第19話 特殊不明生物対策本部<イレギュラーズ>①

 時は少し遡り、ベアリーが初めての配信を行った直後。


「まだ、発信元は特定できないの?」


 表情はいつもの鉄面皮であるが、声には苛立ちが込められていた。佐渡島は眼鏡のブリッジを押し上げると、ため息を一つ。彼女の心は久しぶりに波立っていた。この特殊不明生物対策本部、通称イレギュラーズは各部署から直々にヘッドハントした選り抜きのメンバーを揃えている。


 例えば、情報処理部門。例えば、交渉部門、例えば、戦闘部門。例えば、科学部門。ありとあらゆる状況に合わせて数多の精鋭を配している。


 にも関わらず、の素性から潜伏場所に至るまであらゆる情報を掴めずにいた。ただ彼らが、敵を討つ為だけに神出鬼没に現れたのであれば其れ等の究明は多少なり、困難と言えただろう。だがあろう事か、彼等は配信業まで始めたのである。情報統制に本腰を入れ始めた矢先の事態に佐渡島のプライドは大きく傷つけられたようだ。


「駄目ね……。近付こうとすればするほど遠ざかっているような、まるで魔法にかけられているみたい」

「敵は魔術師級ウィザードクラスという訳ね」


 佐渡ヶ島が何度目かのため息をついた時、その男は現れた。


「ククク、駄目だよ。佐渡島さん。情報の基本はやっぱり足さ」

「黒岩さん」


 一ヶ月前まで警察に所属していた、元巡査長、現イレギュラーの黒岩である。


「奴等だって風や水じゃ無いんだ。どっかしらに痕跡は残るもんさ」

「何か成果が?」

「奴らが最初に目撃されたエリア。それなりに小さい円の中に収まるんだぜ」

「それなら知っています。人員も潤沢に注ぎ込んでいますから」

「病院には行ったか?」

「監視カメラから出入りの業者までチェック済みです」

「そうか」

「え?」

「いや、やってるなら良いんだ」


 元々、佐渡ヶ島にとって黒岩とは手駒として何かに使えればと、情報統制の一環で取り込んだ男だ。働きに関して何か期待していた訳ではない。とはいえ、何か新しい情報を掴んだのかと思いきや、安定の無能ぶりである。


「俺は、毎日あの辺りを張ってるが少しも現れる気配はねぇ」

「そうですか。では引き続き調査をお願いします」

「ああ、任せとけ。ククク」


 普段、感情を露わにすることの無い佐渡ヶ島だが、この日はさすがに人知れずゲームセンターに行き、パンチングマシンを殴りつけたという。



  ☆☆☆



「順調なようですね。黒岩さん」

「ああ、グランツ博士か」


 黒岩は白衣の男を見止めると、軽い調子で挨拶を交わした。グランツ博士と呼ばれた男は黒岩の吐き出す紫煙を手で払いのけながらゆっくりと近づく。


「タバコ、お好きなんでしたっけ?」

「交番勤務になってからは止めてたんだ。最近、外回りになってからまた吸い出してさ」

「そうですか」

「それより例の連中はどうなったんだ? 俺はいつでも接触できるぜ」

「いえ、まだ早いでしょう。佐渡島さんに渡る情報もこちらで差替えてますが、それ以上には情報の規制が上手いようですね」

「こっちの規制も上手くいってるようだ。魔術師ウィザード級なんて呼んでるところを見た時にゃ吹き出しそうになったがね」


 黒岩は思い出し笑いをこらえながらまた煙草に口を付ける。


「言い得て妙じゃないですか」

「奴ら、結局のところは自分の目で確認しないと信じる事が出来ないんだ。この国は上に行けば行くほど似たような奴らで溢れかえってる。ま、俺も含めてだがな」


 先ほどの笑顔とは打って変わって、今度は自嘲を交え、その後忌々しげに一吸い。


「タイミングはこちらで誘導します。黒岩さんは、の監視を続けて下さい」

「了解だ。俺の人生を狂わせた報いを受けさせてやる」

「ああ、余り近づくと、にかかるかもしれませんよ」

「ククク、気を付けさせてもらおう」


 黒岩は煙草の火を押し消すと、建物の外へ歩き出した。


「さて、そろそろ黒岩さんだけでなく佐渡島さんにも働いてもらいますかね。これ以上無能を晒すと特殊不明生物対策本部イレギュラーズ自体の存在価値が危ぶまれてしまう」



  ☆☆☆



「交渉部が!? 本当なの!?」


 佐渡島は待望の情報に大きく声を張り上げてしまった。声はきっと上擦っていただろう。実務のトップとして各部門を統轄する立場。焦りが無かったとは言えない。現に、唐突に上がってきた報告に危うくポーカーフェイスを崩すところだった。


「分かりました。私も同行します」


 悔しいが、黒岩の言う通り手掛かりは現場にあった。集積回路をシミ抜きするかのようにして寄せ集めた膨大な情報をもってしても影を踏む事さえできなかった相手とついに接触が叶うのだ。一体どんな人間が、何の目的で、どんな力を使って。聞きたいことは山ほどある。魔法があるというならそれでもいい。佐渡島は鉄の顔を崩さぬまま、器用に心を躍らせた。


 一方、この情報に怒りを露わにしたのは黒岩である。研究開発部のトップ、グランツ博士とは既に情報を共有し合い、事は順調に進んでいた。自らの足を棒にするほど地道に駆けずり回って収集した情報だ。当然、接触に当たって佐渡島を出し抜けると確信していた。蓋を開けてみれば、自分の与り知らぬところで事態が進行していたのである。黒岩はすぐさまグランツ博士に連絡を取るべく、スマートフォンを手に取った。


「どういうことだ!」


 通話状態になるなり黒岩は叫んだ。


『ああ、そろそろ連絡が来る頃だと思ってましたよ。黒岩さん』


 グランツ博士はあくまで冷静に答える。


「お、お前までこの俺をハメようってのか!?」

『いえいえ、そんなつもりは』

「だったらなぜ!」


 この件に関して自分が仕切りではないのか。問い質そうとする黒岩を遮るようにグランツ博士は続ける。


『まだ泳がすんですよ。彼らは既に配信者として有名人になりつつある。あなたの目的である投獄はタイミングではないと言うわけです。それに、力の源も調査しなくてはならない。故に今回は佐渡島さんに任せて、彼等を庇護下におくことに決定しました』

「馬鹿な! 奴等が侵略者と通じていたらどうする!」

『現時点では、ソレは無い、という判断です。上層部のね』

「俺は、俺は、俺の立場は……」

『安心して下さい。あなたの出番はちゃんとありますよ』

「本当だな!?」

「ええ、モチロン」


 ピエロとして存分に踊っていただきますよ。グランツ博士はそう、心の中で呟くと、電話を切った。

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