拾 流浪の騎士
そして、にわかに藪が騒がしい音を立てたかと思うと大男がひょっこりと顔を覗かせた。
実にのっそりとした様子で藪から、出てきた男の装いに気付かぬコーネリアスではない。
すでに落ち着きは取り戻している。
持ち前の観察眼の鋭さも健在であれば、常人では気が付かない点にも目を光らせる。
それがコーネリアスだった。
「もう大丈夫だ」
野太い声で大男はそう言うと
藪の子はどうするべきか、考えあぐねているようだった。
コーネリアスと繋いだ手はそのままにどうすればいいのか、逡巡していた。
「あの……差し出がましい申し出かもしれませんが……」
コーネリアスは一か八かの賭けに出た。
大男のマントには僅かばかりとはいえ、返り血と思しき汚れが増えていた。
激しい音の数々は何らかの戦闘行為が行われたとみて、間違いないと推理した。
男の動きがややのっそりとしていたのもその戦闘で怪我をした可能性が高いと踏んだ。
片足が十分に動いていない証左に違いないと考えた。
そこでとても九歳児とは思えないことを言ってみる賭けに出たのだ。
「僕はこの村の代官の息子です。命を救っていただいたお礼に
沈黙の時が流れる。
聞こえるのは風でそよぐ枝の鳴らす葉の音だけ。
沈黙を破ったのは豪快な大男の笑い声だった。
「わっはははは。坊主。中々、やるな。お主は賢いようだ。それでいて肝も据わっている」
実に愉快と言わんばかりに体を揺らし、笑う大男につられたかのようにコーネリアスも愛想笑いをしていた。
悲しきことにブラック企業で鍛えられたがゆえ、身についた嫌な癖である。
「お主、名は何と言う?」
「僕は……コーネリアス・ストンパディです」
大男の目は澄んでいる。
荒事を嗜む男にしては信じられないくらいに真っ直ぐでありながら、猛獣の如き、勇猛さを備えているとコーネリアスは感じていた。
素直に名乗る必要は本来、ないのだがなぜか、そうしなくてはいけないと思ったのだ。
「拙者はシニストラ。しがない放浪騎士さ」
姓を名乗らないということは貴族やそれに準じる者ではないのだろうか? とコーネリアスは首を傾げた。
それにしては男の所作はこなれているように感じた。
身なりも流浪の無名の者とはとても思えない。
コーネリアスは困ったことになったと今更のように後悔し始めていた。
しかし、手を繋いだ藪の子は既に友人とでも言うように人懐こい笑顔を浮かべている。
シニストラと名乗った男も人好きのする笑顔を浮かべている。
今更、招待を無かったことにして欲しいと言える空気ではとてもなかった。
この時、神ならぬ身であるコーネリアスは知らなかった。
シニストラと名乗った流浪の騎士が、成長した自分に仕える股肱の臣となることを……。
彼が石田三成に仕えた島左近清興であることを……。
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