#097  瞬く間に広がる情報


「はいリピートアフターミー、『ボクは煽った相手に惨敗した糞noobです』」


「ねえ、一連のあの言動は全部演技だったんだよねぇ?割とそれ言うのボクのプライド的にも少し厳しい物があるって言うかそもそも惨敗ってよりも紙一重って言うかねぇ……」


何か言ったかぱーどぅん?」


「これ意地でも言わせるつもりだねぇ……」


 試合終了後、逃走しようとしていた厨二の首根っこをひっ捕らえて観客席にいるポンの元へと直行すると、開口一番そう告げる。

 敗者は勝者に従うのみィ……!これ自然の摂理な?弱肉強食が世の常なんですねぇ……。


 だが、当の本人のポンは苦笑すると。


「ま、まあまあ村人君。厨二さんも反省しているようですしそこら辺で勘弁してあげては?」


「いやポン、ポンって言われたんだぞ?こいつは一度分からせないと調子に乗るからな……」


「私だって実力差ぐらいわきまえているつもりですから。それに、村人君が私の代わりに怒ってくれてましたし、私はもう別に気にしてませんよ」


 それだけ言うとポンは口元を緩めて柔らかく笑う。

 そう言われてしまうとこちらは何も言えないな…。


 ポンの言葉を聞いた厨二はにこやかに笑うと、俺に耳打ちしてくる。


「で、どこまで本気で怒ってたの?」


「まあ決定打はゲームを楽しむなって言われた時だが……まあ、ポンの事を貶されたときは割と腹立ったかな」


「君のあんな怒ってる姿は見た事無かったから地雷踏んだなぁとは思ったけどそっちに怒ってたんだねぇ……」


 厨二が引き攣った笑いで俺の方を見るので静かに頷く。


 あんまり勝利に固執しすぎてゲームを楽しんでないのは俺の中である意味黒歴史だからな。楽しんだり、爽快感を求めるはずのゲームでストレスをためてしまうのは本末転倒だ。今では大分エンジョイ寄りになったが、昔はそれこそどれだけ足掻いても届かなかった厨二に一矢報いようと試合中粘着するほどには酷かった。……あの頃は若かったなぁ……。


 感傷に浸るように視線を虚空へと向けると、口を半開きにして少しショックを受けているような表情で固まっているポンの姿が視界に映った。


「わ、割と……」


「いや違う、待てポン。今のは言葉の綾ってやつだ!かなり、かなり腹立ったから!」


「言い訳の仕方が下手なんだよなぁ…」


「串焼き先輩は黙っててくれ」


 にやにやといやらしい笑みを浮かべる串焼き先輩に対してこめかみを押さえながらため息を吐くと、頭を振ってからポンの方へと顔を向ける。


「確かに厨二を騙すために少し入れ込み過ぎるぐらいにはキレ散らかしたけど、ポンの事を思って怒ったのは本当だ、それだけは信じてくれ」


 そのままずいっと近寄り、ポンの瞳を真正面から捉えると、彼女は視線から逃れるようにそっぽを向いた。


「なぜそっぽを向く」


「お気になさらず」


 顔を背けたまま一向にこちらに顔を向けようとしない彼女に首を傾げていると、何やらライジンが物思いに耽るような表情でウインドウを眺めているのに気付く。


「……ライジン?どうした、そんな顔して」


「いや……。マズイ状況になったなと思ってさ」


 そう言ってライジンはウインドウをこちらに飛ばしてくる。ライジンが見ていたのはプレイヤー達が運営しているこのゲームの掲示板のようだった。マーキングしていたその内容を確認し、思わず目を見開くと、ライジンは小声でぽつりと呟いた。


「あまり声を大にして驚くなよ。……周りのプレイヤーに怪しまれる」


 それを聞いて、こくりと頷く。ライジンが見ていたその内容とは、ヴァルキュリアに関する情報だった。予選で敗退したオキュラス氏がその後ヴァルキュリアと対峙した結果、見事ヴァルキュリアの攻撃を躱し、その真名を明かした――までは良かったが、どうやら彼が統括、運営しているクランである『お気楽隊』のクランメンバーが情報をお漏らししてしまったらしい。

 その影響か、情報は種火が燃え上がるように多方面に大きく伝播していく。今現在、掲示板ではヴァルキュリアに関する情報が過半数を占め、大会のスレと同レベルの勢いで膨れ上がっている。


「確かにこれは一大事だな」


「……【戦機】関係の情報のアドバンテージは完全に他のプレイヤー達と同じラインまで引き戻されてしまった。串焼き団子さんが気付いてくれたあの情報も、他のプレイヤー達が気付くのも時間の問題だし、どうするか……」


「【戦機】関係の【二つ名クエスト】出てないならまだ平気じゃね?」


「いやそういう問題じゃないんだ、もしかしたら他のプレイヤーに先に攻略……」


 そこまで言うと、ライジンはん?と声を漏らすと首を傾げた。そして、ぐるんと首をこちらに向け、勢いよく詰め寄ると、凄まじい形相で言葉を紡ぎだす。


「おい、今、なんていった」


「いや【二つ名クエスト】出てなむぐ」


 そこまで言うとライジンは俺の口を手で物理的に塞いできた。そのまま肩を震わせて小声で呟いてくる。


「なんでそんな重要な情報を早く言わなかったッ……!」


「だってまだカフェ行ってないから情報共有してないし……」


「いやまあそうなんだけど……!……クエストを発生させる事によって二つ名討伐のストーリーが進行する?今現在の情報だと、俺達と同じラインという事は……まだクエストが発生していない?……ふぅ、そうか。なら、それほど焦る必要は無いのか」


 独り言をぶつぶつ喋っていたライジンは安堵したようにため息を吐くと、再び座席に着いた。


 恐らくではあるが、ライジンが言ったように【二つ名】討伐に関係するフラグを立てるためには、あの地下迷宮で発生させた【二つ名クエスト】とやらを進行させないといけない気がする。現時点で表立って出てきた情報は、あの時俺がヴァルキュリアの攻撃を回避した事で露わになった情報だけだしな。【二つ名クエスト】が発生したという話は特に出てきていないからな。もしかしたら隠蔽されているだけかもしれないが。


 ライジンはちらりとこちらを見ると、ぽつりと。


「これ以上はまた今度にしよう」


「理由は何となく察した。……まあ、その時のお楽しみにしておいてくれ」


 釘を刺されたので俺は手を振って返す。迂闊に公共の場で情報を垂れ流してはヴァルキュリアの情報漏洩の二の舞になりかねない。他プレイヤーの試合が始まっているため、辺りが歓声で騒がしいおかげで少し騒ごうが平気だが、どこで誰が聞いているか分からないしなぁ……。


 と、試合を見ていたライジンが立ち上がり、ウインドウを閉じると。


「さて、俺もそろそろ準備するか」


「お、ライジンの試合も近いのか。……負けるなよ?」


「あたぼうよ、村人と厨二の試合で俺も当てられちまったからな。やる気自体は十分だ。それに、代行者の方も早く話を進めたいし……速攻で終わらせてくる」


「あんまり早すぎる試合は見ごたえが無いんだが……まあ、楽しみにしてるよ」


 そう言い残してライジンは観客席から遠ざかっていく。ライジンが座っていた所に代わりに座ると、厨二が近寄ってきた。


「じゃあボクはここらへんで失礼するねぇ。決勝が近くなったら連絡ちょーだい。それまでは海岸線で得た情報と、地下迷宮について調べてくるからさぁ」


「お、了解。また後でな」


「君とライジン君の決勝、楽しみにしてるんだから。期待を裏切らないでくれよ?」


 にやにやとした笑みで、厨二は俺の事をからかうように見下ろす。だが、俺も負けじと不敵な笑みを浮かべると。


「気が早いけどまぁ……負けるつもりはないさ」


「それが聞けただけでも十分さぁ。じゃあ、また後で」


 そう言って厨二もファストトラベルで観客席から姿を消した。残された俺達は、Rosalia氏とapple氏の試合に視線を戻すと、ふと何か違和感を覚える。

 違和感の正体に気付くと、俺は額に手を当てて、ため息を盛大に吐いた。


「……あいつ、さりげなく逃げやがったな」


「……ですねぇ」

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