#058 1st TRV WAR 予選 その十四


「うわ、なんだこいつ、ポイント少ない奴は引っ込んでろ……」


 銀翼こと厨二は戦いの高揚感に笑みを浮かべながら的確に相手の急所にナイフを滑らせる。一瞬の出来事に対応できずに、口をポカンと開けたままの男は、自分のHPバーが真っ黒になっているのに遅れて気づくと、ポリゴンとなって霧散していった。

 ピエロメイクの下に隠れる鋭い眼光が次の獲物を捕らえると、低空を疾走しながらナイフを持ち変えて一閃する。次の瞬間、二人のプレイヤーが崩れ落ちる。


「トリプルダウーン」


 気の抜けるようなふざけた声音から繰り出される攻撃は非常に洗練されている。Aims時代に鍛えた近接戦闘の技術は、傭兵Aをも優に凌いでいるほどの実力だ。

 ポイントが少ないからと油断していたプレイヤー達の間に緊張が走り、油断してはならないと武器を持つ手に力が入る。


「今は取り敢えず共闘だ!洞窟に入る前に打ち合わせした通り、手柄は仕留めた奴の物にする!人海戦術であいつを止めるぞ!」


「「「「了解!!!!」」」」


 リーダー格の男が指示を出すと、周囲のプレイヤー達が厨二の周りを取り囲む。


「逃げ場を無くせ!たかが一人、人数でどうにでもなる!」


「これっぽっちでボクを止めようなんて烏滸がましいねぇ、これが全部傭兵君だったら話は別だけどサ」


 斬りかかってくるプレイヤーを軽々と回避すると、別のプレイヤーの首筋に一閃。間もなく崩れ去るプレイヤーを見ながら獰猛な笑みを浮かべて。


「ほぅーら逃げ場なんて、幾らでも作り出せるしネ」


 舐めたような態度の厨二に周囲のプレイヤー達は頬をヒクつかせ、こめかみに青筋を浮かべる。


「おーい厨二、不味かったら言えよー」


「傭兵君はがピンチだと思ってるのかい?心外だねえ」


「ふっざけんな、てめえなんて一瞬で―――!」


 どこまでも余裕ぶった態度の厨二にしびれを切らし、ハンマーを持って殴りかかるプレイヤー。だが、そのハンマーは厨二に直撃することなく、空振りする。


「あれ!?」


「【宵闇のトワイライト怪盗ファントムシーフ】。攻撃が単調すぎ。つまんないね、キミ」


 厨二は、先ほどまで目の前の男が装備していたはずの武器を手に持ち、大きく振りかぶると、スキルを発動する。


「【剛槌】」


「!?それ、俺の武器のスキ」


 メキャっとおよそ人から鳴るとは思えない悲惨な音を立ててプレイヤーの首が吹き飛ぶ。プレイヤーが消滅すると同時にハンマーがポリゴンに変わると、再びナイフを装備しなおす厨二。


「で、次は誰?」


「次は俺だ!!【疾風突き】!!」


 槍を持つプレイヤーがスキルを発動すると、青く輝いて加速する。厨二はそれを避ける事無くただ見据えていると、槍が厨二の頭部を容赦なく貫く。


「やった、仕留めたぞ!」


「はい、お疲れ様」


 槍を持つプレイヤーの肩に手が置かれると、ズルリと頭部がずれていき、ポリゴンに変わる。槍で貫いた筈の厨二は霧となって霧散していく。


「他愛ないねえ」


「こいつ、あまりにもレベルが違い過ぎる…!」


 厨二の動きを見てプレイヤーの一人がそう呟いた。厨二はふっと鼻で笑うと、顔に手を添えて、マントを広げる。


「まあ、ボクは選ばれし人間だからねぇ。有象無象を蹴散らすなんて訳ないのサ」


 そう呟くと再びナイフを閃かせて武器を構えたまま固まっているプレイヤーの首を刈り取ると、ため息を吐いて失笑する。



「ボクは早く別の事がしたいのサ。悪いけど、さらにフルスロットルで行かせてもらうよ」



 さらに、厨二の動きは加速する。


 



「……ライジンから見てあの動き、どう思う?」


 厨二とプレイヤー達の戦闘開始から数分が経過した。未だプレイヤー達の刃は厨二に届くことなく、その姿はマンイーター討伐時のライジンを彷彿とさせる。その為、ライジンはどう感じているのか気になり、ライジンの方を見ると、爛々と目を輝かせていた。


「まあ間違いなくあの動きを見る限り周囲のプレイヤーに比べて数段レベルを上げてるよね。AGI振りなのは見ての通りだとして、一撃必殺を狙ってる所を見るとDEXにもそこそこ割いていると見た。攻撃手段は主にナイフと、スキルによる武器の強奪、その武器のスキルの使用。透明化のスキルはこの戦闘で使用していないけど、あの霧散して突如出現スキルと組み合わせると相当凶悪だし、そこに本人の回避性能が加わるから攻撃を当てるのは至難の技で――」


「あー、うん、そこまで聞いてないわ」


 腕を組みながら突然嬉々として早口で話し始めたので俺はポンの方へと振り向く。


「ポンはどう思う?」


「えっと……すごく速い、ですよね」


「うん、そんぐらい簡潔だとすっきりしてるよね」


「でもそれより速く動けばなんとかなるんじゃないでしょうか?」


「うん、脳筋だね!」


 ポンは昔から脳筋思考だからなあ、半分予想はしてたけどここまで簡潔だとむしろ清々しいな!やっぱこの世は強い奴が強いんだね(脳死)。


「串焼き先輩は?」


「……悔しいけど今の実力であいつを圧倒するのは厳しい、と思う」


「圧倒じゃなくて普通に戦う分でも厳しそうだよな」


 まあ、それには俺も同感だ。先ほど奴に不意に勝負をしかけて、本気では無かったとは言えあいつのお遊びに二人がかりでも翻弄されていた。それほどまでに奴との実力差があるという事だろう。


「ここで俺達に自分の戦闘を見せつけてきたのは、今の実力じゃあいつの足元にも及ばないから鍛えろって遠回しに伝えるためだったのかもな」


 串焼き先輩の言葉になるほど、と納得する。スタートは同じといえど、やり込む時間が違う。ライジンの言葉通り、恐らく奴はレベルを相当上げているのだとしたら、技術以前に地のステータスの差が開いているのだろう。そこを何とかしない限りは奴に対等に挑むことが出来ない。


「またリザードマラソンすっかなあ……」


「えっ」


 俺がぼそりと呟くとポンが顔を青ざめる。ちらっと見ると、ポンは胸の前で無理無理と感情を表現するように手をブンブン振っていた。


「え、駄目?」


「もうあんな思いはこりごりなんですけど……」


「ねえ、駄目?」


 ポンの傍に近寄り、その手を取って真正面から見つめる。顔が心なしか赤くなったポンは、身体を震わせながらそっぽを向いて、口早に話し出す。


「い、いくら村人君の頼みとはいえ無理ですぅ!あれ、人生の中で最高レベルのトラウマ級の出来事なんですからね!?」


「やっぱそうかぁ……」


 でも一番手っ取り早くレベル上げられる手段があれ以外に思い浮かばないんだよな。あの落盤レベル上げは仕様だが何回もやれば運営が見かねて修正されるかもしれないからやっておきたかったのだが……。


「うーん、となるとライジンみたいにボスマラソンをするのが無難なのか?」


 このゲームの仕様として、経験値はパーティを組んだ全員が同じ経験値を会得するわけではなく、トータルの経験値からパーティメンバーの数だけ経験値が分散する。その為、経験値を独占したいとなると必然的にソロプレイをする方が美味しいのだ。とはいえソロプレイで強敵を倒すことは困難。うーん、MMORPGって上手くできてんのな。


「まあ、ボスマラソンは時間はかかるけど他のプレイヤーに獲物を横取りされる可能性が無いからその点で言えば楽だよ」


「うーわガチ勢視点ー」


 ライジンは簡単に言うけどボスソロ討伐って相当高難易度なんだよなぁ……。近接攻撃しかしないボスが居れば俺でも出来そうな気がするけど正直マンイーターもレッサーアクアドラゴンもソロ討伐出来る気しねえ。


「あ、そろそろ終わりそうだぞ」


 串焼き団子は戦闘が行われている方を指さす。厨二の動きは止まる事を知らず、やってきたプレイヤーは指折る程しか数えられなくなっていた。本当に全員蹴散らしてるのは流石というべきか。

 肝心のポイントだが、見事百ポイントを越していた。まだポイントが高めのプレイヤーが残っているのを見る限り、本選出場のポイント競争でも生き残れるだろう。


「しかし本当に動きが別格だよなぁ」


 他のプレイヤーには申し訳ないが、確実に動きに差が出過ぎている。躊躇なく次の行動を選択し続ける厨二の動きは簡単に対処できるものではなく、一瞬でも躊躇が生まれた瞬間に致死の斬撃を差し込んでくる。

 あれが本選で当たるかもしれないと考えると、楽しみだと思う半分、冷や汗が背中を伝う思いだ。


「あいつも楽しみにしているだろうから、手は抜けないよな」


 だが、負けるつもりは毛頭無い。戦闘を終え、ゆっくりとこちらに向かってくる厨二を見据えながら、俺は本選での奴との対戦を待ち遠しく思うのだった。


 

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