肆 ジャクソンの病

 コーネリアスは思う。

 光汰だった頃は家族が父親の光也しかいなかった。

 光也は見た目以外は驚くほどに今世の父トマスに似ている。

 家族思いの優しく、いい父親であるのも変わらない。


 しかし、今世と前世に決定的な違いがある。

 母親と兄姉の存在だった。

 光汰が出来るだけ、孤独を感じないようにと光也は並々ならぬ苦労が影にあったのだが、それでも限界はある。

 それがない。

 コーネリアスは常に優しく、愛に満ちた視線で見守られていた。


 コーネリアスだけではなく、弟妹にとって長兄ジャクソンの存在は非常に大きなウェイトを占めている。

 時には親代わりとなる面倒見のいい長兄にどれだけ、助けられているのか分からないほどに……。

 コーネリアスもジャクソンには大恩を受けている。

 もし、メーベルがジャクソンを呼んでいなければ。

 ジャクソンがいなかったならば。

 コーネリアスは恐らく、既にこの世になかっただろう。


(でも、にいさんがなんでしんだのかはかいてなかったんだよなあ)


 いくら思い出そうとしても思い出せない。

 石田家の長男・弥治郎が十七から十八の年齢で死んだと記述されている一節しか思い出せない。

 これでは兄を助けようにも助ける術を見いだせないではないか。

 コーネリアスは激しく、憤る。

 そして、思い至った。


(だったら、じぶんでさがすしかない。にいさんはびょうきでりょうようちゅうなんだ。これはつまり、かなりやばいってことだな)


 ジャクソンが何らかの病を得て、実家に戻っているのは誰の目にも明らかだった。

 彼が療養中だったからこそ、コーネリアスは救われたのだから、それもまた運命であると言えよう。


「あにうえ。おかげんはいかがですか?」


 床に臥せていたジャクソンはとても五歳児とは思えない切り口上で現れた末っ子コーネリアスの姿に特に驚くこともない。

 十八になる年を迎え、少年から大人の男へと成長する狭間にいたことも大きい。

 ジャクソンは元々、落ち着いた子供だった。

 年齢の割に大人びたところがあり、達観しているのではなく、諦観しているとも捉えられる厭世的な空気を持っていた。

 それでも幼い弟や妹に対しては誰よりも優しく接しようとする人柄の持ち主である。


「ああ。悪くないよ」


 そう答えたジャクソンの唇が僅かに腫れあがっている。

 それに気付かないコーネリアスではない。

 これはおかしいと直感が働いた。

 普通の病気ではないと推理するのは容易なことでもあった。


「あにうえ。かおいろがよくありません。ちょっと、おてをみせてくれませんか?」

「あ、ああ」


 コーネリアスは小さな体でよっころしょとベッドの脇にある椅子によじ登るとジャクソンの利き手である右手を手に取った。

 剣の修行で節くれだった手はごつごつしており、お世辞にも触り心地がいいものではなかったがコーネリアスは掌から感じる温かみにどことなく、安心感を抱いていた。

 そして、気付いた。

 スプーンを握る際、スプーンと接した部分が尽く、赤く変色している。


「あにうえ。おひるはすうぷでしたか?」

「その方が喉を通りやすいだろうとばあやがね」

「なるほど、なるほど。ぜんぶはおのみにならなかった。あってますか?」

「その通りだよ。なぜ、分かったのかな」


 コーネリアスの推理は推察から、確信に変わった瞬間である。

 光汰に備わっている医学的な知識はそれほど高くない。

 専門的な知識や技術を身に着けている訳ではなく、一般的な雑学として身に着けているだけのものだ。

 それでも十分だった。


(まちがいない。にいさんのこのしょうじょう。わかったぞ)

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