第33話 癒しの力

「旅の方々、こちらにいらっしゃったのですね」


 ふいに声が降ってきて全員の目がそちらへと向いた。

 館の外階段に女の人が立っている。はつらつとした声は彼女のものだろう。彼女はランシャルより少し年上に見えた。


「お嬢様かな?」


 耳元でささやいたコンラッドにランシャルが頷く。


「温かい飲み物をご用意しました。中でお茶などいかがですか?」


 白い石段を駆け下りてきた彼女は、少し弾んだ息を整えてからそう言った。


「それはどうも有り難うございます」


 ロンダルが丁寧に応じる。


「素晴らしいお庭ですね。見惚れてしまいました」


 そう言ったルークスが慣れた所作でお辞儀をして、その半歩後ろでラウルとダリルも頭を下げる。ランシャルとコンラッドも彼らに習ってお辞儀をした。


 ランシャルがちらりとルゥイを見上げると、彼女の口が「上出来よ」と動いてランシャルは頭を戻した。


「楽しんでいただけて嬉しいです」


 くったくない笑顔に彼女の素直さが感じられる。


「塀に囲まれた古めかしく堅物そうな館ですから、少しは心和らぐものを・・・・・・と思って花を多く植えているんですよ」


 花へ向ける彼女の瞳は愛しそうに煌めいていた。


「都の方々だと耳にしました。私に都の話を聞かせてもらえませんか?」


 彼女は16か17歳だろうか。華やかさに憧れる年頃特有の、弾むような気配がしている。


「お父様はなにかと理由をつけて都へ連れて行ってくださらないので、まだ1度も行ったことがないんです」


 彼女の後ろでお供が咳払いをした。


「あっ、すみません。挨拶を忘れてましたね」


 はにかむ彼女の頬が桜色に染まって、ランシャルとコンラッドの頬も少し赤らむ。


「私はハウンディー・ハグルドの娘、シシリーと申します」


 改めて挨拶を交わし、互いの緊張もほどけて場がなごむ。


「あら、あなた怪我をしているの?」


 コンラッドの肩にシシリーが目を止める。

 破けた肩から血の滲んだ布がわずかに見えていて、服にも血がついていた。


「こんな傷たいしたことありません」


 胸を張って言ったコンラッドが肩を回して「痛たた」と顔を歪めた。


「まぁ、痛そう」

「だ、大丈夫です。へへへ」


 苦笑いするコンラッドへシシリーがウインクすると、たちまちコンラッドは真っ赤になった。


「私に任せて、すぐに治しますから」

「え?」


 彼女はそう言ってコンラッドの肩へ手をかざす。


「うわぁ・・・・・・」


 見ていたランシャルの口から声が漏れた。


 肩にかざした手のひらから金色の光が生まれてコンラッドの肩を包んでゆく。それを間近で見ているコンラッドも驚いて口が開いたままだ。


「凄い」


 初めて見る癒しの力にランシャルはそれ以上の言葉が思い付かなかった。


「一瞬で治すほどの力はないんです」


 謙遜しているわけではない、事実を伝えているだけ。彼女の真摯な眼差しからそう感じる。先程までの笑顔は消えて、いまは聖母にさえ見える穏やかな表情をしていた。


「なんだか、眠くなってきた」


 コンラッドがとろんとした目でそう言った。


「人は皆、治癒力を持っています。私は力が弱いのでその力を少しお借りしているんですよ」


 シシリーを見上げるコンラッドは夢見るような顔でぼんやりと笑顔を見せている。


「眠いのはあなたの体が頑張ってくれている証拠です」


 微笑む彼女にコンラッドはふにゃふにゃの笑顔で「がんばってるのかぁ」と寝言のように言った。


 彼女が光を当てていたのは2、3分ほど。


「どうですか? 動かしてみてください」


 そう言われてコンラッドが肩を回す。


「お!? 痛くない」


 服の上から肩を触りまくって片袖脱いで傷口を確認する。


「無い! 傷が消えてる!」

「本当だ」


 不思議さに笑いだすコンラッドと目を丸くするランシャル。そんなふたりの素直な反応に回りの皆が微笑ましそうに見ていた。


「凄い。本当に凄いです。勇者の血族にはこんな素晴らしい力もあるんですね!」


 ランシャルはやや興奮気味にそう言った。


「ええ、授かったことに感謝しています」


 頬を上気させたランシャルへシシリーが笑顔を向ける。


「ラッドのお祖母ちゃん、ここに連れてきたいね」

「うん、村のじーさんばーさん全員連れてきたいな」


 腰や膝を痛がっている年寄りは沢山いる。肩が痛いと言っている大人や病気がちの子供。皆みんな連れてきたいとランシャルは心底思った。


(僕の力が動物と話せるんじゃなくて癒しの力だったらなぁ)


 そんな事を考えたとき、ラウルの言葉がふいに浮かんだ。


(玉座の間で戴冠を終えたら、全ての力を自由に使えるようになるって・・・・・・本当かな?)


 もしそうなら、とランシャルは考え込んだ。


(王様になったら、僕も怪我や病気を治す力を持てる?)


 だとしたら・・・・・・と考えが転がってゆく。


(政治とかいうのはよくわからないけど。人のために僕の力が役立つなら・・・・・・王様になるのも、いいかもしれない)


『王都に行ったら王様の手助けをしてね』


 母の声がくっきりと思い出された。


『王様と一緒に民が暮らしやすい国にしてね』


(お母さん・・・・・・)


 母の好きな花を見に王都へ向かい、王となって苦しむ人々を助ける。

 そんな未来がランシャルの心に描かれた。


 それはまだ、細い糸のようだったけれど。



「あなたのお顔はどうしたの?」


(・・・・・・!)


 シシリーに声をかけられてランシャルは物思いから引き戻された。


「あぁ~・・・・・・これは、大きなナメクジみたいなやつの毒で。でも、薬を塗って少し良くなったんです」


 まだ少し痒そうにしているランシャルを見てシシリーはランシャルの手を取った。


「軟膏はベトベトするし、面倒でしょ?」


 優しい彼女の微笑みにランシャルはこくりと頷いた。


「少しじっとしててね」


 コンラッドにしたようにシシリーがランシャルに手をかざす。金色の光が視界にあふれてじんわりと熱が伝わってきた。


(あぁ・・・・・・温かい)


 やわらかな熱が体全体に広がって包んでいく。

 体の中心まで浸透した熱が体の内から暖めていく。お湯に浸かってるみたいにほかほかと温まって体が重くなっていく。


(だめだ、寝ちゃいそう)


 優しい温もりに包まれて意識がぐっと夢に引き込まれていく。


 ずっとずっと幼かった頃。

 母の膝の上で寝落ちして、ベッドにそっと寝かされた。

 そんないつかの、あったような無かったようなそんな日を、ランシャルは思い出せそうな気がしていた。




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