#005 グレポン少女、リアルに襲来す!


「………………………ポン?」


 俺はリビングに備え付けられてある玄関の様子が見れるモニターの前で硬直してしまった。紺野さんと名乗る美少女は、つい先ほどまで一緒にゲームをプレイしていたグレポン丸――ポンのアバターにそっくりだったのだ。それこそ、2Pカラーのような再現度だ。


『……………………えっ』


 紺野さんも一緒に笑顔のまま硬直する。俺はまだ玄関から顔を出していないため、向こうからしたら引っ越しの挨拶に来たらなんか急にゲームの話を引っ張り出した変質者にしか思われないだろう。

 慌てて玄関まで行き、ゆっくりと扉を開ける。


「あ、すいません。出るのが遅れて……」


「いえ、こちらこそ突然すいません」


 実際に見れば見るほどポンにそっくりだ。すごい、リアルにこんな美少女が存在するなんて漫画の中の世界だけじゃなかったのか。


「あ、あの……そんなマジマジとみられると……あ、あう……」


 おっと、ぶしつけに見すぎていたようだ。恥ずかしそうに赤面させながら顔を隠す紺野さんを見て気まずくなる。


「すみません、ええっと紺野さん?何か困ったことがあったら言ってくださいね」


「ありがとうございます……あ、これつまらないものですが……」


「わざわざすいません、ありがたく受け取らせていただきます」


 紺野さんから粗品を受け取り、お辞儀をするとようやく俺の顔を直視したらしい紺野さんが固まった。


「え?いやいや!そんなまさか。……あの、突然変なことをお聞きしますがVRゲームとかしていらっしゃいますか?」


「ええ、それはもうがっつりと」


 ピクリと頬が引きつる紺野さん。


「……Aimsというゲームはご存知ですか?」


「ご存知も何も日本チャンプ」


 ピクピク。


「SBOのチュートリアルエリアに?」


「3時間」


 ピクピクピクピク。なんかの合言葉かよ。


「私の名前は?」


「グレポン丸」


 あ、引きつった笑みのまま完全に固まった。反応面白いなこの子。


「あなたの名前は?」


「いつも芋芋あなたの背後で覗き見変態傭兵Aですっ☆」


「うわああああああああああやっぱり傭兵君だああああああああ!!??」


 かなり昔に流行ったアニメの替えネタで決め台詞を決めると心底驚いたような感じで大声を上げる紺野さん。ちょいちょい、そこ一応外判定だから。ご近所さんに迷惑かかるでしょ。


「えーと、紺野さんだとちょっと堅苦しかったりする?ポンって呼んだ方がいい?」


「なんでそんな順応性高いんですか!?ええと、どうしましょうか……」


 異常事態でも落ち着くことはFPSの基本だぞ。心の乱れはエイムの乱れ。常に冷静が大切である。

 うーん、と顎に手を添えて考える。


「迷惑じゃ無ければうちにいったん上がるか?玄関先だと立ちっぱなしでつらいだろ?」


 ハンドサインで家の中を指すと、紺野さん――――ポンは顔を真っ赤に染めた。


「あ、えとえと!う、お、男の人の部屋に入るのは初めてなので……」


「あー、迷惑なら別に良いんだ。ごめんな、んじゃまた後で」


「迷惑だなんてそんな!じゃ、じゃあせっかくですのでお邪魔します……」


 そわそわしているポンを招き入れ、リビングへと連れていく。顔を赤くしたままガチガチに緊張しきった彼女を見て苦笑する。


「そんな取って食ったりしないから緊張しなくても平気だよ紺野さん」


「は、はひっ」


 駄目だこりゃ。軽く呆れながら俺はキッチンへと行き、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。


「はいお茶。えーと、こんなもので良かった?」


「ははははははい!」


 慌ててコップをつかみ取り、ごくごくと一息に飲み干す紺野さん。絶対むせるだろ……ほら。

 けふけふと可愛らしい咳をする彼女が落ち着くのを待ってから話を始める。


「あー改めまして自己紹介を。傭兵Aこと俺の名前は日向渚ひなたなぎさ。よろしく、紺野さん」


「渚君…ですね。私は紺野唯こんのゆいと申します。よろしくお願いします、渚君」


 いきなり名前呼びとはレベルが高いですね!?この子無自覚に男落としてそうだなぁ……。


「なるほど、一人暮らしを始めたとは聞いてはいたけどまさか同じマンションとはなあ……。すごい偶然だな」


「そうですね。まさか傭兵君……こほん、渚君が住んでるマンションだとは思いませんでした」


「慣れないなら傭兵もしくは村人でも構わないよ。それなら俺もポンって呼ぶし」


「あ、は、はい。では傭兵君と呼ばせていただきます……!」


 嬉しそうな表情を浮かべてポンがそう言う。

 まあちょっとは落ち着いただろうし少し世間話でも。


「どうして引っ越しを?ご家族は?」


「私の親の仕事の都合で一人暮らしすることになりまして……。あ、そういえば傭兵君のお母さんはプロゲーマーって言ってましたよね?それでしたら『レディーズ』っていうプロゲーミングチームはご存知ですか?」


 レディーズ。女性のみで構成された珍しいプロゲーミングチームで、FPSのみならず色んなジャンルに手を出しているにも関わらず、Aims日本大会では4位を取るほどの実力派チームだ。


「知ってるも何も、うちの母親がリーダーやってるプロチームだよ。結構いい成績残してるみたいだね。……っていうかAimsでも準決勝で当たったじゃないか」


 その言葉を聞いてポンが驚いて口に手を当てた。……おいおい、まさか。


「わ、私の母親もそのチームに所属しているんですよ!それで仕事が忙しくなるからという理由で一人暮らしの方がいいんじゃないかと提案されてこっちに引っ越してきたんです!」


 俺のFPSフレンドは母親繋がりでした。そんなん予想できるわけないだろ。


 ……ん?ちょっと待てよ?母親?


「……ごめんポン、少し待ってて」


「え?あ……はい」


 なんか引っかかるぞ。あのやたら心配性なうちの母親の事だ。まさかとは思うがいらんおせっかいしたとかそんなじゃないだろうな?

 すぐにAR拡張現実のSNSアプリを起動し、母親にメッセージを飛ばす。



渚:ハローマイマザー、ちょっとよろしいか?


母:珍しい。どうしたの?


渚:うわメッセ早!今引っ越してきたお隣さんがうちにいるんだけどどうやらこの人母さんのゲーミングチームのチームメンバーの娘さんらしいのよね。なんか知らない?


母:ああ唯ちゃん来たのね!あんたもあたしと父さんと同じでゲームづくしで女っ気ないから心配してたからどうせならと出会いの機会を……


渚:オッケーマイマザー、Aimsでもう一発頭に弾丸撃ち込んだるわ


母:えっちょま



 SNSアプリを落として深く深くため息を吐いた。なんでこう、嫌な予感ってのは的中するもんなのかね。


「ど、どうしたんですか?」


「ポンは知らなくていいこと。はぁ、ごめん、迷惑かけて」


「???」


 事情を知らないであろうポンに迷惑をかけた母親の代わりに謝る。ってかリーダーだからってチームメイトに命令で引っ越させたとかじゃないだろうな?パワハラいくない。


「ポンのお父さんもプロゲーマー?」


「いや、お父さんは普通のサラリーマンです。ゲーム自体は好きですけど」


 良かった、これで父親までプロゲーマーでうちの父親と同じチームメンバーですとか言ってたら発狂しかねなかったぞ。

 俺の事を見ていたポンは、目をキラキラさせながら顔を緩める。


「それにしても世の中すごい偶然もあるものなんですねえ……。オフ会もしたいなとは思ってはいましたけどこんな形で実現するとは思いませんでした」


「ああ、うん。まあVRあるから正直オフ会は開かなくてもいいんじゃないかと思ってたのが本音だけど…」


 だって外出てもゲームしかしねえし。なんならカフェでも個室とれば自由に回線使える時代だからヘルメットタイプのやつでダイブできるんだよなぁ……。

 俺の言葉を聞いてポンはちょっとムッとした表情になる。


「それとこれとは別じゃないですか!」


「まあそうだけど俺もポンも超がつくほどゲーマーだし、どっちかっていうと向こうがリアルみたいなもんだろ」


「うぅ~そうですけども…」


「まあポンがリアルの俺に会いたかったっていうなら話は別だけど」


「ふぇっ!?」


 ぽしゅっと沸騰したように顔を赤くするポンを見てくすくす笑う。表情がコロコロ変わるからからかいがいがあるなこの子。変な男にほいほいついていかないと良いけど(超絶ブーメラン)


「冗談冗談」


「もう!……あ、急に話変わりますけど、傭兵君はずっと一人暮らししてるんですか?生活費とかはどうしてるんですか?」


「ほんとに唐突だな……Aimsの優勝賞金の切り崩しと動画の収益かな」


 Aimsの優勝賞品はさすがにSBOの特典だけではない。もともと優勝チームにはプレイヤー一人1000万円+特典という形になっている。なので今口座にはそれなりの大金が入っているはずだ。……といってもゲームばっかりやってるからあんまり金使わないんだけど。強いて言えば電気代かな。

 動画の方は基本的にほぼ無編集の跳弾テクニックと跳弾リスキルの動画ばっか上げてるけど割と好評で、すごい再生回数が伸びることがある。その広告収入だけでも正直生活出来る。日本一という称号は、そんな所でも役に立っている。


「はー、やっぱりすごいですね。私は親の援助がほとんどです」


「ポンも優勝賞金あるだろ?」


「私の場合は将来のための貯金だーって親が言ってて。まあ私自身もあんまりお金使わないので良いんですけど」


 多分それ貯金って言ってて使われてるやつだぞ、と言ってあげるべきか否か。知らぬが仏。


「まあうちは基本的に親が両方とも放任主義だからなぁ……。自分の趣味に没頭して家族サービスが疎かになっちゃうタイプ。だから金の管理も自分でしやがれ!って感じなわけで」


「ふふふ、なんか傭兵君の親らしいですね。なんだか想像出来ちゃいます」


「親があれなもんだから流石に俺は家族サービスしっかりするつもりだし」


「か、かぞっ!?そ、そうですか……っ」


 なんでポンさん顔を赤く染めてるのん?ああ、こういった話題はセクハラかな?最近のご時世は厳しいから言動一つに注意しないとハラスメント警告で現実からBANアカウント停止されちゃうから気を付けないと。お巡りさん、俺です。


「そろそろ時間もあれだし、ポンも挨拶回り行かないとだろ?また遊びに来たくなったらいつでも来てもらって構わないからさ」


「あっ!?本当だ!もうこんな時間!ごめんなさい傭兵君!夜のイン少し遅れるかもしれないです!」


「そんな急がなくていいからゆっくりインしなよー。それじゃあね」


 時刻は午後5時50分。ポンは慌ただしくコップをキッチンに運んでから身支度を整えると、「お邪魔しました~!!」と言って出ていった。

 それを見送った後、俺はAR拡張現実のSNSアプリを起動する。……さて。







渚:なあ、突然隣の部屋に美少女が引っ越してきたと思ったら親の知り合いの娘で、しかも外堀が埋められてる場合の脱出チャート知らない?


雷人:それなんてエロゲ?



 ですよねー。知ってた。




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