世界を統べるは我らが魔帝~魔王が伝説とされる世界にそれを越える魔帝として転生した~

水本隼乃亮

第1章 魔帝誕生

第1話 魔帝ヴァルター・クルズ・オイゲン

 ――ああ、つまらない人生だった。


 俺は薄れゆく意識の中、自分の人生を振り返ってそんな感想を抱いた。


 つくづく、退屈な人生だったと思う。

 親の言う学校に進み、親が進めた会社に就職する。

 秀でた兄と比べ平々凡々だった俺は親に褒められることも無く、山も谷もない人生を歩んできた。


 その反動だからか、俺には幼いころから英雄願望とでも言うのだろうか、自分には何か特別な力があっていつか自分の人生を変える特大イベントが起きるのだと思っていたのだ。

 

 そんな俺だ。

 強盗に襲われたコンビニ店員を庇って呆気なく死ぬなんて最期も妥当なものかもしれない。

 無駄な正義感を発揮して店員と強盗の間に立ったはいいが、特別な能力が発揮する訳でもなく、秘められた力が判明する訳もなく、体に包丁が突き刺され、俺はその場に倒れた。


 腹から感じていた人生で一度も味わったことのない激痛はいつの間にか無くなっていて、視界もほぼ真っ暗となっていた。

 どこか遠くから女性の声が聞こえる。助けたコンビニ店員だろうか。安い命ではあるが、俺が死んでも助けたんだ。生きてくれなくちゃ流石に困る。


 だが、段々とその声すらも聞こえなくなってくる。意識は朦朧。体の感覚はなくなって、強烈な眠気が俺を襲う。


(いよいよ、お迎えかもな……)


 まぁ、俺の人生なんてこんなもんだ。むしろ、こんなつまらない人生をこんなに早く終わらせられたことに感謝するべきか。


 最期まで自分の人生を呪い、俺は死んだ。



▼▼▼▼


 次の瞬間、俺は目覚めた。


「は……?」


 当然、俺は混乱する。

 当たり前だ。だって俺は間違いなく死んだ。

 コンビニ強盗の包丁が腹にぐさりと刺さりそのまま死んだはずだ。


「まさか、奇跡的に助かった……?」


 ぽつりと呟くが、俺は自分の言葉を即座に否定する。

 だって、それなら目覚める場所は病院のベッドとか、そういう場所が妥当だろう。


 しかし、今の俺がいる場所は――


「……森?」


 そう。俺は何故か、見知らぬ森の中に立っていた。

 周りを見渡しても目に入るのは木、木、木――。

 

 見たことも無い奇妙な形をした木々がたくさん生えている。

 周りの木は総じて背が高く、日光のほとんどを遮っているため、森の中は鬱蒼とした雰囲気を醸し出していた。


「…………」


 死んだと思ったら謎の森。

 訳の分からない状況に、暗い雰囲気の森。


 俺の心は少しずつ恐怖に染まっていた。

 

 ――その瞬間。


 ガサリ、と音がした。


「っ!?」


 俺は咄嗟に音の鳴る方へと振り向く。


「なっ……!」


 そして、目を見開いた。

 何故ならそれは、実際に目にすることなんてありえないモノ。この世に実在してはいけないモノだったからだ。


「ゴブ……リン……?」


 俺の膝位の背丈に、醜い緑色の肌。ギョロギョロと血走った目に、不揃いな歯。

 それは、ファンタジー作品でよく見るゴブリンそのままだった。


「な、なんで……!」


 十数m離れたゴブリンを呆然と見ながら、俺は思わず後退ってしまう。

 現実にいるはずのない、奇怪な生き物。

 間違いなく、今の俺を支配しているのは恐怖だった。


 たかがゴブリンにビビるなって?


 まぁ、確かにゴブリンってのは大体のゲームやアニメでも最弱の魔物の一つとされているが……。


 獲物を探るように動く血走った目。不揃いに並び狂暴な形を見せる牙。殴られれば無事では済まない手に持つ棍棒。

 

 実際に見て分かる。

 アレは最弱の魔物なんかじゃない。俺の命を簡単に奪える化け物・・・だ。


「……?」


 しかし、ふとあのゴブリンを見ていると、奇妙な既視感に襲われた。

 どこかで見たことのあるような。それどころか毎日見ているような。


「あ……! 『ミレナリズム』の小鬼ゴブリンにそっくりだ……!」


 醜い見た目に、彼が身に着けるボロボロの革鎧。

 その外見全てが、俺が毎日プレイしているといっても過言ではないファンタジー世界を舞台にしたゲーム『ミレナリズム』に登場する魔物、小鬼ゴブリンと酷似していた。


「だけど、どうしてゲームの敵キャラの小鬼ゴブリンがここに……?」

 

 少しの間、思考に耽る俺。

 その結果、非現実ではあるが納得のできる予想がたてられた。


「もしかして、俺は『ミレナリズム』の世界に転生、ないし転移してしまったのか……?」


 異世界転生だなんて、生前見たアニメやラノベでしかありえない、絵空事だ。

 しかし、未だに視界にいる小鬼ゴブリン、俺が元いた世界ではあり得ない形をしている奇妙な木。そして、間違いなく死んだ俺がこうして生きている事実。


「異世界、転生……」


 もう、そうとしか考えられない。

 俺はどうやら、『ミレナリズム』の世界に転生してしまったのだ。


「……いや、『ミレナリズム』に転生って考えるのは早計か? ……っ!?」


 瞬間、小鬼ゴブリンがこちらを見つめた。

 ……気がした。


 小鬼ゴブリンは少なくともこちらの方角を見ており、俺は彼の姿から目を外せない。

 こめかみから嫌な汗が流れ落ちる。


「ギャギャ」


 だがそれも一瞬、小鬼ゴブリンは奇妙な鳴き声を上げると、俺に背を向けて森の奥へと消えていった。

 ……どうやら気付かれなかったらしい。


「……喉、渇いたな」


 極度の緊張からか、俺の喉は張り付いてしまうほどカラカラだった。

 耳を澄ますと、然程遠くない距離からさらさらと川の流れる音が聞こえる。


 俺は足音を鳴らさないよう慎重に、歩き始めた。

 


▼▼▼▼▼▼


 恐らく五分も経たないうちに、俺は目的地の川に辿り着いた。


 その川は、生前見たどの川よりも澄んでいて、川の底がはっきりと見える程だった。

 俺は思わず川の中に顔ごと突っ込んで喉を潤したい衝動に駆られるも、昔見たテレビでは川の水は危険だと言っていたことを思い出した。


「でも、そんなこと言ってる場合じゃないよなぁ……」


 結局、俺は自分の欲望に正直になることを選び、川に口を近づける。

 どっちみち、水分を摂らないと人は死ぬんだ。だったら腹を壊した方がまだましだってもんだろう。


 俺は自分に言い訳を並べ、意を決して川の水を口に入れ喉に通す。


(……美味いな)


 川の水は思いの外美味しくて、俺はごくごくと水を飲む。

 

「ふぅ、ごちそうさん」


 飲む前の恐怖心はどこへやら、俺は腹からちゃぽんと音が鳴るほどの水を飲んでしまっていた。


(さて、これからどうするか)


 喉が潤ったお陰でまともな思考を取り戻した俺は、ふと、川に映った自分を見る。


「は――」


 しかし、そこに映ったのは明らかに俺ではなかった。

 典型的日本人の青年男性の姿はどこにもない。


 まず、そもそも人間ではない。

 何故なら、こめかみからまるでヤギのような曲がりくねったツノが生えていた。

 それだけではない、背中と腰からはまるで悪魔のような翼と尻尾も生えている。


 髪の色は紺色で、瞳は赤色。外国人のように鼻が高く、明らかに日本人じゃないと思えるほど彫が深い。

 顔は整っていると言えるが、深夜の住宅街で向こうから歩いてきたら悲鳴を上げてしまいそうな程強面だった。


 ――魔王。


 そんな感想が浮かびそうな顔だ。

 しかし、俺が驚いた理由はそれだけではなかった。


 何故なら、俺はこの顔を、知っている・・・・・


「ヴァ、ヴァルター……?」


 それは、『ミレナリズム』に登場する国家にして、俺が一月前に世界で初めて発見した隠し国家、『魔帝国グリントリンゲン』の指導者である、『魔帝ヴァルター・クルズ・オイゲン』その人であった。

 


~~Millepedia~~~~

『魔帝』ヴァルター・クルズ・オイゲン


【所属】魔帝国グリントリンゲン

【種族】魔族

【種類】指導者ユニット・魔術師ユニット

【属性】秩序・悪


【戦闘力】60

【移動力】2

【物理攻撃力】30

【魔術攻撃力】90

【物理防御力】35

【魔術防御力】95

【治癒力】50


【適正魔術】氷結、電撃、闇


「喝采を。我らが魔帝に喝采を。我らが魔帝の誕生に、喝采を」

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