#011 SBO、アプデを迎える

 

「あぁ……今何時だ……」


 寝ぼけ眼を擦りながらベッドから転がり落ち、ぐへぇと情けない声を漏らす。結局弱体化がどこまで影響を及ぼすかが怖くて睡眠時間が短くなってしまった。折角楽しめそうなゲームを紹介してもらったのにもうやめてしまうのは非常にもったいない。メンテナンスでどこまで影響が出たのかが怖い。


「げぇ……もう10時……」


 日はすっかり昇り、窓からは真夏の快晴と言わんばかりに日差しが強く差し込んでいた。眩しかったので眼を細めてから、AR拡張現実のデバイスを開き、SBOの掲示板を覗く。

 どうやらメンテナンスが終了してそれなりに時間が経っているらしく、掲示板でもメンテナンスの内容に対する議題で盛り上がっているようだ。


「ふーん……弓使いの矢の挙動が修正された……。ほう、普通にレベル1でも当たるようになったのか」


 【弓使い】レベル1の時の矢の挙動は本当に酷かった。まるでAimsの弾丸が真っすぐ飛んでいかない銃、アレクサンドロ・ビューロを使っている気分だった。しかしそのバグもようやく修正されたそうで、今後は狩人(弓使い)をメインジョブにするプレイヤーも増えていくだろう、と掲示板でも書かれている。つかそんな早く直せんなら製品版発売前に直しておけよ、と思ってしまうのは言わないべきか。


「その他複数のバグや細かな不具合……。おっ粛清Mobも始まりの平原で湧かなくなったのか。そして時間の延長、出現時間の短縮……か。おいそれとあいつゴブジェネみたいなBOSS級Mob出てこられたら困るしありがたいパッチだな」


 まあ装備が充実してスキル含めレベルを上げて強くなったら再戦するつもりなのだが。それまで首を洗って待ってやがれゴブジェネ……!


「後はスキルの弱体化、上方修正……。不遇職の狩人を始めとした人気の無いジョブのスキルが主に上方修正、スキル生成システムで作られた一部のスキルと一部の強スキルが主に弱体化、なるほど、なら跳弾以外は大丈夫……か?」


 他にも流通システム(リアルタイムで価格が変動するシステム)の改善が行われ、人気が無いジョブのアイテムは基本的に安価で購入出来るようになったそうだ。一日前だったら良かったのだが、スキル自体が元々優秀で、普通に扱いやすい強ジョブになったのならば価格自体は前と変わらないだろうから恐らく花火師とかが救われるアプデだろう。


「ポンもメイン火力として期待して良さそうだな……。多少のレベル差があってもフェリオ樹海のボスを倒せるんじゃないか?……よし、跳弾の検証の後にライジン達と強行軍してみるか」


 少人数低レベルでのボス攻略はライジンが別ゲーでも何度も行っていた企画だ。奴の動画ネタ提供も兼ねて挑んでみよう……初見で行けるかなぁ……。


「おっしゃ決まれば善は急げ!」


 テーブルに置いてあった菓子パンをむさぼり、冷蔵庫から昨日ポンから貰っただし巻き卵、エナジードリンクを取り出す。

 だし巻き卵をレンジで温めて、ひょいと一口。うん、美味い。


「甘さとしょっぱさが丁度いい塩梅で割と好みな味付けだな…。またポンからお裾分けもらえねえかなぁ……」


 あっという間にだし巻き卵を食べ終わり、一息にエナジードリンクを飲み干す。


「コンディションは万全とは行かないけど気合で乗り切ってやらぁ!」


 いざSBOの世界へ!






 フェリオ樹海。木々が多く跳弾の練習にもってこいであるこの地は、今後も何度もお世話になりそうなフィールドだ。

 ライジンとポンはフレンドリストから見れる位置情報を確認した結果、どうやら先にフェリオ樹海で狩りをしていると思われる。

 まあ後々合流すればいいだろうと結論付けて修正された跳弾の検証を行ってみた。

 結果から言おう。



「えー…と?跳弾のどこが弱体化されたんだ、コレ?」



 正直どこが弱体化されたのか分かりませんでした。



【跳弾】任意発動型アクティブスキル


投擲系アイテム及び弓、ボウガンなどの遠距離系武器が壁や地面を反射するようになるスキル。跳弾する毎にダメージが減少する。



 うん、言いたいことはわかる。新しく任意発動型アクティブスキルの表記が追加されたっていう事でしょ?うんうんわかるわかる。……ん?跳弾毎にダメージ減少があるだろ?Aimsでは跳弾する毎にダメージ減少がデフォルトだったし、どんなに威力低くても頭に入れば即死だったから問題なかったんだよね。

 そして極めつけがこれ。


「ほい」


『ゲギャァァァ!?』


 跳弾回数を多めに、という事で15回目の跳弾でゴブリンの頭に矢を当ててみる。すると、一応頭は急所判定なのか、叫び声をまき散らしながらポリゴンとなった。


「急所はクリティカル確定、レベル差によるダメージでヘッドワンパンか」


 あれえガバ調整。でも敵Mobのスポーン位置が以前と違って不規則になっているから遠距離からの狩りはもう出来ないけど、跳弾を使っての狩りなら問題無さそうだ。

 更に跳弾毎にダメージ減少、つまり『ダメージ』だけで、その他の効果は影響無さそうだ。


「これ汎用性上がってね?」


 確かメンテナンス内容にパーティ内のFFフレンドリーファイアによるダメージの減少って書いてあったし、つまりはだろう。


「いや多分俺のためにやった訳じゃないんだろうけど、実質跳弾強化だよなぁこれ」


 これは中々いい調整だ。多分何回跳弾してもダメージ変動が無いのを問題視したんだろうけど結果的にAimsの『跳弾マガジン』を用いた跳弾の仕様とまったく同じスキルとなった。使い慣れている方がやりやすいしこちらとしてもありがたい。


「ふはははは運営様感謝するぜぇ!今後とも楽しませて頂きますよぉ!ごぶぁっ」


 勝利の雄たけびを上げながらガッツポーズを決めた俺は、声に反応して出てきたゴブリンに奇襲されて顔面を根棒で殴られて床ペロしたのだった。





「しっかし弓使い増えたなぁ……」


 場所は変わって始まりの町ファウスト。その噴水広場で俺はポンとライジンにメッセージを飛ばし、合流を待ちながら初心者の装備を観察していた。

 やはりメンテナンスによって上方修正した影響か、広場に行きかうプレイヤー達を見ていると、明らかに昨日よりも弓使いのプレイヤーが増えている。うんうん、弓使いが増えるのは良いことだ。跳弾弓はいいぞ。もっと流行れ。


 ぼーっと待っていると、見覚えのあるハンサムフェイスが視界に入った。ようやく来たか。


「おーいライジン!こっちこっち」


「あ、居た居た」


俺の声を聞いてライジンと、一緒に居たポンがこちらの方を向く。向こうもにこやかに手を振り返して来たので、俺は彼に向けて一言。


ボス攻略デートしに行こうぜ!(裏声)」


 いえーい日課の爆弾投下ァ!(主に嫌がらせ)


 ピキ……と、ライジン達の動きが止まる。引きつった笑みのままざっざっと足早にこちらに近づいてきて掴みかかってきた。


「お前本当何がしたいんだよ!?」


「なにってボス攻略のお誘い(裏声)」


「何がどうして先ほどの発言になった!?恋愛要素ないよなぁ!?」


「だってRPGキチガイのお前にとってボスの顔なんて親の顔より見慣れてるだろ?(裏声)」


「一番最多でDoDのドラゴンライダーの4086体かなぁ…。あいつの小数点以下確率表記詐欺ドロップの『ドラグーンスピア』が落ちなさ過ぎて狩りまくったなぁ……。どうだろ、割とマジで親の顔より見たかもしれねえ…って違う違う!なんで親の顔=デートなんだよ論点ズレすぎだろぉ!?」


「ちっ適当に言っておけば誤魔化せると思ったけどやはり頭は回るか小癪な奴め(地声)」


「あっこいつ元からはめる気満々だったないや知ってたけども!」


 ライジンがぎゃーすか騒ぐもので、周りのプレイヤーたちもなんだなんだと近寄ってくる。


「ゲームん中でもデートとか熱々ですなぁ」


「リア充死すべし!抹殺せよ!」


「うわぁ女の子の方アバター可愛い……って、男の方のプレイヤー、ライジンじゃね?」


「うっわマジだライジンじゃん!あいつ彼女いたのかよ女性リスナーが黙ってねえぞ」


 騒がしくなる噴水広場。流石超人気配信者。知名度ずば抜けてんなぁうんうん。


「だぁぁああめんどくさい!畜生また炎上しかけてんじゃねえか!ボス攻略はメッセで時間と場所指定!今回の騒動の埋め合わせは今度カフェで奢れ!以上!」


「あっ逃げたぞ問い詰めろ!」


 詰め寄ってきたプレイヤーを磨き上げてきた華麗な身のこなしを無駄に披露し、かき分けながら逃走していくライジン。その後ろを大量のライジンリスナーと思われるプレイヤーたちが追いかけていった。


「……カフェで奢れって、結局デートなんじゃ……」


「しっ!ポン!いけません!俺も触れるべきかどうか悩んだんだから!」


 結局自分で地雷撒いてるんだよなぁ……。

 というか別に奢るのは問題ないんだけど野郎と二人でカフェはなぁ……。ハードルが高いっつーか……。


「なんならポンもデートする?」


「ふぇっ!!?」


 ポンを連れてったら驚くぞー。まさかリアルでも会えるなんて思ってもないだろうからな。

 ポンの方へと向くと、足を生まれたての小鹿のようにガクガク震わせてへたり込んだ。


「でっでででででででででででででででで」


「っておい!?どうしたポン!?音声機能いかれた!?」


 顔を真っ赤にしてひたすら「で」を繰り返すポンの顔の目の前で手を振り振りする。

 そのまま呼吸を荒くしていったと思えば、目の前から淡い光となって消えていった――。


「えぇ……」


 一人取り残された俺は、悲しくその場で佇むのだった。

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