番外編⑦ 勘違いトライアングル 『THE・修羅場』


「さて、どういう事か説明してもらおうじゃないの、お二人さん?ええ?」


 場所は変わってショッピングモール内で営業しているカフェへ。イベントを何とかして乗り切った雷人に呼び出され、この場所へと赴いていた。

 俺の隣には紫音、テーブルを挟んで雷人と紺野さんが神妙な面持ちで座っていた。

 まさに一触即発。下手な発言をしたら確実に爆発するであろうこの空気に、胃がキリキリする思いで黙り込んでいたが、隣に座っていた紫音が俺の腕へと絡ませると、二人に向けてジャブをかました。


「……私達、付き合う事になりました」


「ええええええええええええええええええ!?」


「はあああああああああああああああああ!?」






「――――付き合ってる事にしてほしい?」


 何言ってるんだこいつは、とばかりに疑惑の視線を紫音に向ける。

 ここまで大戦犯をやらかしておいて、この後に及んでそれを継続するつもりか。


「……お願い」


「雷人に嫉妬してほしいだけなんだろ? ならそこまでやる必要無くないか?」


 そろそろネタバラシして解放されたいんだけど。雷人から相談を受けている身からすれば、この行為そのものが裏切り行為に近しいんだよな。


「……まだ足りない。友達ならこれぐらいのスキンシップは当然」


「お前余りにも友達居なさ過ぎて友達に対する感覚狂ってないか?」


「……む、失礼」


 紫音が眉根を寄せてジト目を向ける。それから一つため息を吐いた後、人差し指を立てた。


「……手伝ってくれたら、AimsWCS世界大会の特別招待券あげる」


「いやそんなのいらな……え?マジ?マジで言ってるの?え、とんでもないプレミアもんなんだけどマジで言ってるんですか紫音さん!?」


「……嘘は言わない」


 こいつ本気でやばいもん取引してきたんだが!?


 AimsWCSの特別招待券。Aimsをプレイしている人間からしたら垂涎モノの超プレミアチケットだ。昨今、転売は激しく規制された影響でオークションに掛ける奴は減ってきたが、一般人が手に入れる事が出来る招待券でも、最低百万はくだらない価格で取引されているチケットだ。それを上回る特別招待券……。

 正直、全てを投げ打ってでも欲しい。何故ならば、この招待券には世界のトッププロと一緒にプレイ出来るイベント(抽選ではあるが)に参加可能な代物なのだから。

 憧れの『Snow_men』と一緒にプレイできるというのなら……死んでも構わない。いや今度会うときは砂でぶち抜くって決めたけどもそれとこれとは話が別!


 俺至上人生で一番爽やかな笑みを浮かべると、紫音と熱い握手をかわす。


「よし、交渉成立だ。全面協力しよう」


「……物分かりが良い奴は嫌いじゃない」


 ひゃっほー! でAimsWCSのチケット貰えるなんてラッキーだぜー!





「い、一体いつから付き合ってたんですか?」


 恐る恐る、と言った様な感じで紺野さんが聞いてくる。

 しかし、なんで紺野さんは彼氏がいたというのにも関わらずそんな事を聞いてくるのだろうか。ああ、年頃の女の子はそう言った恋愛事情に興味津々なのか。クラスの女子も良くそんな会話してるし。

 えーっと、取り敢えず……。


「つい最近?」


「……ん」


 無難な答えを出すと、紫音が首肯する。

 それを聞いて、雷人の作り笑いがピクリと動き、笑みが崩れそうになっていた。


「つい最近って、いつぐらいだ?」


「……一ヵ月前」


 雷人の追撃に、紫音が即座に返す。

 そして交代するように紺野さんがグイっと前に身を乗り出すように出てくると。


「お、お二人の関係はどこまで?」


「んー……(今日ゲームセンターで遊び倒すっつーデートっぽい事もしたし、紫音の奴は腕を絡ませるなり、一通り恋人っぽい事もしたから)やることはやった、かな」


「やることは(デートに加えて、きききき、キスやそそそ、その先も!?)やった!?」


 なんか激しい解釈違いを産んでしまっている気がするけどまあいいか。

 それを聞いた雷人は嘘ではないと思い込んだのか口から魂が抜けていき、撃沈した。

 先ほどの発言で紺野さんの顔が赤面を通り過ぎて灼熱レベルまで赤く染まって、湯気を放ち始めた。まあ超絶ピュアな紺野さんの事だ、普通のデートですらこのレベルに照れてしまうのだろう。

 「あうぅぅぅ」と声を漏らして縮こまってしまった彼女は非常に可愛らしい。少なくともこの隣に居る紫髪の鬼よりかは格段に。


「……なんか失礼な事を思われた気がする」


「いただだだだ!! だから脇腹はやめろ脇腹は!!」


 こいつマジでエスパーだろ!思うだけでアウトとか、無理ゲー過ぎる!

 つままれた脇腹をさすっていると、紫音がポンの方へと視線を向けた。


「……というかポンは?……こっちばっかり聞かれるのもズルい」


「……え?」


 確かに、あまり質問攻めばかりされていてはいずれボロを出してしまうかもしれない。

 どうせだし、紺野さんに料理の件の話題を切り出す為にも聞いておくべきだ。ナイス紫音。


「わ、私ですか!?」


 まさか話題がこっちに振られるとは思っても無かったらしい紺野さんは途端にわたわたしだす。

 

「……どこまで(あの隣にいた彼氏とは)進んでるの?」


「え?えっと……(渚君との話かな?)。(ここは牽制する意味でもちょっと誇張表現で……)家に何度も遊びに行ってますし、膝枕した一緒に寝た事もありますよ」


「家に何度も!?一緒に寝た!?」


「え、なんで渚君が驚いてるんですか?」


 マジかよ、紺野さんってこんな清楚の塊みたいな人物だと思っていたのは俺のエゴだったのか……そうかぁ……やる事はしっかりやってるのか……そうかぁ……。

 なんか仲の良い女の子なだけに凄いショックな気がするなぁ……(遠い目)


「……なんで傭兵がノックアウトしてるの」


「……いや、理想と現実のギャップに打ちひしがれてるっつーか」


 親が色々と仕組んでいたみたいだが、どうやら本人はしっかり自分の意思を貫き通してたって事か。まあそうだよな……ゲームでは長い事一緒にプレイしてきたけどリアルだとただの知らない男だ。そんな奴と無理矢理くっつけられるぐらいなら、自分の理想の相手を見つけるよなぁ……。


「俺も紺野さんを見習うかぁ……」


 されるがままに生きるのではなくてはっきり自分の意思で人を見定めるべきだもんな、普通。

 ……でも、正直今後俺に興味を示してくれる女性なんて現れるのだろうか。それならそれで別にゲームに没頭すればいっか!(解決)


 魂が抜けて抜け殻と化した雷人は未だ帰ってくる様子はない。多分イベントの疲れもあって意識を引き戻すのが難しいのだろう。俺も早く帰りたいし。


「……なら、今後は余計駄目だな」


「……?」


 俺の呟きに、紺野さんが首を傾げる。

 彼氏とそこまでの関係を築いているのにも関わらず、彼氏以外の男の家で手料理を振舞うのは言語道断だろう。少なくとも、俺が彼氏だったら許せはするかもしれないけどかなりきっついからな。自分の不甲斐なさでいっぱいになると思う。


 だから──。


「紺野さん、もう、料理は作りに来なくて良いよ」


 既に胃袋を掴まれつつある現状、非常に、ひっっっじょーーーに苦しいが仕方あるまい。

 あれだけイケメンで素敵な彼氏さんが居るのだ。その料理の手腕は、彼氏にこそ振舞うべきだ。

 苦渋の決断でかろうじて紡いだ言葉に、紺野さんの反応は――――。


「……え?」


 彼女の頬に、一筋の涙が伝っていた。

 ぽかんとした表情のまま、開いてしまっている口を閉じる事も無く、固まってしまっていた。

 何故、涙を――――と、質問する前に、彼女は何かを悟ったように乾いた笑みを漏らした。


「……そうです、よね。その、渚君にはもう――――素敵な女の子が、居ますもんね」


 ちらりと紺野さんは紫音の事を一瞥する。その視線を向けられて、紫音は何かに気付いたのか、ハッとしたような表情を浮かべた。

 紺野さんは自分の財布からお金を取り出してテーブルへと置き、そのまま立ち上がると、走って出口へと向かった。


「待って!」


 紫音がこれまで聞いた事が無いレベルで切迫した声を張り上げる。

 だが、紺野さんの足はそれで止まる事は無い。そんな彼女をただ茫然と見る事しか出来なかった俺は、紫音に胸ぐらを掴まれた。


「今すぐポンを追って! 私の言葉じゃ無理、傭兵の言葉じゃないと届かない!」


「え、それだとこの芝居は……」


「もういい! 中止!! 傭兵は本当に鈍すぎる!! 人の心を知れ! 馬鹿!!」


「それお前が言う!?」


「……え、芝居ってどういう……」


「付き合ってないって事! 今までの話は真っ赤な嘘! 良いから早く追ってあげて!!」


 ようやく魂が帰ってきた雷人が困惑したように声を絞り出すと、紫音に怒鳴られた。

 雷人は「は、はいっ!」とビクッと肩を震わせて、恐る恐るといった様子で。


「ここは俺が出しとくから、渚は早く行っとけ。意識飛んでたから事情は知らんけど」


「すまん、頼んだ」


 

 軽く謝罪をしてから、俺は勢いよく駆け出した。

 きっと、これで紺野さんを食い止める事が出来なければ、修復しようがないほどの溝が出来てしまう……そんな予感を感じながら。

 

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