色んなヒロインをシミュレートしてくれる小っちゃな後輩

鳩紙けい

古条島ひらり

「わたし、先輩の理想のヒロインになります!」


 古条島こじょうじまひらりは、読んでいた漫画本をテーブルに置いてそう言った。

 勢いよく椅子から立ち上がると、決意の輝く丸い瞳を俺へ向け、胸を張る。


「どういうことだよ」

「先輩って女の子が大好きじゃないですか」

「違う。俺はお前が好きなんだよ」


 へへへ、と気味の悪い笑い方をしながら赤面する古条島。愛くるしい後輩である。


 理想のヒロイン。

 俺にとってのそれがどんな奴かといえば、元気いっぱいでよく笑い、すぐ調子に乗って、感情豊かに些細なことで一喜一憂するような小っちゃい後輩。


 つまり古条島、お前だよ。


 俺が女の子を好きだというのは否定しないが、一番が古条島であることは、古条島自身分かっているはずだ。


「ま、まあ。先輩がわたしを好きなのは大前提として。だからこそ、わたしは心を鬼にして浮気防止に努めなければなりません」


「浮気?」


「そこで頭がキレキレなわたしは閃きました。古今東西あらゆる女性像をわたしが併せ持つことで、先輩が余所を向かなくなるという寸法です!」


 なんか変なこと言い出したぞこいつ。


 心配するまでもなく俺は一途だし、浮気防止だなんて釘を刺すような発言は心外だ。


 でも、面白そうだから続行。


「それで……何すればいいんだ?」


「先輩の望むヒロイン像を教えてください。例えば『血が繋がってないことを知らず恋心を押し殺す義妹』、『記憶喪失になった恋人にもう一度好きになってもらおうと頑張る後輩』みたいな! リクエスト通りのヒロインをわたしが完璧に演じてさし上げます!」


 なるほど。

 さてはこいつ、心を鬼にするの意味を知らねえな……甲斐甲斐しくて泣けてくる。

 演劇部でもないくせに。


 俺は今すぐ古条島を抱きしめてやりたい気持ちを抑えながら、望まれるままヒロイン像を答えることにした。


 遠慮するのは古条島に失礼だから、頭にパッと浮かんだものを口にする。


「じゃあ『二人きりになると欲望に忠実な子供は小学校三個分欲しい系舌フェチ幼馴染』で」


「は、はじめて聞きましたっ……!」


 手を繋ぐだけで挙動不審になる古条島にこのようなリクエストは酷かもしれないが、しかし、だからこそ興味がある。


 変更を求められればすぐにでも引っ込めるけれど、言い出したのは古条島だし、一つ目からケチをつけてしまえば茶番に成り果てる。


 頼む古条島。俺は欲望に忠実なお前が見てみたい。


 おろおろと困惑する古条島を、俺はじっと見つめる。


「……わ、分かりました。いいんですねそれで! やってやろうじゃないですか!」


 やがて観念したのだろう古条島は、やけっぱちな口調で、俺のリクエストを承認した。


「嫌ならいいよ。俺、変なこと言ってお前に嫌われたくないし」


「もう遅いです! あ、嫌いになるって意味じゃなくて!」


 そうして古条島が発案した浮気防止の試み、その初回は『二人きりになると欲望に忠実な子供は小学校三個分欲しい系舌フェチ幼馴染』に決定した。


 勉強する時間が必要、ということで始まるのは明日から。

 今日は帰ってすぐ寝よう。

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