ご奉仕




 結局店のサービスで辛さ100を食べきった宵宮と仄香の分は無料になり、咲のカレー代だけ払うことになった。

 宵宮に奢ると決めていたのに何も与えられていない。何か代わりのプレゼントでも買いたいところだが、激辛カレーを食べた後なので元気がなく、何か提案する気も起きない。


 気分の悪い仄香を乗せて、宵宮の車が走り出す。

 窓から夜風が入ってきて気持ちがいい。


 しばらく走行を続けていると、東京港のシンボルとも言われる首都高速の橋であるサタデーブリッジが見えてきた。この橋は二重構造で、一般道の下層と高速道の上層がある。ライトアップされたその下層を進みながら、東京にもこんなに綺麗な場所があるのかとぼんやり外を眺めた。


 隣に座る咲が無防備に眠っている。

 礼儀を重んじる咲が先輩の運転する車の中で寝るというのは珍しい。今日は朝から遊んでいたので疲れてしまったのだろう。


 宵宮があるところで車を止めた。そこは公園の駐車場のようだった。広大な敷地で、夜中であるにも拘らず人が沢山歩いている。


「あれ、サッキー寝ちゃった?」

「……みたいですね」

「残念。ここも綺麗なのにな」

「すみません、今日は朝から買い物に付き合わせて歩きっぱなしにさせてしまっていたので疲れてるんだと思います。休ませてあげてください」

「買い物ってその服?」

「はい。宵宮先輩がお金をくれたおかげで、デートのための準備ができました」

「いいじゃん。可愛い」

「……あ、ありがとうございます」

「照れんなよ」


 仄香が頭を掻きながらお礼を言うと、宵宮が笑いながら車を出た。仄香も荷物を持って後部座席から降りる。

 夜の公園を二人で歩いた。冬なので並ぶ木々はもうすっかり枯れてしまっているが、きっと紅葉の季節は綺麗なのだろうなと想像する。


「デートの日、僕がヘアアレンジしてあげよっか? こう見えて手先器用なんだよね」

「宵宮先輩、ヘアアレンジなんてできるんですか?」

「女の子の髪触るの好きで、元カノによくしてたんだ。僕を使ったら美容院代浮くよ? 金欠の高校生にとっては有り難いんじゃない?」

「ええ……じゃあ、もしよかったら……。デートでは多分お昼前に集まると思うので、朝に呼び出す感じになっちゃいますけどいいですか? その、お仕事とか」


 正直有り難いので、遠慮がちにお願いする。


「いーよいーよ。仕事くらい調整できるし」


 宵宮にはバイトもさせてもらっているのに、さらにこんなに色々してもらっていいのだろうかと少し不安だ。

 その時ちょうど自動販売機を見つけたため、せめて運転のお礼に飲み物だけでも奢ろうと思って駆け寄る。


「宵宮先輩、奢るので選んでください。何本でもいいですよ」

「あはは、じゃあお茶お願いしまーす」


 五千円札を自動販売機に入れるが、宵宮が頼んだのは結局一本だけだった。


 公園の端に付いた時、海に面しているためか潮風を感じた。向こうに光り輝くサタデーブリッジが見える。


「宵宮先輩って綺麗な場所いっぱい知ってるんですね」

「まぁ、女の子は夜景か花かイルミネーション見せときゃ喜ぶからね。女の子とデートする時のルーティンコースだよ」

「…………」

「ほのぴ、汚物見る目で見るのやめて?」


 一体何人の女をここに連れてきたのだろうと複雑な気持ちになった。


 人気のない暗がりのベンチに腰をかけた宵宮は、ポケットから煙草を取り出して火を付ける。駐車場に思いっきり禁煙の看板が立っていた気がするので「駄目ですよ」と注意したが、「人いないしいいでしょ」なんて軽々と答えられてしまった。

 仄香は溜め息を吐きながら宵宮の隣に座る。向こうに見える海はライトアップによってきらきらと輝いていた。


「……あの、咲のことなんですけど」

「殺さないよ」

「え?」

「元々殺すつもりない。ほのぴが僕らのことをバラしたとしてもね。余程僕達の計画の邪魔になるなら別だけど」


 その言い方は狡いと思った。

 おそらく正義感の強い咲は宵宮達の真実を知ったら立ち向かおうとする。その結果が未来視で視たあの光景だ。

 仄香が宵宮達の裏切りを知らせれば、必然的に咲は宵宮達の敵に回り、殺されてしまう。


(軽率だった……)


 改めて自覚する。咲に頼ろうとすべきではなかったと。


(というか、元々殺すつもりなかったなら私が無理に激辛カレーを食べる必要もなかったのでは……)


 焦っていて判断力が鈍っていた。そもそも宵宮は咲のことも仄香のことも脅威にはならないと舐めている。殺した方が犯人探しされて面倒になるのに、優秀な異能を持つ咲をわざわざ今このタイミングで殺そうとなんてしないだろう。


「いやあ、今日は面白かったなぁ」


 隣の宵宮がくっくっと低く思い出し笑いをしている。


「今日ってもしかして、本当に後輩へのサービスのためだけに連れてきてくださったんですか?」

「何その疑いの目。僕は元々後輩にご奉仕するの好きなタイプだよ?」

「……宵宮先輩って、何だかんだ異能力者の後輩には優しいですよね」


 力なく笑う仄香を、宵宮はじっと見つめてきた。


「ほのぴはほんと頭おかしいよね」

「え、何ですか急に」

「前もそうだったけど、僕のこと全部知ってて、優しいなんて言うんだもん」


 きょとんとしてしまった。

 仄香は宵宮のことを間違っているとは思うが、彼の本質が鬼であるとは思っていない。


「宵宮先輩は優しいですよ」


 訂正せずにもう一度同じことを言った。


「だって、咲がいる時一回も煙草吸わなかったですし」


 打ち上げの時もそうだった。ニコチン中毒者のくせに、尚弥や咲、仄香がいる前では一切吸わずにこっそり抜け出して吸っていた。

 そういう気遣いができる時点で宵宮は後輩思いだと思う。


「それだけ?」

「優しさってそういう日頃の小さなことの積み重ねでできてると思います」

「今ほのぴの前で吸ってるけど?」

「それは……私が特別雑に扱われてるだけというか……」

「ぶ、あはは、バレちゃったかぁ」


 笑う宵宮は雑に扱っているという点を否定しない。

 正確には、〝仄香以外の後輩には優しい〟と表現するのが正しいかもしれない。


「ほのぴさぁ、やっぱ僕らの仲間にならない? まだだめ?」


 宵宮が煙草片手にもう片方の腕を仄香の肩に回し、甘えるような声を出す。


「まだっていうか、ずっとだめです」

「えー。けち。こっち側に来てくれたら、楽しませる自信あるのになぁ」

「いや、無能力者皆殺しのどこに楽しい要素あるんですか」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 仄香にそんな趣味はないし、悪人になるつもりもない。


「そこまで私に拘らなくても、私以上に優秀な異能力者の後輩なんて他にいくらでもいるんじゃないですか?」


 どうにか宵宮の興味を他に逸らしたくてそう言ったが、口に出してから、今のは他人を売るような発言だったかもしれないと後悔する。

 ちらりと間近の宵宮に視線を向けると、宵宮はうーんと考えるように首を捻った。



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