#094 1st TRV WAR 本戦 銀翼VS村人A その六


 先程開けた穴から飛び降り、辺りを見回す。

 瓦礫が散乱しているのを見るからに、足場的には少し条件として良くないかもしれないが、この場所で厨二を迎え撃つことにした。

 ここから先の戦いは弓を用いた戦いというよりも、近接主体の戦いになるだろう。

 ポン戦の感覚を思い出せ、いくら厨二がステータス補正で早いと言えどポンの【爆発推進】のスピードには及ばない。


 コンバットナイフを抜き去ると、切っ先をこちらに向かってきている厨二の方へと向ける。


「念のため宣言しておこうか。今から小賢しい真似なんて一切しねえ。厨二が望む俺で戦ってやろう」


「それは期待しているよ。今の君の目の輝きは、昔見たそれと同じ……いや、少し違うか?」


 俺の無表情を興味深そうに見てくる厨二。

 少し首を傾げながらもまあ良いかと呟き、向こうも短刀を構える。


「君が本気を出してくれるのであればそれでいい。こちらも一切の容赦はしないからね」


「御託は良いからとっととかかってこい」


 挑発するように人差し指をくいくい、と厨二に向けるとわずかに笑みが曇る。

 そしてそのまま目を瞑り、ゆっくりと息を吐き出してから開くと――その眼つきが鋭く変わった。


「……では始めようか。選ばれし者同士による宴を」


 マントをバッと開かせ、短刀を地面に突き立てる厨二。

 地面に突き立った短刀は黒いベールを纏い、突き立った地面を中心に魔法陣を展開する。


「我が片翼を触媒に、顕現せよ。【黒刀アディレード】」


 そして地面に溶け込むように短刀は魔法陣に沈み込んでいくと、一つの黒い刀がズズズと重厚な音を立てて召喚される。

 そして宙に浮いたその刀の柄を掴み取り、鞘を抜き取ると真っ黒な刀身に紋様が浮かび上がった。


「ずいぶんまた洒落た演出だな」


「気分が昂るだろう?こういう演出をした方が、気の入りようも変わるってものさ」


 まあ、どうせスキルで演出弄ってるだけで、それがメインウェポンの武器なんだろうが。


 だが、そのメインウェポンも恐らく見掛け倒しでなく性能面ではかなり優れた物なのだろう。どことなく威圧感を感じるそれは、【水龍奏弓ディアライズ】を初めて見た時と同じ感覚だ。恐らくだが……あれもウェポンスキル持ちの武器なのだろうと、俺の中の直感が告げる。


「甘美なる宴を開宴しよう。精魂尽きるまで踊り狂ってくれよ、村人A」


「上等だ、良い年して拗らせてやがる真性の厨二野郎」


銀翼シルバーウィング、推して参る!」



 ――互いの武器が閃き合い、激しい火花を散らして交差する。






「始まった」


 ライジンが若干弾むような声音でそう呟くと、ポンもそれに同調し、頷き返す。


「厨二の語源ってやっぱりそう言う事なんだなぁ……」


 試合の様子を見て、若干顔を引きつらせながら串焼き団子が苦笑したのを見てライジンも釣られて苦笑する。


「まぁ……初見の人は大体ビックリするか若干引き気味になりますけどね。すぐに発言に意識が行かなくなりますよ。きっと……」


「ふざけているわけじゃないんだろ?」


「ええ。あの人なりの本気を出すときのルーティーンみたいなものなんだと思います。……あの状態に入った厨二を1on1で超えられる人間がいるかどうか……」


「……お前ですらその評価か……」


「ただ、対する村人のあんな表情を見るのも初めてで。人間離れした跳弾計算を即座に行える程の計算力を持ってるあいつが、ただ勝利一点のみを見据えて思考の限りを尽くすと言うのなら。……もしかしたら、もしかするかもしれません」


 期待に胸を膨らませたような表情で、ライジンは饒舌に語る。

 そして、そんな中固唾を呑んだ様子で見守っていたポンは、祈るように手を重ね合わせて呟いた。


「……頑張って」






 上、右下から上方に掛けて斬り上げ、一歩引いて鋭い刺突。

 厨二の一つ一つの動作を見ながら、冷静に判断し、コンバットナイフで刀をパリィしながら澄み切った脳内で思考を続ける。

 傍から見れば異様な光景だ。どう見ても刀に対する対抗手段としては不釣り合いすぎる近接武器、それも間合いで言えばかなり近い距離でしか真価を発揮しないコンバットナイフで渡り合い続けているのだから。

 既にこの打ち合いを初めて五分を経過しようとしている所で、厨二が呟く。


「一体いつまで護りに徹するつもりだい?攻勢に転じないと僕を堕とせないよ」


「……余計なお世話だ」


 片手に【フラッシュアロー】を作成、それを厨二に向かって放とうとした所で、厨二はマントで前方を覆い隠して視界を遮る。

 それを見て【フラッシュアロー】をスキルキャンセル、すぐさまディアライズを担ぎ、【自動装填オートリロード】で矢を装填と同時に速射するが、マントを貫いた先には厨二の姿は無かった。

 ちっと一つ舌を鳴らし、頭をフル回転させる。


(……透明化スキルか)


 思考がクリアになっている影響か、その光景を見て厨二が今しがた行った行動を理解するのは早かった。

 このスキルは既に情報は割れている。予選時にその対処法を実践している。ミニマップを確認すればいない筈の赤点があるはずだから。


(だが、そんな隙を与えるはずも無いだろう、お前は)


 FPSで鍛え上げた聴覚が、すぐそこに迫り来る足音を正確に聴き分けていた。

 背後から迫る風圧を肌で感じながら、パリィするのに最善な角度でコンバットナイフを下から刀に叩きつけるように滑らせる。

 次の瞬間、空間がブレてすこぶる楽しそうな表情を浮かべた厨二の姿が出現した。


「……やはり、君との対戦は楽しいな」


「そりゃどーも。俺はつまらねえけどな」


 楽しそうな厨二に対して、俺は吐き捨てるようにそう言う。


 相手の挙動に全神経を注ぎながら自分の立ち回りを考えないといけなくて。

 未知の相手に、どう工夫をして立ち向かおうか悩むワクワク感も、今現在持てる力の限りを尽くしてギリギリの戦いを楽しむ高揚感も一切思考から除外して。

 ただ相手の行動に対して考え付く最善の行動だけを淡々と行う。こんなの、ただの作業でしかない。


 本当に、つまらない。


「そんな事を言うなよ。……僕の事を路傍の石に向けるような視線で見るのもやめて貰えるかな?僕とてそんな視線を向ける相手とやるのは気分が上がらないものでね」


「こうでもしないと集中できねえんだよ、察しろ」


 余計な感情を一切持つな。散々鍛えぬいた反射で行動を起こせ。培った経験から相手の行動を予測しろ。勝利という目標において、楽しいという感情は一切の必要が無い。


 厨二はそれを聞いてふぅん、と言葉を漏らすと刀を構えた。


「そうかい。確かに君との勝負は楽しいけど……いまいち気分が昂らないな。僕を昂らせるためにももっと気の利いた発言をしてもらえないかな?」


「それは勝負において必要な事か?ないよな?じゃあ断る」


 厨二の言葉に淡泊に返すと、ピクリと厨二の眉が動いた。

 刀を握る拳に力が入ったのか、ギリ、と音を立てるのが聞こえてくる。


「……調子に乗るなよ。君はこの打ち合いを始めてからまだ僕に一つも傷をつけていないんだから」


 次の瞬間、閃く剣閃。まさしく神速とも言える厨二の左切上に耐え切れず、身体から大量の赤いポリゴンが飛び散り、パリィに失敗したコンバットナイフは弾かれ、宙を舞った。

 武器を失ったその隙を見逃そうともせず、厨二は続く一太刀を浴びせようとして、違和感に気付いたのか己の腹部を見る。


 、自分の腹部を。


「生憎、クイックショットは十八番なもんでね」


 ジュウ……と音を立てて【爆速射撃ニトロ・シュート】の限界に近い高速射撃を行った代償に焼かれた腕で弓を構えながらそう呟く。

 先ほど弾かれたのは、弾かれたのだ。受け流しの跳ね上がりを利用して上がった腕でそのまま背に担ぐディアライズを掴み、即座にスキルを利用して矢を発射。

 完全に切り上げた体勢の厨二に、凄まじい速さの矢を回避できるはずも無かった。


 グラリ、と揺らいで片膝を付く厨二。その矢にはポン戦でも用いた麻痺毒が塗りたくられている。


 自損覚悟で、回避される可能性が少ないこの瞬間を狙うための挑発。

 決して少なくないダメージを負いながらも、厨二に有効打を与える事が出来た。


 HPポーションを取り出し、身体に掛けてHPを回復しながら、こちらを睨みつける厨二へと視線を向けると。


「なあ厨二。ここで一旦仕切り直しだ。気分がどうこうとか負ける理由付けしてないで、勝利に向けて足掻いて見せろよ」


 【彗星の一矢】を発動し、無防備に膝を付く厨二に弓を向ける。はちきれんばかりに弦を引き絞り、青と白のエフェクトが矢を包み始める。


「第一ラウンドは俺の勝ちだ」


 そう確信し、矢を放とうとした瞬間―――水龍奏弓ディアライズが手元から


 

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