#290 GOGO迷宮逃走劇~殺戮機械を添えて~


 家事使用人ハウスキーパーが動き出すと共に、激しいエンジン音が唸りを上げる。搭載している装備を見るからに、明らかにファンタジー世界に存在してはいけないレベルの文明の暴力。

 恐らくは3000年前──大粛正当時から存在する遺物。何故現存しているのか、というのは大決戦を終結させたという兵器がこのアガレスの大穴の深奥に存在するであろうことからも有り得る話だ。


 そう言った考察的な面は置いといて、問題は今の俺達は装備も貧弱、ステータスも脆弱……とても太刀打ち出来る相手じゃない。カテゴリ的に粛清Mobと同等と考えるに、戦闘するメリットも存在しない。

 となれば俺達が取るべき行動は……!!


「死ぬ気で走り続けろ二人共!!」


「言われずとも!! ぼさっとしてたらミンチにされますわ!!」


「……あのおーがに触れた瞬間トラウマになりそう」


 流石にミンチは嫌すぎる。生きたまま回転刃にズタズタにされるなんて、仮想現実でも一発でトラウマもんだ。

 全力で逃走を開始した俺達を家事使用人ハウスキーパーが逃がしてくれる筈も無く、何かを噴出するような音が響き始める。


『異物ハ生命体ト判断。生命体ノスキャニング完了──登録外。侵入者ト断定。排除シマス』


「おいおいおい!?」


「……っ!?」


 嫌な予感を頼りに、近くに居たシオンの手を掴み取る。そのまま【空中床多重展開】で空中を駆け上がっていった次の瞬間。


 ズガドォン!!!


 家事使用人ハウスキーパーは背中部分に付いていた推進装置スラスターを噴出し、その巨体にあるまじき急加速を起こし、通路の突き当たりに大激突。激突の衝撃で坑道全体を大きく揺らし、震動と共に頭上から落石が起こる。

 空中床に留まりながら、下方向に向けて声を上げる。


「デスワさんは!?」


「生きてますわ!! なんでワタクシは助けてくれませんでしたの!! タマひゅんしましたわ!!」


 ツッコミ辛いボケやめてくれませんかね。


「なんだかんだで生き残りそうだと思った!!」


「雑! 扱いが雑ですわ!!!」


「面白枠の宿命だ! 肝に銘じとけ!」


「今ワタクシの事面白枠って言いましたわね!?」


 どうやら壁に張り付く事で難を逃れていたらしい。デスワさんはまるで産まれたての小鹿のように足を震わせ、俺と口論しながらも家事使用人ハウスキーパーから視線を逸らしていなかった。

 通路の突き当たりに激突した家事使用人ハウスキーパーは、推進装置スラスターと腕を駆使して器用にこちら側へと向けて回転する。


「ああいう巨体キャラは図体からして動きがトロいのがお約束だろうが……!」


「……遭遇するのは二度目だけど、やっぱり勝てるびじょんが見えない……」


 ははっ、アレに勝つだって? ロケットランチャー100発ぶち込んでようやくか?みたいな姿ナリしてる相手に原始人同然の弓が役に立つ訳が無いだろ。

 【黒鉄の灯火】を振るった所で、あの質量からして一切吹き飛びやしないだろうし、炎嵐の効果も意味無さそうだ。

 だが、逃げるにしたって【転移の巻物】はもう無いのだ。となれば生存する手段は一択──階段を降り、6Fに到達するしかない。

 ……しかし、6Fに到達するにはフレイムマンの群れをどうにかしなければならない……クソ、絶望的な状況だ。


「取り敢えず相手の攻撃を避け続けろ!! 幸い、相手の動きは単調だ!! 馬鹿みたいに早い突進攻撃と腕のチェーンソーみたいな部分だけ気を付けりゃ何とかなる!」


「ワタクシ、その空中に駆け上がる手段持ってませんの!! どうすれば良いんですの!!」


「無いなら作るしかない!!」


「ホーリー○ットですわ!!」


 地団駄を踏みながらもシャドウを呼び出してスキル生成を始めるデスワさん。

 あの家事使用人ハウスキーパーの前でスキル生成し始めるなんてやるなぁ……と思ったけど俺もゴブジェネ戦で同じような事してたわ。あいつも図体の割に早かったしなぁ……。


「……村人、そろそろ手を離して」


「っと、悪い。咄嗟だったから強く握っちまった。悪いな」


「……ん、平気。……刀が握れないから困ってただけ」


 ぱっとシオンから手を離すと、シオンは何かを考え込み始める。


「……6Fに向かうにしても、ふれいむまんが邪魔……となると、奴を……」


「……まあ、それしか道は無さそうではあるよな」


 シオンも同様の対処法に考え至ったらしい。家事使用人ハウスキーパーをフレイムマンにぶつけ、そのまま轢き殺す。そうすれば、6Fに向かう事は出来る……が。


「……あいつが、そんな単純な奴なら良いんだけどな」


 ゴブジェネパイセンもそうだったが、粛清Mob達は一癖も二癖もある能力を備えている。

 現在は質量の暴力だけでこちらをすり潰そうとしているが、何かをトリガーに攻撃方法を追加してきてもおかしくはない。

 出来るだけ刺激しないように、逃げ続けるしか無いな……。


「あんな図体だ、簡単にカーブ出来やしないだろ!! 道なりに直線に進み続けるんじゃなくてジグザグに進んでいくぞ!!」


「了解ですわ!!」


 そう言い放ち、丁度曲がり角を曲がった瞬間、そこに二人組のプレイヤーの姿を目視する。

 何とかこの状況に気付いてもらうべく、声を張り上げる。


「おおい! そこのプレイヤー!! 全身殺人マシンが来てる!! どうにかして避けてくれ!!」


 後ろから、ギャリリリリリ!! と通路に腕を擦り付け、推進装置スラスターを吹かしながら、無限軌道では不可能な筈のドリフトをかます家事使用人ハウスキーパー

 余りにもあんまりな光景を見て、プレイヤー二人組も思わずフリーズしていた。

 推進装置スラスターの音がする、やばい!! また突進攻撃が来る!!


「飛ばないと死ぬぞ!!」


「おいマジかよ!?」


 ようやく状況を呑み込めたのか、二人組のプレイヤーが家事使用人ハウスキーパーに向かって杖や巻物を構える。

 そして、ほぼ同時に熱線と氷結攻撃が放たれた。


「あっおい馬鹿!! 刺激すんな!!」


 数瞬の後、カカカカン!! と甲高い音が響く。少しは傷を負う物と思ったが、家事使用人ハウスキーパーの胴体には一切の傷を負う事無く、魔法攻撃を弾いてしまう。

 次の瞬間、家事使用人ハウスキーパー推進装置スラスターを吹かし、突進攻撃を敢行した。


「うわあああああああああああああ!?」


「ぎゃあああああああああああああ!?」


 グチャチャチャチャ!! ブチッ!!


 ごめーん! マジでごめーん!! いや本当に!!!

 リザードの時にもトレインしちゃった事あるけど今回のは割とマジで洒落にならないわ!! 今度街中で会ったら無言で10万マニー渡すぐらいには悪いと思ってる!!!


「……南無」


「あの二人、このゲーム辞めないと良いな……」


 普通にあの死に方はトラウマもんだろ。昨今のホラゲでも中々無いぞあんな死に方。

 彼らの今後に案じていたその時。


「二人共ッ! 階段が見えましたわ!!」


 デスワさんが叫び、指を指した先──6Fに繋がる階段と大広間が視界に入る。

 僅かに見えた希望に、口元を緩めた瞬間。

 

『侵入者ノ抵抗ヲ検知。掃除クリーニングレベルガ上昇シマス』


 あっ。やっぱ攻撃しちゃ駄目じゃねーか!! 野郎、謝罪金も5万マニーぐらいにしとくか!


 家事使用人ハウスキーパーからガシャガシャ音が響いたので振り返ってみると、そこには多連装砲のような物がこちらへと向けられていた。


「ミサッ……!?」


 バシュバシュバシュ!! と発射音が響き、こちらへと向かって飛来するミサイル群。

 慌てて矢を番え、【跳弾・改】を発動して迎撃。だが、咄嗟の射撃だった為数発分撃ち漏らしてしまう。


「やっべぇ……!!」


「……落ち着いて村人、【残獲】!」


 シオンが刀を抜刀し、三度刀を振るうと、飛来していたミサイルがバラバラになって爆ぜる。


「……やるな、シオン!」


「……信管とか火薬の位置が分からなかったから、当てずっぽうだったけど何とかなった」


「運ゲーでも突破出来たら上等! 生き残った奴が勝者だ!」


 残り距離、およそ百メートル。

 階段前には相変わらず大量のフレイムマンが待ち構えており、こちらの姿を見て動き出し始める。


「次の突進攻撃であいつらを全員轢き殺す!!」


「了解ですわ!」


「……ん、了解」


 すまんなフレイムマン、俺達の代わりに犠牲になってくれ。

 多連装砲を胴体部分に収納し、再び推進装置スラスターの駆動音が響き始める。


「来るぞ!!」


 空中に退避した直後、家事使用人ハウスキーパーが突進し、階段がある壁に激突する。

 道中に居たフレイムマン達は軒並み轢き殺され、光の粒子となって消えていった。


「作戦成功! 毎度の事だが巻き込まれたら洒落にならんな!」


「で、階段のある壁が塞がれたんですがどうするんですの!?」


「一旦二方向に分かれて壁から引き剥がす!! デスワさん、先に階段に向かってくれ!!」


「お二人は!?」


「何とかするっ!!」


「……行き当たりばったり」


 まあこれまでも行き当たりばったりで何とかしてきたからなぁ!!

 二方向に分かれると、家事使用人ハウスキーパーは案の定俺達二人にヘイトを向けた。

 

「来いよお掃除野郎!! てめえのトロい攻撃なんざ当たんねぇからよ!!」


 俺の暴言を聞いてか、家事使用人ハウスキーパーの頭部にある赤いセンサーがより一層赤く輝いた。

 そして、こちらへと向かって動き出し、チェーンソーのような回転刃が連なる腕部分を振るってくる。

 ステップして回避しながら、シオンに向かって声を上げる。


「隙を見て、俺達のどっちかも階段に駆けこむぞ!!」


「……了解、もしどっちか死んでも恨みっこなし」


 誰か助ける為に全滅なんて一番しょうもないからな、それは最初から承知の上だ!

 と、そのタイミングでデスワさんが階段へと駆け込むのが見えた。


「階段まで行けましたわ!」


「OK、そのままそこで待機しててくれ! もし俺達が無理そうなら一人で先へ進め!!」


「短剣はどうするんですの!」


「そのまま生き残れたならお前にやるよ!!」


 魔法特化型短剣だしな、弓なら話は別だが短剣なら惜しくはない。

 と、そんな会話をしているとシオンがジト目でこっちを見ていた。


「……むぅ、私にはくれなかったのに知り合ったばかりの人にはあげるんだ」


「言ってる場合か!」


 一応今生と死の境界線だぞ!!

 と、そんなやり取りをしていると家事使用人ハウスキーパーが胴体部分から再び多連装砲を展開し始める。


「……村人、またミサイルが来る」


「なら俺は上、シオンは下で対処するぞ!」


「……あいあい」


 【空中床・多重展開】を駆使し、跳弾用の床と自分が上がる用の床を作成。

 そのまま空中へと駆け上がっていき、矢を番える。

 バシュバシュバシュ! とミサイルが発射され、俺とシオンの両方に飛来してくる。


「【跳弾・改】!!」


 今度は余裕があるから俺に飛んできたミサイルを全て壊すルートを計算し、射撃。

 ミサイルと跳弾床を跳弾しながら、その全てを粉砕。

 爆発の中、今の内に階段に向かおうとした直後。


 ──家事使用人ハウスキーパーが、上空に居る俺へと腕を振るった。


「死…………」


 あ、無理だ。跳弾用と上空に上がる用に使ったせいで空中床も残り一回しか使えない。このまま空中床を作成したところで、落ちてきた所を回転刃にズタズタに引き裂かれて終わりだ。


 

「──ッ、村人!」


 諦めかけたその時、シオンが地上から大跳躍し、俺に迫る回転刃に向かって刀を振るった。

 ギャリリリ! と回転刃と刀が激突し、金属音を響かせる。

 一瞬にしてシオンの刀はボロボロになり、そのまま弾き飛ばされてしまう……が、一瞬だけ猶予が生まれた。


「ここまで連れてきてもらった借りは返しますわ!!」

 

 階段下からデスワさんが手をこちらへと伸ばすと、俺達の足元に空中床が生成される。

 シオンが生んでくれた隙に、その床を踏みしめ、シオンの背中を掴み、更に上空へ。


「ナイスだ二人共!! 階段を駆け下りろぉぉおおおおおおおおおおお!!!」


 最後の空中床を使用、下斜め方向に生成する事で、それを踏み台にして一気に下方向へ加速。

 家事使用人ハウスキーパーと壁の隙間を縫い、無事に不時着。その勢いのまま階段を転がっていき、HPバーが急速に減少していく……が、家事使用人ハウスキーパーの追跡から完全に逃れる事に成功した。

 階段を転がりきり、6Fに到達した後もしばらく地面を転がり続け、ようやく停止した。

 荒い息を吐き出しながら、身体を起こし、ガッツポーズする。


「……はあ、はあ、はあ……!! しゃあッ!! 生き残った!!!」


「……無理……しばらく走れない……」


「……もうこんな経験はこりごりですわ……」


 愚痴を漏らしながらも、全員で生き残った喜びを噛み締める。

 久々に肝冷えたな……かなりスリリングな体験をしただけに、未だに心拍数が早い。

 と、余韻に浸っていると、目の前にウインドウが出現する。


「お、何だこれ?」


「……あがれすの大穴は5階層を超える毎に選択式のが貰える。……一定階層に到達すると、強力なばふが貰える……から、組み合わせ次第でかなり強くなる」


 ほうほうなるほど、そこもローグライク的な要素があるのね。

 ええと、内容は【射撃時に発生する通常矢+1】、【AGI+30%】、【STR+30%】……なるほど、単純なステータス強化や特殊能力のバフが貰えるのか。どれだけ種類があるのか分からないが、組み合わせ次第では探索に大いに役立ちそうだ。

 ウッキウキでバフを選択している最中、シオンがぽつりと。


「……ねぇ、村人」


「はいなんでしょ」


「……もしかしてだけどさ。……さっきのフレイムマン、本当にしない?」


「は?」


 シオンの言っている意味が分からず、ウインドウを操作していた指が止まる。

 フレイムマンの配置が意図的な物? 階段前に大量に待ち構えていたのが?



 ──何が目的で?


 ──。 


 ──なんの? 


 ──



 頭の中で結論が導き出された次の瞬間、つい先ほど聞いたばかりのトラウマ音が響き渡った。




 ──ガジャゴン!!!




「流石に二連続は無理ィィィィィィィィィィィィイ!!!」


「……ん、投了」


「神は死んだみたいですわね」



 ──こうして、俺の【アガレスの大穴】初挑戦はあっけなく幕を閉じたのだった。









─────

【おまけ】

???(犯人)「なんか悲鳴が聞こえた気がするねぇ、愉快愉快」

???(犯人に唆された人)「別にお前ぐらい強いなら後続を妨害する意味無いんじゃないのか?」

???(犯人)「まぁ、保険を掛けるに越した事はないよねって事サ。さ、家事使用人ハウスキーパーも出たし7F行くよ~」

???(犯人に唆された人)「それもそうなんだけど人の心……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る