第14話 政府直轄特殊不明生物対策本部
「君は、報告書すらまともに作れんのかね?」
高齢の男性がため息をつきながら手元の書類を投げつける。正面に立つ男の顔に複数の紙が叩きつけられ、ハラハラと舞って落ちていく。決して暇では無い中で三時間もの時間を費やして作成した事件の報告書である。中年の巡査長は、怒りを押し殺しながら黙って耐えていた。
「君は一体何年目だ? え? 後何年務めたらもう少しまともな書類を提出出来るようになるのだね?」
報告書には、不明生物や突如現れたヒーロー風の男達の特徴、事件のあらまし、顛末などが詳細に記入されていた。だが、居並ぶ制服の男達にはそれが容易く“読む価値無し”と判断できた。
コンクリートを打ち砕く謎の生命体に、戦隊もののヒーローのようなスーツを来た集団。端的に言って荒唐無稽だと。挙げ句の果てに、其れ等の全ての拘束に失敗し取り逃がしたというのだから彼らの怒髪もまた天を衝いていた。
「ですが……」
「言い訳は止したまえ!」
「くっ……」
「君には資料整理でも頼んだほうが有意義かもしれんな」
「待ってください……!」
巡査長は懇願するように査問委員会の面々を見つめた。
「君の沙汰は追って伝える。それまで自宅で待機していなさい」
しかし、絶望的な空気は覆らなかった。もとより覆す材料が無かった。
☆☆☆
「クソッ! クソッッッ!! あの社会のゴミ共め!!」
巡査長は悪態をつきながら自宅の壁を殴った。自宅待機を申し渡されたものの、実質的には謹慎である。事件に対しては比較的誠実に対応したにも関わらず、この処分は到底納得の行くものではない。こんな事態を生み出した動画投稿者達に恨みを募らせては物に当たることを繰り返していた。
「絶対、絶対に許さん。奴らはこの俺が必ず檻にブチ込んでやる!!」
自宅待機中、時間に空きができた巡査長は、奴らに関する情報収集に努めた。出回っている動画は出自の怪しいものも含めてくまなくチェックした。そして、彼等を賞賛するコメントや動画には例外なく低評価やBADを付けてまわっていた。
今日も一通りSNSとウェブサイトと動画投稿サービスを巡回して、非生産的な午前を終えた頃。突然インターホンが鳴った。訪ね人などこの数年影を見せた事もない。配送の予定でもあったか、などと考え事をしながら応答すると、インターホンの映像には一人の妙齢のスーツ姿の女性が映し出されていた。男は数瞬迷って声を掛けた。
「どちら様でしょうか?」
「黒岩 権蔵さんの御宅で間違いないですか?」
慇懃な言い回しではあるが、有無を言わせぬ高圧的な何かを感じた。
「ええ、それでどちら様でしょうか」
「政府の者です」
カメラに向けた名札には“内閣情報調査室 特異災害部門”と記載されている。名前は、指で隠しているのだろうか、見えない。聞いたことも無い部門だ。政府……、信じて良いものか。警察と違って手帳のようにはっきりと身分を証明できるものが無いが。
「ここでは何ですのでドアを開けていただけますか」
黒岩は迷った挙句、ドアを開くことを選択した。警察相手に詐欺を仕掛けてくる愚か者も無いだろう。
「少々お待ちください。今開けます」
結果として、その軽い判断は誤りだったのかもしれない。カメラの死角に二人、黒服の男が控えていたのだ。
「な、なんだ! お前たちは!」
「落ち着いて下さい。危害を加える気はありません」
極めて冷静に、黒岩を諭す女達は玄関に入り込むと静かに扉を閉めた。そして、黒岩を押しのけ、部屋に上がり込むと黒岩に座るよう促した。
「何者なんだお前ら! ここは俺の家だぞ! さっさと出ていけ!」
「先ほども申しましたように、政府の者です。正確には、内閣情報調査室 特異災害部門、通称“特災”です」
「そんな部門聞いたこと無いぞ!」
「非公式ですので」
「そんな、創作みたいな話があってたまるか!」
黒岩は混乱の極みに居た。魔物? ヒーロー? 秘密組織? もうそんな話はたくさんだ。みんなが揃って自分を陥れようとしているのではないかと疑心暗鬼になった。
「ですが、事実です。改めまして、特災所属の
「その特災さんが一体何の用で?」
黒岩は溢れ出る疑念を脇に置いて、ひとまず話を聞くことにした。何の用があって自分を訪ねてきたのか。まずはそれを確認しなければならない。
「率直に申し上げますと、あなたの遭遇した事物について、ですね」
「あのインチキヤロー共の件で? わざわざ? 政府のお偉いさんが? ハッ、ご苦労な事で」
「インチキ、ですか。まぁいいでしょう」
佐渡島は心外だとばかりに眼鏡の位置を直した。表情は相変わらず不変のままだ。
「実はこの度、政府の直轄組織として『特殊不明生物対策本部』が立ち上がることになりまして。例の件に遭遇された黒岩さんにもご参加いただきたいとお願いに上がりました」
「対策本部? あんたらとは別組織ってことか?」
「主体は我々特災ですが、様々な分野のエキスパートを招集する予定です」
佐渡島は黒服から書類を受け取ると、机の上に並べた。
「この報告書、主観的な部分はいくつか見受けられますが、大変参考になりました」
黒岩が目を落とすと、それは黒岩の顔に向けて投げつけられたあの報告書だった。ああなった以上、二度と日の目を見る事は無いと思っていた報告書だ。アレを真に受けるどころか参考になるとまで言い放つとは。黒岩の心は大いに揺らいだ。
「どうでしょう? 黒岩巡査長」
黒岩にとってみれば悩む必要は無かった。出世欲には乏しいものの、飼い殺しにされるのも不本意ではある。であれば、政府直属の組織の方が多少は良い思いも出来そうだ。何より、自分が必要とされているという充足感。黒岩は自尊心が満たされていくのを感じた。
「謹んでお受けいたしましょう。佐渡島さん」
黒岩は、そう言うとゆっくりと頭を下げた。下げた頭の向こう、見えない角度ではニヤリと笑みをこぼしつつ。
「そうですか。宜しくお願いします。黒岩さん」
一方、佐渡島もその鉄面皮を剥がし、初めて笑みを浮かべたのであった。
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