絶跳騎兵 エクスタシオン

@rTachibana

乗ってみな。

 あぁ、燃える。学校も、家も、今週末友達と行くと約束した、できたばかりのカフェも、友達も、みんなみんな燃える。


 今朝のニュースでは、こんなことになるなんて何も言ってなかった。私の運勢は十二星座で一位だったし、寝癖が逆にかわいくキマって最高の一日になるって思っていた。


 空から現れた巨大な〝それ〟は、けたたましいラッパのような音を鳴らし、無数の虫に似た化け物を吐き出しながら街を蹂躙していく。夕陽と共に、炎で街をいつも以上に真っ赤に染め上げていく。


 どうしてこんなことになったのか、全然理解できなかった。いつも通りに学校帰りに友達と寄り道して、昨日出たばかりの漫画を買って、二人でカフェに入って、駅で分かれて、電車に乗って、サイレンが鳴って、電車が止まって、叫び声がして、隣の車両のドアの窓が真っ赤になって、それから、それから――。


 息を切らしながら走る。どこで間違ったんだろう?なんでこんなことになってるんだろう?頭の中をぐるぐると回る。雪ちゃんは無事に帰れたかな。私は無事に帰れるかな。吐く息が鉄臭いな。マラソンでもこのくらい走れたらいいのに。


 必死に走る私の頭上を、大きな鳥が一羽、悠然と追い越していく。大きい。両手にトラックを抱えて……抱えて?鳥に腕なんてないよね。そんなことを考えていると、〝それ〟はトラックを渋滞している橋の上に落とした。


 大きな音がして、炎が上がり、橋が崩れ落ちる。巻き込まれた人達に引き寄せられるように、大きな虫の群れが吸い寄せられていき、暫くして静かになった。


 私は変に冷静で、交差点で潰れている車も、その中で動かなくなったおじさんも、おじさんに群がっている変な虫にも目もくれずに走り続けた。次の角を曲がれば私の住んでるマンションが見える。もう少し。もう少し。


「わっ!」


 角を曲がると同時に何かにぶつかった。強い衝撃を受けて転ぶ。スマホの画面が割れた。買い替えてまだ半年もしてないのに。これはママに怒られちゃうな。


「……てぇ……いてぇ……」

「ごめんなさい、急いでて――」


 聞こえた声に、とっさに謝って声のした方を見る。そこには、宙吊りになった四十代くらいのおじさんがいた。ドラマとか凶悪事件とかで見る警察官の服を着ている。周囲には同じ服を着た人達が沢山転がっていた。

 おじさんの身体の下半分……今は上半分……?が、虫の口の中に入っていて、虫はゆっくりと口をモグモグと動かしていて、口が動く度にボタボタと血と、よくわからない何かが地面に落ちていく。

 その時、警察官のおじさんと目が合った。その目は驚いたように見開いて、けれどすぐに血色の悪くなった顔が引き締まって――。


「逃げ……ろ!」


 そう言うと、虫の口の中に拳銃を押し込んで、撃った。一発。ニ発。三発目を撃って、その腕は糸が切れたみたいに地面に落ちた。落ちた衝撃か、たまたま引き金を引く形になったのか、四発目が私のすぐ後ろにあった一時停止の道路標識を撃ち抜いた。甲高い音と共に、私の思考が動き出す。


「あ、ああああああああッ!」


 あぁ、もう駄目だ。ずっと目を背けていたのに、あまりのショックで現実に戻されてしまった。眼の前で人が死んだ。ここに来るまでも、沢山の人が倒れていた。アスファルトは血を吸って黒々としていたし、周囲からは叫び声が響いていた。今はもう、何も聞こえない。


 さっきまで警察官を食べていた虫は、何事もなかったように大きな瞳で私をじっと見つめている。今、首をかしげるようにして、脚を前に出して、こちらに近づいてくる。あぁ、ここで死ぬんだ。運勢一位だったんだけどな。せめて痛くないようにして欲しいな。――怖いな。そう思って、うつむいて、ぎゅっと目を閉じて、耳をふさぐ。


 ズドン!という、爆発音のような音と地震のような衝撃が響く。空気が埃っぽい。痛みはない。恐る恐る目を開けると、さっきまであの虫がいた場所に、あの虫よりも何倍も大きなロボットが立っていた。左手にはさっき頭上を通り過ぎた、あの大きな鳥のような化け物の残骸を抱えている。


『よかった。生きてるね』


 ロボットが喋った。その外見に似つかわしくない、女の子の声だった。


「あ、あ……」

『あぁ、怖かったね。無理に喋らなくていいよ』


 ロボットが膝を落とし、右手を広げて地面に下ろす。胸のあたりが開いて、中から女の子が顔を出す。


「このあたりの生存者は、君で最後だ。避難しよう」


 右手に乗るように促され、そのままコックピットに運ばれる。コックピットの中には、白くてタイトで、沢山のケーブルに繋がれたパイロットスーツに身を包んだ女の子が座っていた。ロボットの中にいるのに全部の方向が見える。カメラの映像を映しているのだろうか。


「さっきも言ったけど、君が最後の生存者だ。既に救助された人達は、別の部隊が避難所に輸送してる。私の基地もそこにあるから、ひとまず同行してもらうよ」

「はい」


 真っ白になった頭のまま返事をする。

 こうして私は瓦礫と化した街で、巨大なロボットに命を救われた。コックピットのモニター越しに見た街の風景を、私は忘れることはないと思う。

 友達も、家族も、あいつらに奪われた。絶対に復讐してやると、その時に誓った。


「あの……助けてくれて、ありがとうございます」

「んっ……。助けられてよかったよ。ごめんね、もっと早く出撃できていたら……」


 パイロットの女の子は、顔を赤らめ、目を涙ぐませながら答える。小刻みに震えているようだった。救えなかった人達のことを、悔やんでいるのかと思った。

 私も、力になれるだろうか?そして、あいつらに復讐することができるだろうか?


「あの、ひとつ教えてもらえますか?」

「なんだい?」

「私も、このロボットに乗れますか?」


 彼女は驚いたように暫く私を見つめ、そして笑顔で答える。


「乗ってみな、トブよ」


 これが、私がエクスタシオンに乗るきっかけだった。

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