突く態度をとったと見られ、かなり損な役回りをさせられた。

 コーネリアスがぼんやりと覚えている己の最期は靄がかかったようにはっきりとしていない。

 恐らく、自動車事故に巻き込まれたのという憶測の息を出ていないのだ。

 あの時、一緒に居た後輩の新入社員は無事だったのか、それだけが気がかりだった。


 そのようなことを考えながら、悄然としない気分でコーネリアスは浴室に向かった。

 集中する必要はないものの考え事をしながら、ぼやっと行くべきではなかったと後悔しても後悔先に立たずである。


 浴室の扉を開くと紫水晶アメジストの如く、心まで見通す瞳としっかりと目が合ってしまう。

 脱衣場で今まさに服を着ようとしていたバドだった。


(あれ? 肌が……)


 バドの肌はシニストラよりも濃く、泥のような色合いをしていたはず。

 コーネリアスは反芻するように頭の中でその肌の色を思い出す。


 ところがどうだ。

 今、目の前でアメジストの瞳を大きく見開いたまま、固まっているバドの肌は抜けるように白い。

 雪の如し肌と言っても過言ではないくらいに透き通る白さだった。


 銀糸のような髪とあいまって、バドの美しさが際立って見えた。

 だが、そうではない違和感がコーネリアスの中に芽生えていた。


(きれいな胸だな。膨らみかけているような……おや? 膨らみかける?)


 バドが悲鳴を上げようとするのよりもコーネリアスが動く方が一足早かった。

 すんでのところでバドの口を押え、広くはない屋敷に金切り声が広まるのを阻止したコーネリアスだが、冷静に考えると今の状況がとんでもなく己に不利であることに気付いた。


「バド。落ち着いてくれ」

「んぐ! んがんぐぐ」


 どの口がそう言うのだとコーネリアス自身も思わなくもなかったが、そうでも言わなければ、己の立場がない。

 誰が見ても後ろ指を指されるのは自分の方であると分からないコーネリアスではなかった。


「ゆっくりと呼吸をして。まずは落ち着こう」


 それは自分に対して、言っているのだとコーネリアスは心の中で自嘲するしかない。

 バドがきれいな顔だとは常々、思っていた。

 同性なのにそのような気持ちを抱く、自分が少し、おかしくなったのかと考えたことさえあった。

 それがまさか、彼ではなく彼女だった。

 女の子だったとは思ってもいなかったコーネリアスである。


 「あっちを向いてなさいよ!」とやや目を吊り上げながらもバドも事を荒立てたくないのだろう。

 それ以上、追及することもなく、大声を出すこともなかった。

 コーネリアスは彼女が着替えている間、律儀に瞼を閉じて待っていた。


 しかし、瞼を閉じようともバドの白い肌と胸が脳裏に焼き付き、離れない。

 前世の光汰だった時分、恋らしい恋をしたことがなかったコーネリアスは己の気持ちが分からず、惑っていた。

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