気付く
赤き同胞、秘するべき相手。
私の心中なんて気にせずに、吸血鬼は言葉を紡ぐ。
『その髪色ならシェフィールド? しかもその指、契約してんじゃん。こんなのに身請けされちゃってまぁ……。乗っ取りの道具にしかされないんじゃない?』
ほんのり笑みを浮かべているものの、どことなく嘲りを感じる。
あまり関わりたくないタイプの吸血鬼。だけど、聞き逃せないことを言われた。
『こんなのとはなんです、私の夫です』
口にしてから、頬が熱くなる。
夫。
なりゆきで、不意打ちで、婚姻することになったけれど、それでも彼は私の夫で、素敵な人だ。
日々を過ごす上でさりげない気遣いをしてくれる。立ち上がる時に手を差し出してくれたり、喉の渇きはないか小まめに訊いてくれたり。
微笑みかけてくれた時のスカーフェイスは柔らかで、最近はアッシュさんと話している時のような安心感を覚える。
休憩時間を誤魔化すくらい仕事が好きで、私の魔法を解除する為に色々な所に行っては調べてきてくれた。
何より──彼は一度だって、私に迷惑そうな顔を向けたことはない。多大な迷惑を掛けているにも関わらず、一度も。
そんな、
『素敵で素晴らしいこの人を、侮辱するなら貴方を許さない』
『えぇ……どんだけ惚れてんの』
うんざりしたようなその物言いに、羞恥よりも怒りを覚える。何なんだこの吸血鬼。
睨み付けていると、相手は溜め息を溢し──姿を消す。
「……っ」
「店主殿、彼女を介し、今一度問いたい」
スカー様は身体の向きを変えて口を開く。遅れて私も振り向けば、吸血鬼は、いや店主は、一番奥にある机に直接腰掛けていた。
怠そうに背中を丸め、面倒そうにこちらを見ている。
「──吸血鬼との婚姻解除方法について、知っていることを教えてくれ」
相手は何も言わない。スカー様もそれ以上問わない。私だって黙ったまま。
「……」
黙って、俯いた。自然とワンピースの太ももの辺りを掴む。
そうだ、そう。ここに来たのはそれを訊く為、それを訊くのは……私の為。スカー様はいつもそう言っている。『身内の不始末で巻き込んでしまった君の為に──君を解放する為に』と。
悪いな、お仕事の邪魔をして。
悪いな、ご迷惑をお掛けして。
悪いな、気にしなくていいのに。
そんな風に思うばっかりで、解除、解放された後のことは、何も考えて来なかった。
それまで通り、物語を求めて独り旅をするだけだと。──自分がそれをどう感じるのか、微塵も考えてなかった。
『え……離婚? あんたの一方通行?』
同胞の言葉が胸に刺さる。
『亡国の言葉で、せっかく惚気ていたのにね……残念』
そもそもなりゆきで、不意打ちで、不本意で夫婦になっただけなのに。好きで、望んで、なったわけじゃないのに。この一月があまりにも楽しくて居心地が良かったものだから、今後もずっと続いていくと思っていた。
何でそんな風に考えていたのか。
もしも店主が解除方法を知っていたら、それが今すぐにでもできることなら、私は、自由だ。スカー様の元に居続ける理由がない。
ない。
『……あらら』
店主はそう言った後で、
「知らない」
つまらなそうに吐き捨て、机の上に丸まる。置かれていた本が音を立てて床に落ちていった。
「噂でもいい、彼女の為なんだ」
『知らないものは知らない。同胞への義理立てとかじゃ、ないから』
「……店主は、何と?」
スカー様が訊ねてくるけれど、口が動かない。
事実を伝えればいい、それだけ、それだけなのに。
『仕掛けた奴にどうにかしてもらうしかないでしょ、そんなの』
当たり前のように言って、それっきり、スカー様がどんなに話し掛けても、店主は何も語らなかった。
「……また来る」
スカーフェイスは無念そう。
役に立たなかったことが申し訳ない、ないけれど──来なければ良かったと悔いている自分もいる。
肩を落とし歩きだすスカー様。私もそれについていき、出入口の扉を開けようとした所で、向こうから先に誰かが開け、入ってきた。
「ごきげんよう」
どこかの貴族の令嬢と思しき、赤いドレス姿を身に纏ったプラチナブロンドの少女。にっこりと彼女は笑んで、そのまますれ違う。
外に出て行く時、こんな会話が耳に届いた。
「ちょっと! ふて腐れてんじゃないわよこのマザコン!」
『鍵を締めれば良かった』
「何言ってんのよマザコン! お客様に迷惑掛けてんじゃないわよ!」
『令嬢のくせになんだその話し方おかしいだろどこ行った礼儀』
「まーたオルディさんに置いてかれたからって、お客様に当たんないの!」
「当たってないし」
「最初から分かる言語で話せこのマザコン」
「ふんっ!」
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