担当職員 志波高秋
脳内に映像が流れ出す。
この街を象徴する、日本一の高さを誇る放送用鉄塔・東京MIRAIタワーの内部。
地上200mの高さにあるメインデッキから街を一望できる、人気の観光スポットであるはずのそこに、珍しく人が少ない。それどころかあちこちから煙が上がっている。明らかな異常事態だ。横から大きな爆発音と人の悲鳴が何度も聞こえる。
視点を変えると、武装した何人もの大男たちがこちらに向かって拳銃を向けている。その中心に立っているのは制服を着た尚弥だ。
尚弥は得意げな表情で銃弾を電撃で弾き返し、男たちに向かって突っ込んでいく。
「勝手な行動は慎めと言っているだろう!」
その時誰かの怒鳴り声がした。
聞き覚えのある声だ。姿は見えないが、仄香には一瞬でそれが誰のものか理解できる。志波の声だ。何故この場に尚弥と一緒にいるのか分からないが、この空間に志波もいる。
視界が揺れ、映像の焦点が尚弥から遠くの階に移った。何者かが東京MIRAIタワーの遥か上空から尚弥を狙っている。
(スナイパーライフル……あの形状、受験勉強で見たことある。ウィリアメス社が開発した最新のやつだ。有効射程2000m、余裕でこっちに届く)
手を伸ばそうとしたが、映像の中に手が入るわけもない。
武装した男たちに向かって走っていた尚弥が打ち抜かれた。その場に倒れた尚弥が動くことはもうない。
「だから言ったというのに……。監督していた生徒の死亡が誰の責任になると思ってるんだ」
近くで忌々しげな舌打ちの音が聞こえる。これも志波の声だった。
もっと見なければと思うのに、そこで映像が途切れる。やはり自分の意思で未来視の時間をコントロールすることはまだできないようだ。
(尚弥が死ぬ……)
武踏峰異能力高校での成績はトップクラス、誰もが認める最強格の異能力者である尚弥が打ち殺されるなど実感が湧かない。何かの間違いではないかと思った。
何だかくらくらしてメガネを外す。以前までぴったりだったメガネの度が合わないように感じる。何故か未来を見る度に視力が回復しているようだ。
(あれはいつだろう……何で志波先輩と一緒にいるの?)
映像の中の尚弥のネクタイの色は一年生時のものだった。すなわち、あれはそこまで遠くない未来だ。でも分かるのはそれだけ。手掛かりが少なすぎる。
胸がざわざわした。尚弥はいくらいじめっ子といえど、幼い頃は仲良くしていた幼なじみでもある。見殺しにすれば後の自分が酷く後悔するような気がした。
「止めなきゃ」
仄香は覚悟を決めて立ち上がった。
◆
休日を返上して茜の研究室に籠もり、茜が作業をしている隣で未来視の練習をした。まだ起きたまま特定の未来を見ることはできないが、眠る前に知りたい事象を強く意識しながら寝ると、その夢を見るようになった。
茜は研究室で寝ることも多いので簡易なベッドがあり、そこで何度も眠った。おかげで二日間は昼夜逆転し、寝たいと思っても夜は眠れなかった。朝方に何とかまた少し眠り、夢を見ることができた。
「おねえちゃん……頑張りすぎだよ」
「頑張ってるって言ったって、寝てるだけだよ」
起きてすぐ夢で見た光景をノートにメモしていると、ブラックコーヒーを片手に持った茜が心配そうな目を向けてきた。
かくいう茜も徹夜で研究結果を整理し仮説を立てていたようだ。茜がこの年齢で優秀な研究者として世界中から持て囃されるのは、才能だけが要因ではなく、努力の賜物でもある。
「茜ちゃんに比べたら私の努力なんて小さなこと。いつも頑張ってて凄いね、茜ちゃんは」
そう褒めると、茜は照れているのか頬を紅潮させた。
研究室の窓から、オレンジ色に光る綺麗な朝日が見える。ここから見る朝はこんなに綺麗なのかと思った。
「おねえちゃん……今日から職場見学だよね……?」
茜が散らかった机を慌てた様子で片付け、書類と書類の間から出てきた小さな何かを持って仄香に渡してきた。それは、自作らしいお守りだ。
「異能力科の職場見学は危険だって聞くから……。おねえちゃんが無事帰ってこれますようにって作った……」
「嘘、ありがとう。嬉しい。茜ちゃんは優しいね」
「おねえちゃんが死んだらわたしも死ぬから、気を付けてね……」
それは責任重大だ、と仄香は苦笑した。茜がいなくなればいくつもの異能力関係の研究が頓挫する。国にとっても大きな損失だろう。
研究棟の二階にある生徒用のシャワールームでシャワーを浴びた後、学校へ行く準備をする。シャワールームに入るための研究棟のセキュリティカードは茜が貸してくれた。職員に見つかって怪しまれないかとひやひやしたが、朝早いため誰とも会わなかった。
職場見学に持っていくのは、授業関係でのみ所持と使用を許可されている拳銃二丁と煙幕弾。実践練習で玩具は何度も使っているが、これは本物だ。何だかドキドキしながら鞄にしまった。
◆
学校の駐車場に行くと、既に生徒が大勢集合しており、現地に向かうバスが何台も並んでいた。担任の先生がこの職場見学でのグループ分け資料を配っていたので受け取る。基本的にはどこの課の見学を希望する者も三人一組の構成で、一人異能力対策警察のプロが監督として付く。
希望する第一課になれているか、緊張しながら資料に目を通す。
【 第一課 Aチーム 伊緒坂尚弥 一迅咲 紫雨華仄香 】
【 担当職員 志波高秋 】
「えええええええっ!?」
思わず大声を出してしまい、はっとして口を押さえた。周囲が怪訝そうに仄香を見つめているので恥ずかしくなる。
ひとまず深呼吸して落ち着いた後、見間違いではないかと思って何度も資料を見直した。
(志波先輩!? 何で!?)
志波は第一課のエースだ。任務で毎日多忙な存在。高校生相手に時間を取らせていいような立場の人間ではない。
「ああ、仄香、いた。金曜から寮帰ってこないから心配してたのよ? どこ行ってたわけ?」
ルームメイトの咲がほっとしたような顔で近付いてくる。一応、別の所で泊まるという旨の連絡はしていたのだが、詳しいことは伝えていない。
「ごめん、ちょっと妹と一緒にいて……。っていうか、咲、チーム分け見た?」
「ええ。まさかあの志波さんがうちのチームの指導者とは思わなかったから、間違いじゃないかって先生にも確認してみたわ。先生も驚いてるみたいだった。こんなこと初めてなんだって」
「だよね? 第一課も人手不足なのかな……」
「いや、それが、この見学授業に参加するって言い出したのは志波さんらしいわよ?」
「ええ?」
志波のファンとして、志波の性格は何となく掴めているつもりだ。有益でないことはしない、必要以上の仕事はしない――ただ、任せられた仕事は確実に遂行する、そんな性格。
そこがかっこいいと仄香は思っているのだが、自ら高校生の相手をするような仕事を希望するというのは、志波のイメージから少しずれている。違和感を覚えた。
「しかも志波さんから、足手まといになるような生徒は俺のチームに付けるなって指示があったみたいで。よりによってあたしと伊緒坂尚弥が一緒っていうね」
本来、この授業のチーム分けはチーム内の生徒たちの成績の平均が均等になるように設定されている。学年で成績ツートップの尚弥と咲が一緒なのは不自然だと思ったが、そういうことらしい。
しかしまだ解せない点がある。
「じゃあ何で私がこのチームに……?」
学年成績一位二位を争っている尚弥や咲と違って、仄香の成績はぎりぎり二十位以内に入れるか入れないかだ。仄香以上に優秀な生徒は他にまだ沢山いる。
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