02 マル秘情報
「イグナス・ランバートです。今夜は、よろしくお願いします」
イグナスくんは、ツンツンしている黒髪とちょっと鋭い琥珀色の目の凛々しい顔付きの騎士様。先に自己紹介を終えている私たち女性陣は、パチパチと拍手をした。
「レオポルト・ヘーゼルです。もう十分にわかって貰えているとは思いますが、ここに居るということは絶賛彼女募集中なので、今夜はどうぞよろしくお願いします」
茶色いサラサラした髪と同色の目を持つ精悍な顔の騎士様、真面目そうな外見に似合わず話すと意外と明るい性格っぽいレオポルトくんの一言にクスクスと笑って一同拍手。
そして、そして! 私が心待ちにしていた彼の名前がいよいよわかる時が来た。
ドキドキしながら彼の方をチラッと見ると偶然なのかなんなのか、灰色の大きな目とふっと目が合った。
「シャーロック・グリフィスです。これからの人生を、楽しく過ごせる彼女を早く捕まえたいです。よろしくお願いします」
シャーロックくん!
名前も素敵すぎるし、すぐ捕まりたい! むしろ、その胸に自ら飛び込みたい!
潤んだ目でじっと見つめる私の力の限りの心の叫びを知ってか知らずか、彼はにこっと可愛い笑顔を見せた。
◇◆◇
新人騎士様三人と、ひとしきり食事とお酒を楽しんで、私たちはトイレへと移動し、ルイーズが最後尾だった私がトイレの扉を閉めた瞬間に言った。
「エレノア。シャーロックくん狙いでしょ」
それを聞いたイザベル先輩は、化粧ポーチを開けつつ言った。
「わかるわかるー。本当に、わかりやすかったよね。個別で彼だけに何回も質問してたもんね。奥手のエレノアにしては、すごく頑張ってたわ。向こうもまんざらじゃなさそうだし、これは上手くいくんじゃない?」
二人はにやにやしながら、顔を見合わせて笑う。
「ほ……本当に!?」
私はイザベル先輩に「どういった根拠で、私と彼が上手くいくと思ったか」を詳細に聞きたかったけど、その前にルイーズが厳しい顔を作って言った。
「良い? エレノア。よく聞きなさい。これは、狩りよ! ちょっと今は焦らそうかななんて、悠長なこと一切思うんじゃないわよ。男女の狩りには情け容赦など要らない。もし。今夜、彼が誘ってくれたらどう答える? はい、言ってみて!」
「え?! えっと……え? 今夜? すぐに?」
思ってもみなかった質問に混乱し慌てた私に、ルイーズはすぐにダメ出しをした。
「はい。ダメ。出来てない。全然ダメ。もし、彼が今夜誘ってくれたら、二つ返事ではい喜んでって言うのよ。覚悟を決めなさい。名誉を重んじる騎士なんだから、処女を散らした責任はきちんと取るでしょ」
「……しょ……処女を散らす……」
ルイーズの思ってもみなかった言葉に、私は愕然として大きく喉を鳴らした。
「エレノア。あのシャーロックくんに恋人になって欲しいのなら、形振りなど構っている場合? 新人騎士様なんて、市場に出たらあっという間に天井にまで値が釣り上がる極上品なのよ! チャンスはたった一度きり。付き合って欲しいなら、付き合って欲しいと彼にはっきり好意を伝えなさい。オッケー?」
「が……頑張りたい!」
ぎゅっと両手を握りしめた私に、ルイーズは満足そうに大きく頷いた。
なんだっけなんだっけ。何て言ってたっけ。
彼のことなら、なんでも覚えていたい。好きな食べ物は、ハンバーグ。可愛い。趣味は兵法書を読むこと。渋い。休日は買い物に出たり街を歩くのが好きで。私も出来れば一緒に行きたい……。
「レオポルトくん、可愛くて好みかも」
「あ。なんか彼、イザベル先輩好きそうな感じですよね。私はイグナスくん良いなって、思ってたから。三人とも良い感じにバラけましたね」
化粧直ししつつ相談している二人の話をどこか遠くに聞きながら、私はさっき仕入れたシャーロックくんの情報を何回も頭の中で反芻していた。
◇◆◇
私たちが部屋に戻ると、待っていた男性陣からの提案でくじを引いて順に男女二人で話すことになった。
私の引いた紙には「2」が書かれていて、男性側で「2」を引いたのはレオポルトくんだった。
明るい雰囲気のレオポルトくんは自分のお酒の入ったグラスを持って、近づいてくる。どうやら私が狙っているシャーロックくんが持つ番号を引き当てたのはイザベル先輩みたいで、彼女はゆっくりと向かいの席に移動して行った。
「……シャーロックじゃなくて、なんかごめんねー?」
レオポルトくんは私の隣に座るなり揶揄うようにそう言ったので、私は驚きに目を剥いた。
「そ、そんなこと!!」
顔を赤くした私に、レオポルトくんはニヤっと微笑ましそうな笑みを見せた。
「いやいや、わかるよ。エレノアさん。ものすごーくわかりやすかったから。あいつに、完全に恋をした目で一人だけめちゃくちゃ質問してたもんね。シャーロック、顔良いもんねー。後、将来の団長候補だから、今からがっちり首輪でもつけて捕まえとくと良いよ。かなりお勧めする。俺たち三人の所属している銀狼騎士団では、それぞれの髪の色になぞらえた二つ名があるんだけど。あいつは、次の銀狼だから」
「銀狼?」
「そう。例えば、今の団長は茶色の髪だから最凶の茶狼なんだけど。あいつも何かの戦いで手柄を立てれば、それに因んだものを冠して銀狼と呼ばれるだろうね……てか、まぁ。これはもう既に、決定事項ではあるんだけど」
未確定のはずのシャーロックくんが手柄を立てる未来が、決まりきったことのようにそう言った彼が不思議で私は首を傾げた。
「……決定事項? シャーロックくんが、手柄を立てて銀狼って呼ばれる事が?」
「そ。あいつの一族グリフィス家は、代々銀狼騎士団団長の家系なんだ。ちなみに、初代銀狼騎士団団長の子孫。いわば、あのシャーロックは生まれついてのエリートって訳」
「へー……すごいね……」
なんだか別世界の出来事のようなお話を聞いて、私は感心するしかない。
そんな私を見て彼の予想した反応ではなかったのか、レオポルトくんは顔を近付けて首を傾げた。
「あれ? そういうの、あんまり興味ない? 未来の騎士団長だよ? 俸給も凄いし。お嫁さんになれば、良い暮らしも出来るし」
「えっと……なんか。そう言うのは、想像つかない。でも、彼を一目見てすごく良いなって思っただけで……」
「あー……なるほど。外見が好みの、一目惚れってやつか。下手なとってつけた理由より、全然納得出来るなー……ねえねえ。エレノアさん、良いこと教えてあげるから耳貸して」
テオポルトくんは、戸惑いつつ彼に顔を近づけた私の耳元でぼそりと言った。
「あいつ、童貞だよ」
頭が真っ白になった。
「えっ! ななななな」
彼がその言葉を言った数秒後にきちんと理解した瞬間、顔が赤くなって沸騰するかと思った!
こっちだって、お恥ずかしながらピカピカの処女なのだ。そういうお話には、全く慣れていない。
知りたかったけど、知りたくなかったかも。知りたかったけど、それを聞いて、すごく嬉しいけど!
全く予測もしていなかったシャーロックくんのマル秘情報を教えて貰い、また顔を真っ赤にして言葉をなくした私を見て、ふふっと楽しそうに笑ったレオポルトくんは続けて言った。
「なんか、あいつが言うにはさ……好きな人じゃないと、そういうことすんのは絶対に嫌なんだって。俺が知ってる限りでも、先輩に誘われたとしても娼館にも一回も行ったことがない。生まれた時から女食ってますみたいな、あんな顔して可愛いとこあるだろ?」
「……何、楽しそうに話してるの?」
いきなり後ろからその声が聞こえた時、本当に驚いた。
今まさに話題のシャーロックくんが、すぐ背後にまで来ていたからだ。
話に夢中になっていたレオポルトくんも一瞬口をあんぐりして驚いていたようだけど、ニヤッと笑って私に素早く耳打ちをした。
「あー……シャーロックも。こいつも、エレノアさん狙いみたいだよ。良かったね」
「レオポルト、教えてよ」
無視された形になっているシャーロックくんは、いかにも面白くないと言わんばかりの様子で私たち二人を見ている。
「あれー。もう、席移動の時間だっけ? じゃあ、俺。イザベルさんと話してこよーっと」
レオポルトくんは、さらっとそう言って自分のグラスを持って立ち上がり去って行った。
その時にチラッと見えたルイーズとイグナスくんの二人は、顔を寄せ合って親密そうに笑い合っている。
「何、話してたの?」
レオポルトくんがさっきまで座っていた席に座ると、シャーロックくんが真面目な顔をして問いかけてきた。
「え! えっと……その……」
私はどう言って誤魔化そうか、頭をフル回転させた。
貴方が純情系童貞であるという情報を、先程お聞きしていました。
なんて、噂されていた本人に言えるわけないよね! 彼氏いない歴年齢だけど、そのくらいの常識はあります!
「気になる。俺はエレノアさんのこと、気になってるから」
それを聞いて、私は思わず息が止まりそうになった。むしろ、世界中の時が止まったのかと思った。
「……あ、あの。あのね。シャーロックくんのこと、聞いてた」
「俺の事?」
いぶかしげに聞き返したシャーロックくんに、私は慌てて何回か頷いた。
「次の、銀狼だって」
「……今はもう既に銀狼が居るし、何かその人の偉業を塗り替えるくらい凄い手柄を立てないとそうは呼ばれないから。けど、もしエレノアさんが、そういう俺の事を、気にしてくれるなら。頑張ってなろうかな」
照れくさそうに笑った彼の、冗談めかしたその言葉を聞いて。
今がチャンスだと思った。
彼にはっきりとちゃんとした私が貴方に好意を持ってますよと、伝える絶好の機会。
「……き! 気になる! なる!」
思わずどもって言ってしまった私に優しく笑って、彼は言った。
「じゃあさ。お互い気になる同士で、この後二人で抜けようよ」
夢かもしれない。天国かもしれない。嬉しすぎて、意識飛ぶかも。彼がそう言った瞬間から、世界が虹色にきらきらと輝きだした錯覚さえ。
「……そう言って貰えて、嬉しい」
はくはくと息を整えて、やっとのことで言葉を絞り出し、じわっと涙目になった私の手を机の下で大きな手で握って、シャーロックくんは笑った。
「俺も。めちゃくちゃ嬉しい」
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