#002 変態スナイパー、RPGの世界に降り立つ。
「やべえ、ここまでキャラメイクで時間使ったの初めてなんだけど……」
鏡の目の前で俺のキャラクターを眺める。長身痩躯の女顔(生物学上は男)のキャラクターの出来に満足し、むふーと感嘆の息を漏らす。
本当にキャラメイクの幅が広くて驚いた。現実の俺よりも女顔だが、これならほかのプレイヤー達からも女と勘違いされるだろう。ふふふ、見てろライジン、俺を利用した罪償ってもらうぞ。
「えーと、最後にプレイヤーネームだな。うーん、傭兵AはFPS専用だし、今回はRPGだから……」
半透明なキーボードを操作して、自身のプレイヤーネームを入力する。
「『村人A』……と。被りの人がいなくて良かった」
超絶安直ネーミングである。下手に凝った名前にしてライジンの動画のネタにでもされたら堪ったもんじゃないからな。これならばネタにされることないだろう。ネタにされた奴の例を挙げると厨二とかがいる。
「よし、終了……てうわ!?もう一時じゃん!やっべーポンとライジン、もうチュートリアル終わってるだろうなぁ……」
時刻を確認すると、13時19分だった。サービスが始まって一時間以上経過していた。
ライジンによると、ベータテスターはキャラをそのまま製品版に持っていけるのでキャラメイクする必要が無いらしい。なので、おそらくチュートリアルも終了している頃だろう。……新規通知(メッセージ)が20件来てるのが良い証拠だ。
『存在認識完了……存在認識を空間に固定します……具象化開始……』
シャドウの球体上の形の真ん中にある目が瞬き、光を発すると俺の身体が半透明状態からしっかりとした形となって身体が出現する。キャラメイク中に決めたジョブの関係上、初期装備に割り当てられた木の弓が背中に背負われ、少し重みを感じる。
「すげー……風とか空に流れる雲とか……。本当に異世界に迷い込んだみたいだ」
空を見上げると、天高くに存在する雲はゆっくりと流れ、穏やかな気持ちになる。
Aimsも大概グラフィックは素晴らしく、自然現象の再現なども現実に近しいものだったが、このゲームはほぼもう一つの現実と言っても過言ではない程のテクスチャだ。それぐらいのリアリティがある。
シャドウの方へと振り返ると、俺を待っていたかのようにその場で浮遊し続けていた。
『
「ナビゲート頼むぞ、シャドウ」
ポン!という新規メッセージを知らせる通知音が聞こえ、急かされている気持ちになったのでシャドウと共に【ファウスト】に向かって走り出した。
◇
狩人(弓使い)。遠方の物をはっきりとした形に捉えることが出来る【鷹の目】、戦闘中に限らず、気配を絶つことで敵MOBに見つかり辛くし、ミニマップ上からもアイコンを消すことが出来る【野生の心得】、戦闘中、敵MOBに近いほど敏捷ボーナスが割り当てられる【戦線離脱】など、初期ジョブにしては優秀なスキルがあるにも関わらず不人気ぶっちぎりの一位に君臨するのは理由がある。
「ああくっそ!話には聞いてたけどマジで当たんねえなこれ!?」
その理由の原因がこれである。矢を装填する手順まではいい。このジョブを選択すると自然とその流れが身体で勝手にしてくれるアシストシステムがあるから。問題はその先なんだ。
そんなへっぽこ矢なんざ当たんねーよとばかりにポムポム跳ねながら身体に攻撃してくるスライムを睨みつけながら次の弓矢を装填する。
「いいだろう!なら慣れるまで実験台になってもらおうじゃねーか!?こちとら努力と自己研鑽で日本一に君臨した男なんだぞオラァ!?」
名誉なんかいらんとか言っていただろ?うるせえ!それとこれとは話は別なんだよ!!
「当たれよこんにゃろ!……あふん」
俺の五本目の弓矢も見事にスライムから逸れていき、その反撃で俺のHPはゼロになってしまった。
『
スライムの前で通算三回目の蘇生を受けた俺はシャドウに煽られました。ぐぬぬ、スライムめ……。
『ええと、モンスターを無視してファウストに向かう手もあるのですよ?無理はしない方が……』
「スライムに負け越しとか絶対嫌なんだが!?せめて勝ち逃げしたいんだよ!」
俺は負けたら勝つまで挑み続ける。キルされて煽られたら全力で煽りかえすのがモットーなんだよ!
『はぁ……。まあ、
「あっまた外れたよ畜生!」
外した弓矢をせこせこ回収しながら、矢筒に入れていく。ううむ、どうにかして弓矢を当てる手段はないものか……。
「てかこれ、弓で当てる必要ないんじゃね?」
発想の転換による解決策を思いついてしまった。そうだよ、これ弓を使う必要なんてなかったんだよ最初から。
「くたばれこんちくしょう!」
「ピギー!?」
拾い上げた弓矢の
「ふ、ふははは、ふはははははははははは!!!勝った、スライムに勝ったぞ!!」
ファウストへと向かうため、辺りを歩くプレイヤー達に変な視線を向けられながらも高ぶる気持ちの思いのまま拳を天高く掲げる。久々に敗北なんて味わったからな。まあその相手が恐らくこのゲーム最弱のスライムなんだろうから複雑な気持ちなんだけどさ。
「これが本当の弓使いの戦い方か……!弓を使わず物理(鏃)で殴る。なんてすばらしいんだ弓使い!」
『
シャドウに呆れられながら勝利の余韻に浸ると、ここでリザルト画面が表示された。
——————————————
【Battle Result】
【Enemy】 【スライム】
【戦闘時間】 30:42
【獲得EXP】 2EXP
【獲得マニー】 3マニー
熟練度が一定数に達したため、スキルを獲得、レベルアップしました。
【弓使いLv1→3】
弓の扱いが上達する。飛距離が伸びる。
特殊戦闘による称号を獲得しました。
【ワイルドハンター】
称号獲得によるスキルを獲得しました。
【近接格闘術Lv1】
近接格闘の威力が増加する。
——————————————
「スライムに30分以上費やしていたのか俺は!?」
たかが一匹のスライムに30分も費やしていました。なんでこんなに難易度高いんだこのゲーム!(ほかのジョブ選べば1分程度で済んでいたのは置いておく)
「はあ、やべえ、絶対ポンとライジン怒ってるだろうな……」
メッセージが30件を超えてから通知が来なくなっていた。大方チュートリアルエリアで2時間もかかってるんですかプークスクス!とか書かれているんだろうな……。見るのが怖い。
「畜生!てめえのせいでこんなことになったんだぞこんにゃろ!」
「ピギー!」
腹いせに弓矢をそこらへんを跳ねていたスライムに射ると、見事命中し、スライムはポリゴンとなって消えていった。
「……あれ?
先ほどよりも断然弓矢がまっすぐ飛んだので目をパチクリさせて驚く。おかしいな。さっきまで全然当たらなかったのに急にまともに飛んだぞ?
「まさか、スキルがレベルアップしたから補正が入ったってことなのか?」
もう一度弓を射ってみると、スライムに当たりはしなかったが、近くの地面に突き刺さった。
「ふ、ふふふ……。ふふふふふふ」
キタ。来てしまった。俺の時代が。弓さえ当たるようになっちまえばこっちのもんだ。
「チュートリアルエリアのスライムを狩りつくしてやるぜひゃっはー!!!!!」
意気揚々とファウストに行く目的を忘れて、スライム狩りに没頭するのだった。
◇
「……で?チュートリアルエリアに三時間もかかったnoobさん?ずっとここで待たせられた俺らに何か言うことがあるよね?」
「いや、一時間はキャラメイクで……。あっハイすみません私が全面的に悪いです本当にすみませんでした」
時刻は15時10分。弓を当てるのが楽しくなってきてひたすらスライム狩りをしていたらこんな時間になってしまった。おかげさまでレベルは3上がったし、【弓使い】のスキルレベルは5まで上がった。
その代償として始まりの町、ファウストの噴水広場で正座しながら説教を受けてます。プレイヤーはかなり多いが、やはりサービス開始から3時間も経てばピーク時よりは減ったらしい……。周囲のプレイヤー達の視線が痛い。
「あの……ポンは?」
「装備とアイテムの買い出しに行ってるよ。だ、れ、か、さ、んが遅すぎたからね」
「すんませんっしたー!!!」
土下座状態から顔を上げ、よく見てみるとライジンの装備を見ると、初期装備から革鎧装備へと変わっていたことに気付く。……いや、待てよこいつ。
「なあ、ライジン、その装備一式って初期にもらえる所持金で買えるもんなの?」
「へ?あ、まあ、うん、そうだよ(目逸らし)」
「ふーん(訝し気な目)」
「あーそうだよ!狩りに出てましたよ!ポンと一緒に!」
「お、俺を待っててくれたんじゃないのか!?この浮気者!」
「なんでお前がキレる!?お前もずっとチュートリアルエリアで狩りしてたんだろ!?おあいこだろ!?」
ライジンと口論(くだらない言い合い)をしていると、一人のプレイヤーがこちらに近づいてくるのが目に入った。
「お待たせしましたライジンさん!コスパが悪くて嫌ですねえこのジョブ。もっとリターンがあると良いんですけど……。あ、もしかして傭兵君?」
「……誰この美少女。ライジンの知り合い?」
俺のことを傭兵君と呼ぶ人なんてグレポン丸ぐらいなんだが。そのグレポン丸はゴツイオッサンキャラを使っているから多分違うだろう。うーん、知らないぞこんな人。
「あぁ、そっか。傭兵は知らないんだっけ。この子は———」
「もう、遅いですよ傭兵君!チュートリアルエリアなんて十分もあれば走破出来たじゃないですか!私だって花火師だから戦いにくかったんですけど、スライムに苦戦しませんでしたよ?」
うん?花火師を使っていて、傭兵君と俺を呼ぶ人間。
もしかして、もしかしなくても———
「ああ、自己紹介が遅れましたね。私はグレポン丸。このゲームではポンって名前でプレイすることに決めました!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」
にこりと微笑む美少女の頭上に、『ポン』というプレイヤーネームが表示され、俺は今日一の素っ頓狂な声を上げるのだった。
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