これだから異世界生活はやめられない!
うめもも さくら
第0話 私、異世界に行っていました
最近、私の記憶が戻った。
失ったことすら忘れていたけれど、欠片一つさえもう失いたくない大切な思い出。
『私、異世界に行っていました』
あれは、高校生の頃の話。
突然、強風が吹いて近くの桜の枝を揺らした。
――ほんの一瞬、目を瞑る。
薄く目を開くと、はらはらと強い風に逆らえずただ舞い上がる白いもの。
その桜吹雪に呑まれ、そしてとけるように私は一度この世界から消えた。
そして
けれど戦い、関わっていくうちに鬼王たちにも悲しい過去や複雑に絡まった想いがあって……。
私は、ヒノモトを統べる帝と鬼の一門を率いる鬼王が、この先を話し合うための場をつくった。
そこで彼らは互いのわだかまり、歴史や文化の違いや想いについて、何時間も話し合って、和平への道を模索していた。
結果、私は御神姫として、和議を結ぶことでこの戦いを終結させ、異世界ヒノモトを平和へと導いた。
そしてヒノモトが平和へと歩みだした時、どこからか桜の花びらが舞い落ちてきて、強い風が桜吹雪をつくって、私を包みこみ、思わず目を瞑る。
――目を開くと、この世界に帰ってきていた。
異世界で何日も、何ヶ月も過ごしたけれどこちらの世界では、1秒も経っていなかった。
時間も景色も私がここにいた時のまま。
けれど、強風は吹いた形跡ひとつもなくて、柔らかい春風が頬をなでるだけだった。
穏やかな風に揺れる桜は美しく咲き誇っていたし、空の色も変わらない。
あの桜吹雪の行方だけはわからなかった。
ただ、わかるのは私は帰ってきたということ。
御神姫としての役目を終えた私は、この世界に帰ってきたんだ。
もっと彼らとちゃんとお別れをしたかったな。
一瞬だけそう思ったけれど、私が一歩、足を前に出した時。
異世界での記憶は消え去ってしまった。
まるで煙のように、まるで水が蒸発したみたいに。
彼らと過ごした時間など夢だったとでも言うみたいに、私が異世界にいた時間ごと桜吹雪は消えていた。
そのことにすら、今の今まで気づいていなかった。
異世界での思い出を失ったことすら私は知らず、異世界に関わった記憶まるごと全て忘れていた。
ただ、あの日から私はずっと何故か満たされなかった。
友達と楽しく過ごしていても、大人になってお酒を飲んでも、仕事の成功を称賛されても。
この世界でずっと生きているのに、今のままで、このままでいいのかなって。
幸せになれるのかな?って。
ただ流されているだけなんじゃないかな?って。
この世界に立っているだけで、不安と不安定に襲われて、水底の浮草のような感覚。
心のどこか、記憶の何か、それがぽっかり抜け落ちてしまっているようで。
何をしても、何を得ても、ピッタリ、はまらないパズルのようにどこかしらが欠けて埋まらない。
その理由が今、わかった。
きっと私が異世界に行って、平和にして帰ってきたんだって。
頑張って、努力して役目をやり遂げたんだって。
もう逢えない場所に大切な人ができたんだって。
――きっと、私の中のどこかで、何かがずっと、覚えていたからなんだ。
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