第41話 夜襲
虫の音も聞こえなくなり瞬く星の音さえ聞こえるかと思うほど静かな夜。
見張りをしていたラウルは小さな物音を耳にした。焚き火のはぜる音ではない。それは小枝の折れる音。森の木々の向こう、闇の中から聞こえてきた。
張り詰めた気配が肌に触れる。
(獣か、敵か)
人であれ何であれ、焚き火を囲むこちらの姿は闇の中からよく見えているだろう。
ラウルは耳と肌の感覚に意識を集中させながら夜空を見上げる。
何気なく眺めているように見せながら、垂らした手でそっとロンダルの肩に触れた。そしてぎゅっと握る。
目を開けたロンダルは「交代か」とも「どうした」とも聞かなかった。こちらへ目を向けず声もかけないラウルの様子から、横になったままロンダルも耳を澄ませた。
四方から気配を感じる。
(何かわからないが、囲まれたか)
ロンダルはそう思いながら寝返りを打った。
焚き火を背にロンダルへ体を向けてルゥイが寝ている。彼女と向かい合う形になって、取り囲む敵から死角になっている手でルゥイを起こした。彼女が起き上がる前に口を押さえ、立てた指を自分の口に当てて見せる。
ルゥイがダリルを、ダリルがルークスを起こす。
パチッ
小枝の折れる音が合図だったかと思うタイミングで静けさは破られた。
四方から
「シノッシーファ!」
ルゥイの声が闇を駆け、呪文と同時に焚き火が大きな炎となって立ち昇った。
「をぉッ!」
炎に気圧されて襲ってきた男たちが一瞬動きを止める。間髪入れずシリウスたち騎士は勢いよく立ち上がり被っていた布を放り投げた。
舞った布は敵の視界を隠し、ある者は布に顔を覆われて隙が生まれる。その間に騎士たちは体勢を整えた。
剣のぶつかり合う金属音が響き、ランシャルとコンラッドは驚いて飛び起きた。
ルゥイの詠唱は続き、空中に浮かんだ薪が炎のシャンデリアとなって辺りを照らし出している。
「うわぁ!」
「えぇ!? なに!?」
敵は十数人だろうか。
四方八方から響く剣の音にランシャルとコンラッドは逃げ場を見つけられず立ち尽くす。
敵も味方も炎に照らされて
剣の刃が
「こっち!」
わずかな隙を見つけてルゥイがランシャルの腕を引く。襲い来る剣をルゥイの剣が弾き、ロンダルが即座に援護に回る。
大木を背にロンダルとルゥイに守られてランシャルとコンラッドは仲間が無事かと目を走らせた。
走って上がった息でルゥイは呪文を唱え続けている。
敵の数はさほど減ってはいない。互角か、いや、騎士がわずかに勝っている。
1人斬り倒したシリウスへ地面にあった布が蹴りあげられる。シリウスは回転し背で布を受けて目の前の敵へ剣を繰り出す。
「くっ!」
敵はかろうじて飛び退いた。しかし、胸元の服は真一文字に裂け地肌に赤い線が描かれていた。
シリウスの剣先に付いた血が
「やりやがったな!」
髭に覆われた口から怒声を吐いて男が切りかかる。一撃目を交わし二撃目を弾いて、力強い攻撃にシリウスは軽やかな動きで対応した。
ラウルはそつなく動き、ルークスとダリルは少々圧されながらも1人また1人と撃退していく。
「引けッ!」
敵のリーダーらしき声が響いて潮が引くような素早さで敵が退いていく。
「深追いするな」
勢い止まらず追いかけようとするダリルをシリウスが止めた。
「怪我はないか?」
皆が頷く。ルークスの頬に短い切り傷がついた以外に大きな怪我はなかった。
ほっと息をつきかけた時、
「ん!?」
ランシャルの腰でウルブの剣がかすかな音を立てて震えた。触れてもいないないのに剣が仄かに光っている。
「近いぞ」
シリウスとロンダルが同時にそう言った。
「魔物か妖魔か!?」
ルークスが周りに目を走らせる。
ウルブの剣は振動と光で魔が近づいたことを知らせる。剣の特性を全員が共有していた。
「あいつら魔物とつるんでるのか?」
ダリルの言葉にロンダルが小さく首をかしげる。
「間が空きすぎる」
木から馬の手綱をほどき周囲に気を配る。馬たちは背を痙攣させて落ち着かず、足踏みをしていた。
地面に倒れて呻く男の声に混じって含み笑う声が聞こえていた。
「・・・・・・なに?」
震える声でルゥイが言った。
得体の知れぬ何者かが肌を粟立たせる。
ルゥイは黙り、薪は地面で燃えている。
先程と比べると闇の増した森の中に、耳障りな笑い声がきぃきぃと響き、ランシャルとコンラッドは互いの腕にしがみついた。
「この笑い声って・・・・・・」
聞き覚えのある甲高い嫌な笑い声に、ランシャルは思わず身震いをする。
「あぁ、なんと
声がしたとたん闇の中に金の猫目がぱぱぱっと見開かれた。光の届かぬ暗闇で目だけがいくつも光っている。
「たぎった血の匂いを嗅ぐと心が沸き立つよ」
そう言った者の目がすっと細くなった。
「人語を使うお前は何だ?」
「何だだと? 何者と言ってほしいものだ」
シリウスの問いにねばつく声が返ってきた。
「印を持つ者よ。私を忘れてはいないだろう?」
声の主が光へ近づいてその姿が闇から浮かび上がる。
「あっ!」
ランシャルとコンラッドの背筋に悪寒が走った。
「お前!」
「森で会った妖魔!」
妖魔はくつくつと笑ってランシャルに切られた膜の部分をなでた。
「傷は完全に癒えた。とびきりの
ランシャルは左肩に触れた。
見ることもできず手を伸ばしても感触のない印。あることすら忘れていた王印の存在をいま思い出す。
「ああ、私にはわかるよ。私の体が印を感じてる」
舐めるような視線がランシャルに絡む。
妖魔の背後からきぃきぃと耳に痛い声がざわつくのがわかった。
「今日は私の友達も誘ってきたんだ。みんな楽しみにしてる」
金色の猫目がすいと細くなる。
「筋肉質の人間はあまり好みではないが、みんなで美味しく食べてあげるから安心して」
妖魔が合図を出すと背後にいた4体の妖魔が姿を現した。
「それでは始めようか」
真っ赤な唇の上を長い舌が這う。
酔ったような笑顔で妖魔が片手を上げ、こちらを指した。
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